断罪の行方
階段の踊り場で私がジェルに求婚されているとき、階下ではその突然の求婚に騒然としていた。
「どうなっているの! モブにプロポーズなんてあり得ない!」
「結婚!? 本当に? そんな仲なのに嫉妬なんてするの?」
「トゥーリ、だからわたくしがラブラブカップルだと教えたではありませんか」
「姉上、なんでそんなに得意気なんですか……」
「確かにユミレアからラ、ラブラブカップルだとは聞いていたが、プロポーズする程とはな。……しかし……プロポーズか……いいな……」
「あ、キスしてる」
「なに!? キスだと!? ……いいな……」
「でもさ階段から突き落としたのは事実なんだから、あの女に罰は必要だよね?」
「あの女ではなくセリーヌ様ですわよ!」
「あ~、セリーヌさんね」
「私を階段から突き落としたんです。罰としてセリーヌさんは修道院に入るべきですよ」
「いや、それはさすがに……」
「ルカリオ様、私は死ぬかもしれなかったんですよ。それなのに軽い罰では周りに示しがつかないのではないですか?」
「とにかく、なぜこのような犯行に及んだのか確認しなければならないだろう。よし、キスは終わっているな……。セリーヌ嬢! こちらへ下りてくるんだ。事の次第を話してもらおうか」
階下から殿下に呼ばれて私はジェルを見る。
恐怖のあまり一度強張った体ではまだ歩くことができなかった。
「セリー、僕に掴まって」
ジェルにお姫様抱っこをされながら階段を下りていく。
「そうだ、セリーのお父上にも結婚の許可をいただいたから、安心してね」
下りている途中、ジェルは学園を2週間休んだのは、自領と伯爵領に結婚の許可を取りに行くためだったと話してくれた。
気のいいハゲおやじである自分の父親を思い出す。
そうか……お父様はジェルと対峙したのか。
こんなキラキラした人で驚いたでしょうね。
今日の私とどちらの方が吃驚仰天したかしら?
きっと私の方よね……。
「ジェラールはその人と結婚するつもりなの?」
階段を一番下まで下りたところで、トゥーリ様が話しかけてきた。
「卒業したらアルヴェーヌ伯爵領に婿入りすることになった」
「え!? そうなの? 次期領主ってこと?」
「ジェル! そうなの?」
「うん、そうなんだ」
驚くトゥーリ様に頷くと、私の耳に顔を近づけて囁いた。
「アレクさんにも認めてもらえたよ。ついでに言うとルキア君にもね」
「ルキアにも……」
みんなに認めてもらったと知り、ジェルとの結婚の現実味が出てきて胸がいっぱいになる。
その気持ちのままジェルを見ると、彼は私に晴れ晴れとした笑顔を向けた。
こんな笑顔初めて見た……。
間近に見るジェルの笑顔は何の憂いも戸惑いも無く未来への希望しかないようだった。
「さて、どうしてミリティアを突き落としたのか、理由を聞かせてもらおう」
私はジェルに床に下ろしてもらい、腰を支えてもらった。
「殿下、私は突き落としてなどいません。ミリティア様は自分から階段下の床に転がったのです」
予想外の回答をする私に訝し気な顔をするルカリオ様の横で、ヒロインが喚いた。
「何を言っているんですか! そんなことするはずないじゃないですか! 私が男爵家だからって、そんな嘘をついて陥れようとするなんてひどいです!」
「本当のことです。私をここまで連れてきたのも、階段から落ちたふりをしたのもミリティア様です。ミリティア様は私を排除したかったんです」
すると周りにいる人々がざわつき始めた。
「どういうことだ……排除したかった?」
「ねえ、ジェラール様はセリーヌ様と結婚を考えていたのだもの。嫉妬するならミリティア様の方じゃないかしら」
「セリーヌ嬢を貶めるために、嫌がらせを受けたと嘘をついていたのかもしれないな」
「きっとそうよ! だってミリティア様はあの高さの階段から落ちたとは思えないほど元気だわ。あんなに弱々しかったのに今は仁王立ちして叫んでいるのよ。絶対におかしいわ!」
「ジェラール様はこの事態を問いただすこともせずに求婚されたのですもの。セリーヌ様を微塵も疑っていらっしゃらないのよ。それが答えではないかしら」
「それにしても、ジェラール様はこんな大勢の前で求婚をして、更に口づけまでなさるなんて、本当にセリーヌ様のことを愛していらっしゃるのね。なんて素敵なの……」
「そうよね……素敵だわ……」
「素敵……」
女性陣はほぅ……とため息をついた。
周囲の声を受けてルカリオ様は思案顔になった。
「確かにセリーヌ嬢がミリティアに嫉妬する理由が無いな。かと言って、ミリティアが偽装したというのも信じられない。どうしたものか……」
すると、ジェルが口を開いた。
「実は、この階段には風紀委員が設置している動画カメラという魔道具があります。それを確認してみてはいかがでしょう」
動画カメラはこの学園の魔道具科が開発したもので、特殊な魔石に映像を記録させたり、その映像を壁などに映すことができる道具らしい。魔道具科では機能の確認と防犯の観点から、風紀委員と協力して学園内に設置しているそうだ。
成り行きを見守っていた人々の中に風紀委員長がいたため、彼に動画カメラを外して持ってきてもらい確認することになった。
ヒロインは被害者である自分の証言を信じて欲しいと訴えたが、誰も同意しなかった。
自分に少しでも好意があるのではと期待していた攻略対象者3人にも突っぱねられ、彼女はむっつりと黙り込んでしまった。
