大人しくするのにも飽きました
「マリア、きょうもがんばるでしゅ!」
「ワン!」
「マリア、お昼ご飯は食べ過ぎないようにね。何でも小さく切り分けて口に運ぶのよ。わかった?」
はい、はい。
ルー先生はいつの間にかオカンポジションが定着だな。
毎朝学園の馬車乗降場で繰り広げられるこのお見送りはここ最近名物になっているようだ。
ピンクのクマのぬいぐるみと白い大型犬の組み合わせに超絶イケメンとくれば、目立つなと言う方が無理だものね。
ベリーチェのことを初めて見た人は物凄く驚いた顔をしたが今では日常の光景なので驚く人はいない。
めちゃくちゃ視線を感じるが、皆さん少し離れたところからキャッキャとはしゃぎながら見ている。
なぜか男の子までもこちらを恥ずかしそうに顔を赤くしながら見ているから驚きだ。
男の子まで虜にするとはルー先生恐るべし。
確かに銀髪の長い髪を後ろに束ねた姿は一見、中性的な美しさだが、適度に筋肉が付いた均整のとれた姿態は男らしく、切れ長の藍色の瞳は今は周りを威圧するように細められている。
もしや、今顔を赤らめてこちらを見ている男の子達はBとLの世界の予備軍なのだろうか?
まさかこの超絶イケメンの口からオネェ言葉が炸裂し、伯爵令嬢たる私の食べ方のダメ出しをしているとは誰も思うまい。
彼女達の耳には届かないルー先生の言葉はきっと、『お嬢様、行ってらっしゃいませ』と脳内変換されているに違いない。
そして私は彼女達の夢を壊さないようにお嬢様らしく上品に微笑ながらルー先生から鞄を受け取るのだった。
校舎に入る前で振り返るとルー先生はシュガーに跨がったベリーチェと共に別棟の校舎に入っていった。
あちらは専門科の教室と教師達の控え室の棟なのでジーク様とアスさんに会いに行ったのかもしれない。
そして今日はいつもと違う状況がひとつ。
馬車乗降場の近くの桜の木に似た大樹の陰にダニエルが佇んでいるのだ。
なんだか恨めしそうな顔でこちらを見ている気がする。
なかなか私が音をあげないのでじれているってところか?
いよいよ物理的な何かを仕掛けてくるのか?
ちょうど良い、さすがにもう読む本が底を尽きたところだ。
何かされたら十倍返しで仕返しするつもりだったから今まで大人しくしてたんだけど、そろそろ大人しくするのも飽きてきた。
学園に馬車で通うため、毎朝の日課だったランニングを辞めてしまったのでこのところ、体がなまっているし。
ちょうど、今日から通常クラスは剣術の授業が始まる。
その前のウォーミングアップとして体を暖めるのに良いかもね。
この国の学園では貴族子女でも剣術の授業がある。
魔物がいる世界だから、少しでも生存率があがるようにだろう。
そして校内では授業以外での攻撃魔法は厳禁となっている。
だが攻撃魔法なんか使わなくても相手をやりこめる方法はたくさんあるのだ。
では、いつ何をされても対処出来るように気を引き締めますか。
「今日は、嬉しい報告がある。なんと先日の魔力測定で聖巫女様の称号を持つ者が発現した」
担任のクンラート先生のこの言葉に教室内がドッと沸き立つ。
やっぱりこの世界で聖巫女様の称号って特別なのね。
C組にいるというその女の子はこれから注目の的だろうな。
結局、私の魔力測定はまだなんだけど、もうどうでもいい感じだよね。
私としてもあのヘンテコな称号とユニークスキルが見られなくて助かるってもんだ。
「それから、明日から選択科目の選考期間に入るから今日の昼までに事前申込書を提出してくれ」
おお、やっと魔術の勉強が出来る。
まあ、教えてくれるのはアスさんなんだけどね。
私達の通常クラスは1日6時限の時間割中、全員共通授業は3時限分、残りの3時限は選択科目に充てられる。
騎士団を目指す者は選択科目の3時限分を騎士科に選択するも良し、2時限分を騎士科、1時限分を他の科目を選択しても良し自分に合った科目を選択できるようになっている。
私は魔術科を2時限、あとは薬師のスキルを活かすために薬学科を1時限選択するつもりだ。
一週間は選考期間となるため、選択した授業があわないと思ったら変更も可能だ。
もちろん教師側から変更を求められる場合も有るようだ。
2時限目の授業が終わり、次の剣術の授業のために準備して練習場に移動した。
制服から動きやすい剣士服を男女とも着用。
上半身には胴はもちろん、肩や腕まで保護する黒いアーマーを装備。
このアーマーは金属を特殊な魔法薬で繊維に変化させて作った優れものだ。
見た目、ただの黒いジャケットだ。
軽くて動きやすいのにちゃんと防具の役目もはたしている。
授業開始よりも早めに着いたので、刃の潰してある練習用の剣を眺めていると同じく早めに来ていたシャノンちゃんが私に話しかけてきた。
「あ、あの、マリアーナ様。私、選択科目は魔術科を選択しようと思ってます」
もじもじと恥ずかしそうに頬を染める姿がなんとも可愛く、私も微笑みながら声をかけた。
「それは良かったわ。私も魔術科を選択するつもりなの。私のことはマリアと呼んでね。それに私に敬語は不要よ。同級生ですもの。よろしくね」
「は、はい! あ、えっと、うん、よろしくね。マリアさん、良かったら私とお友達になって?」
その時、私とシャノンちゃんの間にひとりの男の子が立ちはだかり、シャノンちゃんを突き飛ばした。
「おい! お前、なにコイツに話しかけてるんだよ。コイツとは仲良くするなってダニエルから言われているだろ!」
「きゃっ」
ちょっと!
