はじまりのばしょ
マリアーナside
私を乗せたシュガーは、生い茂る樹木の間にポッカリと開けた草原に着地した。
小型犬サイズになったシュガーを、今度は私が抱き上げる。
「まりあ。このばしょ、おぼえてる?」
「ここは……魔訶の森? 学園の魔物討伐で来た……」
「んー。そのまえにもきてるよ。ぼくたちが、このせかいにおちたばしょだよ」
僕達が、この世界に落ちた場所……?
そういえば……さっき、始まりの場所に行くって言ってた?
「シュガー……もしかして、私が誰なのか分かるの?」
「うん。まりあは、ぼくのいのちのおんじん。くろのまりあと、ぴんくのまりあは、おなじひと」
「! あ……ああ! シュガー!」
シュガーは、前世との繋がりであり、この世界に私が存在している証明だ。
ポロポロとこぼれる涙を、シュガーが舌でペロっとする。
「まりあ。なかないで」
「うん。ふ、ふふふ。シュガーくすぐったい」
先程まで沈んでいた気持ちが、少しだけ浮上する。
この世界に来て、初めての失恋……これは、かなりキツイ。
でも、大丈夫だ。きっと立ち直れるはず。
私は、いま笑えているのだから……。
「シュガー……この世界に落ちた時は、まだまだ小さな子犬だったよね」
そう言いながら、私はゴロンとその場で仰向けになった。
あの時と同じように青い空を見上げる。
その隣で、シュガーもヘソ天スタイル。
「うん。まいごになって、こわいひとにけられそうになった。そのとき、まりあがたすけてくれたんだ。ずっと、ありがとうってつたえたかったんだよ」
「そうなんだ。でもね、シュガーの鳴き声に最後の気力を振り絞って動いたから、今ここで生きてるんだよ。だから、シュガーも私の命の恩人なんだよ」
「そっか」
可愛いシュガーの声に心が和む。
さて、これからどうするか……。
「……ジーク様の初恋の人が、あのミルドレッド様だったなんて……私に内緒で彼女に会いに行ってたのね……」
「まりあ……あのね。ジーク、やさしいひと。しんでんで、いつも、ぼくと、くろのまりあに、はなしかけてたよ」
「うん。本当に優しい人。私の最期のお願いを聞いてくれて、そのおかげで、シュガーに会えたもの」
だから……ジーク様には、幸せになってもらいたい。
心に想っている人がいるのなら……その女性と一緒になった方が良いに決まってる。
じゃあ……私はどうする? どうすれば良い?
こんなに人を好きなったのは、前世を含めて初めてなのに……婚約解消……か……また涙がこみ上げる。
「ごめん。なんだか、疲れちゃった。ちょっと休憩するね」
そう言って、私は目を閉じた。
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ジークフィードside
マリアがいなくなったと聞いて、慌てて部屋に戻った俺達は、小型通信機に向けて声を上げる。
「「いったい、どういうことなんだ?!」」
『そ、それが、ヨランダさんの話だと、マリアは僕の部屋の前まで来て、すぐに引き返したみたいなんだ。階段の下でヨランダさんに、ジークさんとアンドレ様は、トライアン領に行っているのかって聞いて、ヨランダさんが答えに詰まっている間に振り切って外に出たんだって。そして、シュガーの背中に乗って飛び立ったらしい。今、ルーさんとガイモンさんが周辺を見回っているところ』
それって、この通信機で連絡している時ってことだよな?
「俺達が、マリアに内緒でこっちに来たことに腹を立ててるんだな。問題も解決したことだし、これは、すぐに帰って機嫌を直してもらおう」
俺のその言葉に、アンドレ君が厳しい顔をする。
「いや、そんな単純なことではない。エリアスさん、ヨランダは、その時のマリアの様子をどんな風に言ってましたか?」
『今にも泣きそうな顔をしていたって。それって、やっぱり、おかしいよね? マリアなら、トライアン家行がバレた時点で、この部屋に乱入して通信機の前に陣取るでしょ?』
そう、言われてみれば、そうかも知れない。
俺達はあの時、どんな話をしていた?
ハッとして、アンドレ君の顔を見ると、頷きながら口を開いた。
「きっと、僕達の会話を中途半端に耳にしたんだ。エリアスさんの部屋のドア越しなら、エリアスさんの声とルーベルトさんの声しか聞こえなかったに違いない。つまり、ジークさんが説明した事の顛末は聞こえてないんですよ」
それは、かなり不味いのではないだろうか?