風紀委員長が動画カメラを持ってくるのを待っている間、私はようやく一息ついた。
「この階段にも動画カメラが設置してあって良かったわ」
いま穏やかな気持ちでいられるのは、それのおかげだ。
「この階段に設置されていたのはアレクさんが頼んだからだよ。どうしても設置してほしいって魔道具科の教授にお願いしたみたいなんだ。動画カメラの取り付けはとても簡単にできるからね」
「アレクが……」
アレクは私のゲームの話を聞いて私が悪役令嬢にされないために、ゲームの悪役令嬢が断罪された場所に動画カメラの設置をお願いしていてくれたんだ。
私の為に対策を立ててくれていたことに、感謝の気持ちでいっぱいになった。
「僕もアレクさんから頼まれたんだ。セリーの周りで不穏な動きがあるかもしれないから、注意してほしいって。ミリティアのことだったんだね。なんでアレクさんは知っていて僕は知らなかったのか、後でしっかり説明してもらうから覚悟しておいて」
覚悟ってなんですか……。
何故そんなものが必要なのでしょうか……。
にっこりと笑っているのに不穏な空気を出すジェルに、冷たい汗が出そうになる。
「それにしても間に合ってよかったよ。アレクさんもまさかこんなに早く事件が起きるなんて思ってなかったみたいだし、ルキア君の第六感のおかげだね」
ルキアの第六感。
それはアルヴェーヌ伯爵領のほとんどの民が知っている、ルキアの予言のことだ。
ルキアは大嵐が来ると言っては、自ら大きな被害が出そうな場所に魔法で土塀を作るなどして対策をするのだが、今までその予言が当たったことは無い。
ルキアの第六感は映像で見えるのではなく、音が聞こえてくるのだという。その情報を基に推測するので不確かな部分が多い。
他にもいろいろな予言をするが、自分で対策し、自分で片づけるのでみんなはルキアの好きなようにさせている。
唯一、牛の出産日だけは良く当てるので、農民の皆さんには好評だ。
「突然ルキア君がセリーが危ないって言うからすごく驚いたけれど、アレクさんたちには当たらないから大丈夫って言われて困惑したよ。だけど僕も心配になってきて、ルキア君が飛ばせるだけの距離を魔法で転移してもらって帰って来たんだ」
「それで予定よりも帰るのが早かったのね」
本当に間に合って良かったと思う。
ヒロインはきっとジェルが帰って来る前に、私を断罪してしまいたかったんだ。
ラブラブカップルだと言い切る私に、彼が私を庇うかもしれないと思ったのだろう。
今回はルキアに感謝しかないわ。
魔力を大量に消費する転移の魔法を使ってくれた。
たまにセリーが危ないからと言って私を守ろうと張り付いてくるときは、どうせ当たらないからと邪険にしていたが、今度からは少し優しくしようと心に誓う。
「アレクさんにはルキア君が拗らせてないのは俺のおかげだから感謝しろって言われたよ。ルキア君はセリーとアレクさんが結婚すると思っていたみたいだね」
「はあ!? 私とアレクが!? ないない! ないわ! アレクは兄みたいなものだもの! 絶対ない!」
「うん。セリーに全くその気が無くて良かった。セリー、愛してるよ」
「なっ……な……」
「セリー真っ赤だ。かわいい」
さらりと甘いセリフを言うジェルにあたふたしていると、横から声が掛かった。
「そこのラブラブカップル、いちゃつくのはそこまでだよ。ほら、風紀委員長が来た」
トゥーリ様に促されて見ると、風紀委員長が片手サイズの動画カメラを持ってやって来るところだった。
「では、今から映し出します。30分前の映像から早送りしますので、確認してください」
そう言って風紀委員長は動画カメラを台の上に置いて操作を始める。すると近くの壁に映像が映し出された。
風紀委員長は慣れた手つきで操作しながら、どんどん映像を早送っていく。
ヒロインが画面に出て来たところで風紀委員長は早送りを止め、映像に注視した。
他の人々も壁に写った私とヒロインを見つめた。
すると、今までずっと黙り込んでいたヒロインが素早く動き、動画カメラを両手で掴むと床に叩きつけようと両腕を振り上げた。
「こんなもの! 壊れてしまえ!」
突然のヒロインの行動に、誰しもが見ていることしかできなかった。
そのとき、ひとりの男子生徒が躍り出て、ヒロインが掴んでいる動画カメラを奪い取った。
「兄上!?」
「ジェラール! 負け犬は悪あがきするものだ! 最後まで気を抜くな!」
「ちょっと! 悪役のくせにヒロインのこの私に負け犬だなんてふざけないで! 早く返しなさいよ!」
ドリュート様に掴み掛ろうとしたヒロインを風紀委員長が素早く取り押さえる。
それを見てドリュート様は台の上に動画カメラを戻した。
再び壁に映し出された映像は、ちょうどヒロインが自ら階段を下り、床に寝転がる場面だった。
「兄上、本当に助かりました。お陰でセリーの無実を証明できました。ありがとうございます」
ジェルはドリュート様に向けて感謝の礼をとった。
それと同時に私も礼をする。
「いや、俺は負け犬の思考が分かるからな、きっと動画カメラを奪いに来ると思ったんだ」
「兄上……」
「ハハッ、そんな顔をするな。これからは負け犬になんてなっていられないからな。お前がいつも努力していたことを知っていたのに、俺は認められないのはお前のせいだと戦いもせずに自ら負け犬になっていたんだ。けれどもう逃げたりしない。俺は出来得る限りの努力をして、領主に相応しい男になる」
そう言ってドリュート様は次の授業を受けるために去って行った。