私はすかさず、よろけたシャノンちゃんを抱き留めながらその男の子を睨みつけた。
金髪にエメラルドグリーンの瞳で色合いがアンドレお兄様を彷彿させるが、つり上がった目はなぜか歌舞伎の隈取りメイクを連想させた。
こいつのあだ名は『カブキ』で決まりだ。
「あなたが気に入らないのは私でしょう? シャノンさんには当たらないでちょうだい。私が相手になるわ。さあ、剣を構えなさい。まさか剣を持たないか弱い女性しか相手に出来ない訳じゃないわよね?」
私の挑発に顔を赤くしていきり立つカブキ少年。
「なんだと?! お前みたいな親の権力を使って不正をする奴は大嫌いなんだ! 卑怯者め! 叩きのめしてやる!」
「言っときますけど、私は不正などしてませんから! 何の罪もない女の子を突き飛ばす方が卑怯者だと思いますけど?」
お互いにそう叫びながら剣を構える。
「あ、あの、二人ともやめて。マリアさんが怪我でもしたら大変!」
「大丈夫よ。私の方が強いから。危ないから離れてて」
シャノンさんにそう言いながら距離を取った。
剣術の腕はルー先生のお墨付きだ。
加えて、私はデリックブートキャンプも経験済みなのだ。
自分の体に身体能力強化の術をかけ脚力、腕力、俊敏、動体視力のレベルを中級まであげる。
最初に行動を起こしたのはカブキ少年だった。
大きく剣を振りかぶって私に向かって振り落とす。
すかさず剣で受け止め、さらに相手の剣を振り払う。
脇がガラガラだよ、カブキ君。
私はカブキ君の剣を振り払いざま俊敏の力を利用して彼の脇に剣を入れた。
「うっ」
はい、一本決まりました。
アーマーの上からといえども結構な衝撃だろうな。
カブキ君は痛さに顔を歪めたが、また剣を握り直して向かって来た。
とっさにレベルを上げた脚力の力で後ろにバク宙して避ける。
さあ、行きますよ。
俊敏、脚力、腕力、動体視力、全部駆使して剣をカブキ君に打ち込む。
あまりの私の剣の速さにカブキ君は必死になって攻撃を食い止めるが、それが精一杯で反撃まで出来る状態ではないようだ。
そろそろ限界かな。
間髪を入れずにカブキ君の剣を上に向かって払いあげると呆気なく剣が宙を舞った。
そんなところで他のクラスメイト達が次々に練習場に入ってきた。
片膝を突いて脇腹を押さえながら息の上がったカブキ君とそれに対峙している私。
皆さん交互に私達をみて驚きで声も出ないようだ。
そんな中、ひときわ大きな声が響いた。
「おい! お前達何やっているんだ?!」
ダニエルだ。
そういえば、これって全部この子のせいじゃない?
部下の不始末は上司に取って貰いましょう。
「ダニエル・ブレッサン! あなたのお友達が私に言いがかりを付けて何の罪もないシャノンさんに手をあげたわ。自分のお友達を使って私に嫌がらせをするのなら正々堂々とあなた自身で私に向かって来たらどうなの?! いつまでも私が大人しくしていると思ったら大間違いよ。さあ、次はあなたが相手よ。剣を構えなさい!」
そう言いながら剣先をダニエルに向け突き出した。
「すまない! 全部俺のせいだ! 悪いのは全部俺なんだ! マリアーナは何も悪くない!」
え?
ジャパニーズ土下座?
な、なに? いったい何事?
私の目の前で頭を床に擦り付けて謝るダニエルに呆然。
周りの皆も訳が分からずシーンとしている。
その静寂を破る声が入り口から響いた。
「マリア! いったい何やってるんだ?!」
げっ、なんでルー先生がここに?
しかも、ジーク様もアスさんも、おまけにベリーチェとシュガーまで。
ルー先生が男言葉と言うことは……
お、怒っていらっしゃる?
そう思って、改めて自分の状況を見渡してみた。
すぐ近くには脇腹を押さえながらしゃがみ込んでいる、カブキ君。
そして私の持つ剣先には土下座をしながら謝るダニエルが……
こ、これはまずい……
これじゃあ、端から見たら弱い者イジメをするガキ大将じゃないか!
ダニエル! 立て! 立ってくれ!




