冥界と繋がっている?
落ちかかった意識を取り戻した私は、状況を確認する。
イリスと神殿長は数人の人に囲まれていた。
え? 人? どこにいたの? この部屋、隠れるとこなんてなかったよね?
『マリナ。今、枷を外してあげる』
声のした方に顔を向けると、そこには、少し幼い私がいた。
私……? ちょっと、待って、先程から、私のことを『マリナ』って呼んでいる?
まさか……。
「マリアーナ?」
『そうよ。 私は生きることを諦めちゃったけど、あなたは生きなきゃだめよ。このままマリナまでいなくなっちゃったら、お父様とお兄様が悲しむわ』
そう言いながら、手足の枷を外していく。
『マリナさん。この者たちのことは、私たちに任せなさい』
イリスと神殿長を取り囲んでいた一人が、振り向きながら言った。
長い黒髪に黒目のきれいな女性だ。
日本人……? どこかで見たような……?
その隣にいた男性も振り向いた。
緑色の髪に赤い瞳。
「も、もしかして、カナコさんと、ブラッドフォードさん?」
私の言葉に、笑顔でうなずく二人。
『私達の子孫を救ってくれてありがとう。そして、私の最愛の人の名誉を取り戻してくれてありがとう』
カナコさんの言葉に、ブラッドフォードさんは優しげな眼差しを向ける。
『マリナ、魔力封じの首輪も外すわね。でも、これ、マリナの魔力を吸収する魔石も組み込まれているから、外しても魔力が回復するまで使わないでね。魔力が枯渇すると体が動かなくなるから』
マリアーナの言葉に頷く。
ドンドン!
「イリス様! 何か問題が起こりましたか?!」
ドアを叩く音と同時に、部屋の前で待機していた三人の聖騎士が慌てた様子で入ってきた。
「うわ! な、何だこれは?!」
「だ、だ、誰だ?! お前ら、どこから入ったんだ?!」
「お、おい! こいつら、人間じゃないぞ!」
あ、やっぱり、そうだよね。
マリアーナにカナコさんと、ブラッドフォードはすでに亡くなっているものね。
それに、この部屋にいる女性は皆さん黒髪で、歴代の『界渡りの乙女』だと思われる。
その女性たちに寄り添っている男性達は、きっとそれぞれの伴侶でしょう。
「うわ! 気味悪い! 離れろ!」
「な、なんなんだ?! こいつら、まさか、アンデットか?!」
「あ、あなた達。騎士の端くれならこんな魔物さっさと倒しなさい!」
部屋の片隅では、イリスと神殿長が、軍服の男性二人に拘束されている。
三人の聖騎士は、剣を抜き手当たり次第振り回すが、なんせ相手は幽霊、斬っても斬っても向かってくる。
これは、相当恐怖に違いない。
『マリナ。私たちは、この部屋から出ることができないの。悪党達を足止めしている間に早く逃げて』
マリアーナはそう言いながら、私を石のベッドから起き上がらせる。
「そ、そうだね。ありがとう。でも、ちょっと、待って。ベリーチェも連れて行かなきゃ」
『これのことかい? ほれ、持っていくが良い。だが、この核魔石はもう使えんな。どれ、明かり魔石に作り替えてやろう』
ガッチリとした体格の壮年の男性が、ボロボロになったベリーチェと二つに割れた核魔石を差し出した。
『災難だったな。娘よ。この部屋は、わが妻の魂が安らかに眠れるように作った部屋だ。それがいつの頃か死者を蘇らせるなどという逸話がついてな。それが元で、黒魔術と関連付ける者がいるのだよ。私の子孫にも過ちを犯した者がいる。知っていると思うが……」
この部屋の作成者?
それに子孫が過ちを犯したといえば……。
「狂愛の……王?……さま」
『うむ。そのように呼ばれておるようだな。まあ、わが妻を狂おしいほど愛しているのは間違いではないがな』
『もう、エデュアルトったら。今は、そんな場合じゃないでしょう?』
ふんわりと黒髪を結い上げている女性が、笑いながら言った。
もしや、狂愛の王の奥様では?
「エミリ・クルスさん……」
『ふふふ。正解よ。さあ、お行きなさい。王城の間取りがだいぶ変わっているから、経路は不明なんだけど。ほら、私達って、この部屋から出ることができないから。でも声は聞くことができるの。階段を登って二階を目指すと良いわ。この悪党たちは二階から来たみたいだから。急いで!』
「は、はい! マリアーナ、ありがとう。お父様とアンドレお兄様は、必ず幸せにするからね。あの、皆様! 助けに来てくれてありがとうございました!」
ベリーチェを抱きしめながらペコリと頭を下げると、皆さん笑顔で応えてくれた。
部屋を出る寸前で、もう一度振り返ってマリアーナ達に視線を向ける。
この部屋……本当に冥界と繋がっているのかもね。
「ベリーチェ、お家に帰ろう」
返事が返ってこないことに、胸がギュッと締め付けられる。
ダメだ。今はここを出ることに集中しよう。
イリス達に他の仲間がいないとも限らないから。
頭を振って悲しみを振り払うと、私は二階に向けて走り出した。




