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日が昇る方角に進もう

 地下室から階段を駆け上がり、二階を目指す。

 狂愛の王様に、作ってもらった明かり魔石が大変役にたった。


 暗闇の中、王城の廊下を進むなんて図書室に忍び込んだ一件以来だ。

 でもあの時は、ベリーチェとシュガーが一緒だった。

 腕の中のベリーチェに視線を落とす。

 切られた首と腹からは中の綿が見え、もうこちらに顔を向けることはない。


 大丈夫、大丈夫だよ。ベリーチェ。絶対に生き返らせてあげるからね。


 ここ、王城のどこだろう?

 人の気配がないってことは、今は使われてないエリアってことか。


 この王城で、私の顔を知っている人に助けを求めるのが正解か。

 真っ先に思い浮かぶのは、王太子殿下であるヒューベルト殿下だ。


 あとは……国王陛下?

 いやいや、そんな大物を夜中に呼び出すなんてまずいよね。

 それに、こんな夜中に警備兵に見つかったら、問答無用で切られても文句は言えないわよね。

 拉致されたとはいえ、いわばこの状況は不法侵入。


 二階の踊り場に着くと扉に突き当たった。

 開かないことも想定しながらドアノブに手をかけるとすんなりと開いた。


 そっと、扉から顔を出して辺りを確認。

 そこは、いきなり外だった。

 下を見ると闇が広がっていて地面が見えない。


 えっ? もしかしてここから下に飛び降りるしかないの?

 ここって、二階だよね?


 風魔法を使えばできないこともないけど、魔力が回復していない今は使わないほうが良いよね。

 マリアーナもそう言ってたし。

 さて、どうするか?


 少し身を乗り出して、下を照らすように明かり魔石を握りしめた手を伸ばしてみる。

 ベリーチェを落とさないように抱え直した途端、魔石がポロリと手から離れた。

 あ! と思ったときには遅く、魔石は落下。


 コトン。


 あれ?

 遥か下の暗闇へと落ちると思っていた明かり魔石は、私の足元近くに転がった。


 足場がある?

 もしかして、認識阻害の魔術がかかっている?

 ジッと、明かり魔石を凝視していると、だんだん視界がクリアになってきた。


 認識した途端、術の効き目がなくなったみたい。


 そこには、下へ降りる外階段が繋がっていた。

 なるほど、この建物自体が認識阻害の魔術がかかっていたのか。


 足音を立てないように外階段を降りる。


 途端に、外のひんやりした空気が肺に流れ込むが、体温調整機能付きのドレスを纏った体は寒さ知らずだ。

 さすが、ナンカーナ皇国製のドレス。

 

 辺りは真っ暗。王城の敷地は、広すぎて現在地がわからない。

 それにしても、今、何時頃だろう?

 私が、ナンカーナ皇国の皇宮から連れ出されたのが夕方五時頃。

 そこから、検問所と幻想の森の中心部を抜けるのに、全速力を出しても三時間半はかかるんじゃないだろうか。

 北部地区から王都までは、翼蜥蜴でどれくらいだろう?


 ブライアンのお姉様の婚約パーティーに出席したときは、飛竜で一日半だった。


 でも、あれは飛竜が初めての貴族令嬢達を考慮して途中の街で一泊休憩を入れたからだ。


 となると……どれくらいだ?

 私の腹時計と照らし合わせて……うーん……日付は変わっているはず。


 午前3時か……4時といったところだろうか?

 なら、もう少ししたら、日が昇るんじゃない?

 だったら、日が昇る方角に進もう。


 確か、ヒュベルト殿下の部屋は、東の棟で中庭に面していたと思う。

 何と言っても、ヒュベルト殿下の護衛騎士や専属侍女さん達は顔見知りだから、安心だ。


 ともかく、この場所から距離を取ったほう良いことは確か。

 イリスの仲間がどこに潜んでいるかわからないもの。

 きっと、この王城に招き入れた仲間がいるはず。

 明かり魔石で足元を照らしながら進む。

 流石にこの暗闇を一人で歩くのは勇気がいるな。

 いや、ひとりじゃない。ベリーチェも一緒だ。

 ベリーチェをギュッと胸に抱きしめながら、『怖くない、怖くない』と呪文のようにつぶやく。



「そこのお嬢さん、どこへ行くのかな?」


 突然の声に心臓が跳ねた。

 だ、誰?

 油の切れたロボットのように、ぎこちなく振り返る。


 そこには、月明かりにを背にひとりの男が立っていた。

 二十代後半くらいだろうか。金髪の短髪。瞳の色は暗いからいまいちわからない。

 そして、この制服は……ジーク先生と同じ、黒の騎士団だ。

 味方だ! あからさまにホッとした顔を向けた私に、男は不思議そうな顔で問いかけた。


「おひとりですかな?」


 え? その質問の意味が分からず首をかしげる。

 まるで、私以外の誰かがいるはずだとでも言いたげな……。

 ちょっとまって、この人、今どこから現れた?

 私の後ろだ。そして、そこには、あの建物が……。

 今は、使われてない上に、認識阻害の術でその存在を隠された建物。

 警備なんて必要ない場所に、なぜ、黒の騎士団員がいる?


 ドキドキと胸の鼓動が激しくなる。

 黙ったままの私にしびれを切らし、男はにらみながら口を開く。


「名前を教えてもらおう」


 どうする? ここは、『イリス』と答えるのが正解か?

 グルグルと回る思考。


「私の名前は……」


 考えが纏まらず、口ごもる。


「ハッハッハ! 流石です。それなら、みんなきっと騙されるでしょう。どこから見ても記憶を無くしたご令嬢だ。その小道具も良いですな」


 ベリーチェを小道具扱いしたことは、いただけないが、とりあえず、名前を答えなかったのが正解のよう。


「ロイスナー神殿長は、どちらに?」


 神殿長……あの部屋で狂愛の王様やカナコさん達に捕まっているなんて言えない。

 そういえば、神殿長は拉致されたマリアーナを助けるというシナリオだったっけ?

 だから、この場に神殿長がいない事に疑問を持たれているのか。


「神殿長は今、後始末を……」


「そうですか。では、我々は、先にできることをやっておきましょう」


 その言葉に『そうね』とうなずいたは良いが、何をやるのかさっぱりわからない。


 そんな私の前を、騎士は歩き出した。

 あたりは、日が昇り始めたようで薄っすらと明るくなってきた。

 少し歩いたところで、なんとなく見覚えのある小道が見えてきた。


 この小道を右に行くと確か、魔導師団の塔へ行くんじゃないだろうか? 

 あの桜の木に似た樹木に見覚えがある。

 エリアス先生に初めて会った場所だ。

 ということは、反対の道が中庭に通じる道に違いない。


 前を歩く騎士は、迷わず、魔導師団塔の方へと進むようだ。

 まさか、そこで新たな仲間と合流するのだろうか?

 もしそうなったら、逃げるのは難しくなる。

 私がついてくるのを疑わないようで、振り返りもしない。

 これは、チャンスだ。

 わざと歩みを遅くしながら、距離を作る。


 そして、走り出した。男とは反対の道へと。


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