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この女、頭がおかしいのか?

 ジークフィードside


 トライアン邸の食堂は三箇所ある。

 用途別に使い分けるのだが、今俺達がいるのは、最も大きな晩餐用の食堂だ。


 長テーブルのセンターラインには、母のお気に入りの花々が飾られ、一角に設置されたピアノからは、ゆったりとした旋律が部屋中に響く。

 

 入口側の壁沿いには黒服の給仕係が10人ほど待機している。


 席についているのは、3歳になる甥っ子を除いたトライアン侯爵家の者たちと、客人であるベックマン男爵父娘(おやこ)、それに、アンドレ君、ベリーチェとクラウドだ。


 トライアン領の名産である乳製品をふんだんに使ったごちそうが並ぶ中、上座に座っている父が眉を顰めて見つめるのは、ゴテゴテと装飾のついた赤いドレスをまとった令嬢。


 その令嬢が、甘ったるい鼻声で自分の隣に座っているアンドレ君に話しかける。

 なぜか……俺の名前を呼びながら。


 この令嬢……使用人たちに、俺の初恋の相手だと自分で吹聴していたと聞いたが……やはり、俺の事を知らないってことだな。


 そんな事を考えていると、左隣に座っているクラウドが、俺の腿をペシペシ叩き次の一口を要求する。

 君、自分で食べられるんじゃなかった? はい、はい。あ〜ん。


 トントン。

 今度は、右隣に座っているベリーチェが俺の肩を叩く。


「フィル。ベリーチェに、おにくたべさせてくだしゃい」


 呼ばれ慣れない名前に、一瞬だけ思考が止まるが、向かいに座っているアンドレ君の視線に気を取り直す。


「なんで、ベリーチェまで? 先程から一人で食べてただろ?」


「てが、つかれたでしゅ。いつもマリアたべさせてくれるでしゅ。マリア、いなくてさびしいでしゅ」


 これは、遠回しに俺を責めているのか?

 はい、はい。わかりましたよ。


 自分の皿からビガンゼの肉を切り分けて、ベリーチェの口元に差し出す。

 その様子を見ていたらしい男爵令嬢が、声を上げた。


「まあ! ねぇ、ジーク様。あなたのお友達って、聖獣様と仲良しなのね。えっと、フィル様だったかしら? あなた、貴族でも、どうせ嫡男ではないのでしょう? それなら、うちで雇ってあげるわ。マリア様からシュガーを貰い受けるつもりなの。だから、お世話係のルーベルトと一緒に家に来ればいいわ。ああ、早く、マリア様が里帰りから帰ってこないかしら。もう、ジーク様と私の再会の場面も済んだことだし、後は、マリア様が身を引いてくれれば解決でしょう?」


 はぁ?!

 なんだそれ?

 ジークもフィルも俺のことだよ!

 いや、いや、そんなことは、どうでも良い。

 それより、マリアからシュガーを貰い受けるだと?!

 マリアが身を引くだと?!


「「「ガッシャン!!」」」


 怒りに任せて、手に持っていたナイフとフォークを乱暴にテーブルに置いて立ち上がると、同じように父上とアンドレ君も立ち上がっていた。


「どこまで頭が空っぽなんだ。貴様」


 俺が口を開く前に、アンドレ君の低い声が響く。


「ミルドレッド嬢。私が言った言葉を一つも覚えてないなど、動物以下の脳味噌だな」


 父上の怒気を含んだ声に、その場の空気が凍った。


「えっ? あ、あの……ジーク様? それに侯爵様まで……な、なに怒っていらっしゃるの?」


 訳が分からないというように首をかしげる令嬢に、俺は声を上げた。


「ジークというのは俺のことだ。君と会った時のことはよく覚えているよ。俺の顔を見た途端、『化け物! あっちへ行け!』と怒鳴られたのを」


 俺の言葉に母上と兄上が目を丸くした後、咎めるように父上に視線を向ける。

 その視線を受け止めた父上が片手で目を覆うようにしてうつむいた。

 ああ、そういえば、この話は家族にはしていなかったな。


「ジーク……その話は本当なのか?」


 父上の言葉に頷く。


「本当ですよ。俺のことを知らないくせに、俺の初恋の相手だと吹聴するなんてどんだけ性悪なんだ。こうなると、改めて父上にも怒りが湧きますね。こんな女のためにマリアを傷つけるなんて、最悪だ!」