『そう言う事か! それは、早く探さなきゃ。僕も捜索に行くよ。なんでも、シュガーが『はじまりのばしょにいこう』って言ってたらしいんだ。そんな名前がついてる場所を調べながら探してくるよ!』
「ちょ、ちょっと、待て! シュガーが言ってたって? どういうことだ?」
『シュガーは、喋れるようになったんだよ。じゃあ! 行ってくるよ!』
シュガーが喋れるだと?
カチャリ!
エリアスが、乱暴に通信機を切った音に我に返った。
「こうしてはいられない! 俺達も行こう!」
「待って、ジークさん。闇雲に探しても無駄です。僕には、『はじまりのばしょ』に心当たりある」
「なに?! それは、本当か? それはどこだ?!」
「その前に、僕の質問に答えてください。ジークさんには、心に想う女性がいますよね? そして、その人は、黒髪の女性で、もうこの世にいない……」
「……それは……その質問に答えたなら、マリアの居場所を教えてくれるのか?」
アンドレ君が頷くのを見て、俺は話し始めた。
「ああ、そうだ。君も五年前に神殿で会ったことがある。ガラスの棺で眠る彼女に……」
それが誰かを、きっと彼はすでに知っているのだろう。
「ジークさん。あなたは、一途にマリアのことを想ってますか?」
ほんの一瞬、エリアスの顔がよぎったが、すぐにマリアの愛らしい笑顔に塗りつぶされる。
ああ、そうか、俺はマリアの事を深く想っているんだな。
「マリアの事は、愛おしいと想っている。俺は、この先彼女の笑顔を守っていきたい」
一瞬、アンドレ君の顔が苦しげに歪んだように見えた。
気のせいだろうか?
「そうですか。では、僕の話を聞いて、自分でマリアの真実にたどり着いて下さい」
マリアの真実? アンドレ君の言っていることがわからず、戸惑っている間に話しが始まった。
「五年前、界渡りの乙女が、この世界に落ちて亡くなった日と、マリアがバルコニー転落事件から一命を取り留め、目覚めた日は同じです」
マリナが亡くなった日と、マリアが目覚めた日が同じだと……?
「目覚めたマリアは、記憶をなくしていました。だが、彼女は明るく前向きに生きようとしていた。僕と父上のためにね。ジークさん、マリアとシュガーが、初めて対面したときのこと覚えていますか?」
マリアとシュガーが初めて会ったのは……神殿だ。
マリアは子犬だったシュガーを抱きしめながら、ガラスの棺を見て泣いていた……。
泣いていた? なぜだ? 死体を見たのが初めてなら、驚くのは分かるが……あの時のマリアはガラスの棺に張り付いて泣いていた。まるで、とても大切な人が亡くなったときのように。
心臓が、ドクンと音を立てる。
「風属性が一つだけだったのを気に病んでいたマリアが、目覚めた後には、全属性に加えて、光属性まで発現していた。異世界の神の加護もね。この意味わかりますか? ジークさん」
全属性に光属性……それは、まるで……そして、異世界の神の加護……そうだ、あの時、陛下の前でマリナが息を引き取る時の事を、まるで見ていたかのように話していたではないか!
「ま、まさかマリアは……」
「僕が話せるのは、ここまでです。シュガーは界渡りの乙女と一緒にこの世界に来たんですよね?」
そうだ……だから彼女の最期の願いを……シュガーが自分から懐いた飼い主探しを……『はじまりのばしょ』は……摩訶の森だ!
「では、ジークさん、マリアを迎えに行って下さい。僕はベリーチェとここで待ってます。はい、これポーションです。一本じゃ心もとないから、三本渡しておきます。クラウド、聖獣の能力全開で飛ぶんだ。君なら一時間かからず到着するんじゃなかな」
「うん。ぼきゅ、がんばるね!」
「な! クラウドが喋った?!」
「やはりね。シュガーが、喋ることができるなら、クラウドもできるだろうとは思いましたよ。多分、聖獣としてまた進化したんでしょう」
そ、そうか。もう、俺は何が起こっても驚かないぞ。
さあ、マリアを迎えに行くか。




