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まずい、非常にまずい ダニエル・ブレッサン視点

 イントラス学園に入学してから一週間が経った。


 教室の入り口側の一番後ろの席から俺はいつものようにあいつを観察する。

 あいつは、今日も教室の窓際の一番後ろの席で本を開いている。

『あいつ』とは、このイントラス学園に親の権力を振りかざし入学して来たマリアーナ・リシャールのことだ。


 俺はこの学園の学園長の息子、ダニエル・ブレッサン、ブレッサン男爵家の三男だ。


 昨年の入試が終わってから学園長である父上は寝る間も惜しんで働きづめだった。


 俺はこう見えて父を尊敬している。

 俺の年の離れた兄二人はとにかく出来の良い人達だった。

 勉強も剣術も魔力量も周りの同級生よりも抜きん出ていた。

 そんな兄達を見て育った俺はどんどん卑屈になっていった。

 何をやっても兄達には敵わない、自分はなんてダメな人間なんだと。


 そんなとき、父が俺の目を真剣に見つめながら言った。

 あれは学園に入学する前の年だった。


「ダニエル、君は良いところがたくさんある。正義感の強いところ、弱い者を護ろうとする優しいところ。兄達の真似なんてする必要ないんだ。だって君は唯一無二の存在なんだから。君だけにしかない良いところを私はたくさん知ってるよ。君の何気ない笑顔がいつも私達を幸せにしてくれる。ダニエル、君は私のいや私達の大切な息子だよ」


 その言葉に俺は声をあげて泣いた。


 今まで、兄達と比較されて出来の悪い俺は父や母から見放されているのではないか?

 俺に何も言わないのはもう諦めているからではないか?

 そんな不安がいつもつきまとって家庭教師の言葉も耳を素通りし勉強に身が入らなかった。


 だが、父や母はこのままの俺を受け入れてくれるんだ。

 無理して兄達のようにならなくても良いんだ。

 そう思った途端に心が軽くなった。


 俺の中で、父は教育者としてもひとりの親としても尊敬できる存在として大きく居座っている。


 不思議なことにその日から見るもの手に触れるものがとても新鮮ですんなり頭に知識として入ってきた。

 今まで家庭教師から何度教授してもらっても理解できなかったことが嘘のように…


 その後は勉強することが楽しかった。

 もちろんイントラス学園の入試も上位で合格した。

 父親が学園長なのに俺がギリギリの成績では申し訳ないからな。

 まあ、父はそれでも気にしないと思うが。


 そんな入試を経てみれば、父は仕事に駆けずり回っている状態。

 どうやら父はライナンス学園の学園長の間で問題が持ち上がりそれを終息すべく奔走している様子だ。


 その原因がマリアーナ・リシャールだと知ったときは胸が締め付けられるほどの怒りを感じた。


 俺はマリアーナ・リシャールが父が学園長をしているイントラス学園に入学をしたいと言い、あれこれとわがままを言って父を困らせているとにらんでいる。

 どうやら学園に『魔術科』を作れと要求したようだ。

 今年度から突然『魔術科』が出来たのがその証拠だ。

『魔術科』ならライナンス学園に行けよ。

 だが、このイントラス学園は彼女の父親と兄の母校だ。

 きっとそれでこの学園にこだわっているのだろう。


 マリアーナ・リシャールはこの国の騎士団総団長の娘だ。

 そして、この国の宰相の姪でもある。

 ようはこの国の権力者の娘ってことだ。

 許せないと思った。


 そして入学式後のクラス分けであいつと同じクラスになった。

 教室のドアからあいつが入って来たのを見たときにはすでに体が動いていた。


「お前がマリアーナ・リシャールか?」


 俺の問いかけに対してあまりにも無関心な反応に俺は怒りのまま声を張り上げた。


「は? お前なんかとよろしくするわけ無いだろ! 家の権力を使って父に無理難題押し付けやがって。どうせ入試も汚い手を使って無理やりこの学園に入学したんだろ? おい、みんな! こいつと仲良くなんかするなよ! これは俺の命令だ!」


「言っときますけど、私はこの学園の入試は全科目オール満点の合格です。疑うならあなたのお父様にお聞きください。あなたは家の権力を笠に着る輩を嫌悪しているようですが、ご自分は学園長の息子という権力を使ってクラスメイトに命令をするのは厭わないんですね。私は私という人間を見てくれる友人を自分で選びますから」