 性悪女の言葉に対する怒りと、両親がマリアを傷つけたことに対する怒りが沸々と湧き上がる。


 今まで、赤い瞳の俺に対する献身に感謝こそすれ、こんな荒々しい態度をいままで取ったことのない俺に、家族が驚いているのが分かる。


「も、申し訳ありません! 家の娘が! ほら、ミルドレッドも頭を下げなさい!」


 凍った空気を破るように令嬢の父親が、言った。


「な、やめてよ。お父様。なんで私が頭を下げないといけないのよ! あのね、お父様は知らないかもしれないけど、侯爵様が、私達をこの領地に招待してくれたのは、私とジーク様を婚約させるためなのよ。それに、出会ったときのことなんて、数年前でしょ? そんなの忘れてても問題ないわ。っていうか、じゃあ、あなたは、誰なのよ?」


 そう言いながら性悪女は、隣に座っているアンドレ君を見る。


「僕? ああ、そういえば、自己紹介がまだでしたね。君が、僕のことをずっと、『ジーク様』と呼ぶもんだから、名乗るタイミングがなかったので。僕は、アンドレ・リシャール。リシャール公爵家の嫡男だ。ちなみに、マリアの兄だ」


「公爵家! それに、マリア様のお兄様?」


 そうつぶやいた後、何かを考えるように下を向いた性悪女。

 今までの公爵令息に対する無礼な態度を、思い起こしているのだろうか?


「わかったわ。そういうことなら、私はアンドレ様と婚約するわ。ジーク様はマリア様にお譲りするわ。まだ、年若いマリア様が、婚約者を奪い取られるなんて可愛そうですもの。その代償にシュガーとそこのピンクのクマをもらうってことで良いわね」


 良いわけあるか!

 この女、頭がおかしいのか?

 その瞬間、ベリーチェがテーブルに身を乗り出し、性悪女にグラスのワインをぶっかけ、クラウドが持っていたパンを性悪女に投げつけた。

 グッチョリと濡れた額に張り付いたロールパン。

 かかったワインが目の周りの化粧を流して恐ろしい顔になっているぞ。


「きゃー! な、なにするのよ?!」


「聖獣様の怒りを買ったんだ。ミルドレッド嬢、あなた達親子をここに呼んだのは、本当に君がジークの初恋の相手かどうか確認するためだ。初恋の相手どころか私の息子に暴言を吐いた相手だったとは。ベックマン卿、悪いが、明日には荷物をまとめてこの屋敷から出て行ってくれ。男爵領までは、責任を持って送るとする」


「わ、わかりました。娘が……申し訳ありません。ミルドレッド、お前も謝りなさい」


「いやよ。なんで、私が謝らなくちゃいけないよ。かってに勘違いしてここに連れきたのは侯爵様じゃない。それにこれ見てよ! 私は被害者よ! 客人にこのようなことして、無礼なのはどっちよ?! 損害賠償を要求するわ!」


 その言葉に、アンドレ君が嗤いながら返す。


「損害賠償ね……では、こちらは、聖獣に対する誘拐未遂に公爵家に対する無礼発言、精霊樹損傷の罪と、侯爵家の使用人に対する暴言、暴行の罪を羅列して王城騎士団に訴えるとしよう。聖獣が絡んでいるので、調査は陛下の指揮のもと行われますがそれでも良いのかな?」


「お、お、お待ち下さい。ミルドレッド、 お前は自分のしたことがわからないのか?! さあ、荷造りするぞ! 本当にすみませんでした。これにて、私共は失礼します」


 そう言いながら、ベックマン男爵はギャーギャー騒ぐ性悪女を引きずって部屋を後にした。


「騒がしい令嬢でしたね。さあ、僕らも部屋に戻りましょう」


 そう言いながら席を立つアンドレ君に、父上と母上が深々と頭を下げる。


「不快な思いをさせて申し訳なかった。全責任は私にある」


「あなた方が頭を下げるのは、僕じゃない。マリアです。そして、謝罪の方法はいろいろありますから……」


 含みのある物言いがなんだか引っかかるが、俺のためとはいえ、やったことは到底認められない。

 父上と母上には、少し反省してもらおう。




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