 あいつは、まっすぐな目で俺を見つめながらそう言い放った。

 なぜかあいつの言葉が今でも胸にもやもやと渦巻いているのが俺をイラつかせる。


 クラスの皆は俺の言葉通り、あいつと距離を置いている。

 だから、あいつはいつも独りだ。


 ピンクゴールドの長い髪に深い緑色の大きな瞳。

 白くて長い指が本のページをゆっくりとめくる様は窓から入る日の光も相まってさながら儚い妖精のようだ。

 ぼうっと見とれている自分にハッとして気を引き締める。

 見た目に騙されてはいけない、あいつは親の権力を使って好き放題するわがまま娘なんだ。


 もうすぐこの状況に耐えかねて自分からこの学園を辞めると言うはずだ。

 そうしたら父の肩の荷も下りるに違いない。




「おお、ダニエル。なんだか久しぶりだな。私もようやく問題が落ち着いてこうして家族と一緒に夕飯をともに出来るよ。今日は魔力測定の日だったろう? ダニエルの結果はどうだった?」


 このところ仕事に奔走していた父上とこうして夕食を共にするのは久しぶりだ。

 母上も嬉しそうにしている。

 二人の兄達はそれぞれ独立して家を出ているので食卓を囲むのは両親と俺の三人だ。


「称号はロレンソ兄上と一緒の『剣豪』でした。スキルは『遠目』と『薬師』があったので、選択科目は薬学か魔法薬にしようと思ってます」


「ほう、我がブレッサン家から薬師の剣士が輩出されるなんて将来安心だな。今日は聖巫女様の称号の子も出現したようだからイントラス学園も一躍有名になるぞ」


 へえ、聖巫女様の称号なんてすごいな。

 その子は明日から学園の有名人だな。

 そんな事を考えていると父上から思ってもみなかった言葉をかけられた。


「そう言えば、ダニエルと同じクラスのマリアーナ嬢はどんな感じだい? 彼女を我が学園に引き抜くのには苦労したんだ。実は彼女はライナンス学園に入学が決まってたんだが、そこを我が学園にも魔術科を設立するので是非ともうちに来てくれと頭を下げてやっとのことで引き抜きに成功したんだよ」


 ……え?


「そうしたら、ライナンス学園の学園長が怒鳴り込んできてな、いやあれは大変だった。宰相殿に相談したところ国王陛下の署名入りの『魔術科設立提案書』を発行して貰って事なきを得たんだよ。今はどこの学園も優秀な生徒を確保するのに躍起になってるからな」


 父上の話によると、優秀な生徒が学園にいることで国からの補助金の額が跳ね上がるということだった。

 そのため、かねてからマリアーナがどこの学園を選ぶかが話題になっていたらしい。


 魔術の勉強をしたかったマリアーナはライナンス学園に行くつもりで試験を受けた。


 それを聞きつけた父上がリシャール伯爵にイントラス学園の入試も受けて欲しいとお願いをしたと。


 リシャール家は父親も長男もイントラス学園の出身と言うことで父上の頼みを無碍に出来なかったらしい。

 そうして受けてもらったイントラス学園の入試は全科目オール満点の成績だったそうだ。


 これにはイントラス学園の教師達も一致団結してマリアーナ・リシャール獲得に奮戦したらしい。


 そこで魔術科設立の旨を東部学園会議で発表した際にライナンス学園の反対にあったという。

 それを国王陛下署名入りの『魔術科設立提案書』を発行して貰い無理やり黙らせたようだ。


 そのいきさつを聞いた俺は背中を冷たい汗が伝っていくのを感じた。


 ま、まずい……これは非常にまずいことになった。


「マリアーナ嬢は本当はライナンス学園に行きたかったところを我がイントラス学園に無理やり変更してもらったんだ。だからもしかしてこの学園に馴染めないかもと危惧してお前と同じクラスにしたんだよ。ほら、お前は正義感が強いし優しいからクラスになじめない子がいたらほっておけない性分だろ?」


 その正義感が今回ばかりは裏目に出た……。


 俺、もうこのまま気絶しても良いかな?

 

「ああ、そう言えば、お前のクラス担任がマリアーナ嬢はクラスに馴染めていないと報告が来たが本当かい? なんでも誰かに嫌がらせを受けているかもと言っていたが、どうなんだい? もしそれが原因でマリアーナ嬢が学園を辞めることにでもなったら大問題だ。悪いがダニエルも嫌がらせの張本人が誰か調べてくれないか?」


 そ、それは俺のことだよ、父上……。

 

 ああ、マリアーナ……すまない……。


「ダニエル、お前は是非ともマリアーナ嬢と友達になって彼女をそばで守ってやってくれ」


 あまりのショックに俺は椅子ごと後ろにひっくり返った。


「お、おい! どうした?! ダニエル! しっかりしろ!」


「きゃー! ダニエル!」


 父と母の絶叫を聞きながら俺は意識を手放した。

 



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