正義の鉄拳です
今日は、エメライン様のご家族とのお茶会の日。
皇后陛下からお借りした場所は、本宮から馬車で10分のところにあるルビー宮だ。
この離宮は、皇太子妃のための宮らしい。
ランは、一足先にそちらへ向かい会場準備の指揮を取ってくれている。
お父様やアンドレお兄様、ラインハルト殿下もお誘いしたが、男性陣は、明日のお披露目会の警備体制を整えるのに奔走している。
シュガーとクラウドも駆り出されている状態だ。
本当に申し訳ないです。
そして、私はベリーチェと一緒にドレスを選んでいるところ。
そこへ、ナタリーが皇后陛下から貸し出された装飾品を持って部屋に入ってきた。
「マリアお嬢様、こちらのどれでもお使いくださいと、承りました。そういえば、ナンカーナ皇国の第三皇子様が留学先から昨日帰国されたそうです」
「ナタリー、それ本当? 学園はまだ長期休みに入ってないわよね?」
「今回のマリアお嬢様のお披露目会では、皇太子殿下のご婚約の発表もされるということで、急遽帰国されたようです」
「なるほど。ナタリー、早速、面会の申請をお願い。お茶会の前にチェスター、いえ、第三皇子のチェバスター殿下にぜひともご挨拶をしなければ」
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「や、やあ、マリアーナ嬢。僕は、ナンカーナ皇国、第三皇子のチェバスター・ジュナ・ナンカーナだ。って、やっぱり、バレてるよね……」
面会の申請後に、慌てた様子で私の部屋に駆けつけた彼に向けてファイテングポーズを取る。
「その拳は何かな?」
「これは、嘘つきなクラスメイトを成敗する正義の鉄拳です。さあ、チェスター、歯を食いしばって!」
「待って、待って! これには、理由があるんだ!」
「ええ。そうでしょうね。でも、私の純真な友人を弄ぶような悪人は、一発殴らないと気がすまないわ」
「ご、誤解だ! 弄んでなんかない! 僕は、心からドリアーヌを愛しているんだ!」
真剣な目でそう訴えるチェスターに、構えた両拳を下ろす。
さて、ここからは、第三皇子殿下として歓待いたしましょう。
「失礼いたしましたチェスバスター殿下。ご足労いただき申し訳ございません。さあ、こちらへどうぞ。ナタリー、お茶をお持ちして」
「かしこまりました」
ソファアに腰掛けると同時に、チェバスター殿下は深く頭を下げる。
「君たちに嘘をついていたことは、謝罪する。ドリアーヌとは彼女が『聖巫女』の称号を得る前から知り合っていたんだ。入学して誰も知り合いのいない僕は、シャーナス国の事を知るために毎日図書室へと通っていたんだ。そこで彼女と出会ったんだ」
そうなんだ。そんな前から知り合いだったのね。
聡明で美しいドリーに恋をするのは当然ね。
「ドリーはチェバスター殿下の事を、平民だと思っています。身分違いのお付き合いに悩んでいると思いますよ? 早いとこ身分を明かしてあげてください」
「わかってる。僕としても周りの男どもを牽制する意味で早く婚約してしまいたいんだけど。なんと言っても、彼女はシャーナス国の聖巫女様だ。僕とドリーの婚約は、国家間の誓約が絡んでくる。だから、この一連のナンカーナ皇国に起こっている不可思議な事件を早く終結してしまいたいんだ。マリア、君には不本意なことだろうが、力を貸してほしい」
そう言って頭を下げるチェバスター殿下。
「頭を上げてください、チェバスター殿下。こうなったら、乗りかかった船です。私だって綺麗サッパリこの事件を終わらせて心置きなく国に帰りたいですもの」
「そう言ってもらえると助かるよ。頼みついでに、敬語はやめてくれ。それと、公の場以外は、いつもどおり、チェスターと呼んでほしい。マリアは、僕にとって学園生活を楽しくしてくれた恩人だからね」
「ん? 恩人?」
「一年生の時、学園祭で劇を企画しただろう? あの劇で王子役に抜擢された時は、驚いたよ。まさか、僕の正体を知っているのかと。だから、最初は戸惑ったんだ。でも、あれがなかったらクラスには馴染めずに、孤独な学園生活だったろうな。いや、そうなることを覚悟して留学したんだけど。目立たず、ひっそりと教室の隅で息を潜めているつもりだったんだ」
「そうなのね。じゃあ、お役に立てて何よりだわ。いくら留学の目的が、『予言の少女』の調査のためだったとしても、それがチェスターが、孤独な学園生活を送らなきゃいけない理由にはならないわよ」
「予言の少女って……あれ? マリアは知っているのかい? もしかして、兄上たちから全部きいた?」
あ、ヤバイ。
とりあえず、笑ってごまかしましょう。
エヘヘ。
「と、とにかく。今の年齢でしか経験できないことってあるのよ。年取ってから、あの時あれをしておけば良かったって後悔しないように、今を全力で生きなきゃね」
私の言葉に、チェスターは『ゴフッ』と吹き出しながら口を開く。
「相変わらず、マリアは面白いね。言うことが年寄りみたいだよ。でも言いたいことはわかるよ」
「もう、年寄りだなんて失礼な。今回の案件をサクッと解決して早く帰らなきゃ。卒業も間近だし、その前に新年の祝賀会もあるし」
「ええっと、マリア。その、新年の祝賀会で国王陛下からなにか発表があるっていうのは本当かい?」
「え? な、なんでそれを知って? ああ、ドリーから聞いたのね。国民への発表は祝賀会でってことになっていて、私達のことは、それまでは内密にするように言われているのよ。だから、チェスターもそのつもりでお願いね」
「わかった。もう、ベル兄上がエレオ兄上の婚約者がマリアに決まったなんて手紙に書くもんだから慌てたよ」
「ああ、それね。ベルナード殿下は、なにか勘違いしているみたいなの。エレウテリオ殿下には、ちゃんと想い人がいて、そのご令嬢と婚約するのよ。でも、そのお相手は誰にも邪魔されないように発表まで秘匿なの。だから、ベルナード殿下の勘違いはそのままにしておいてね。当日の殿下の驚きの顔を見るのが楽しみだわ」
「ベル兄上は、エレオ兄上のことになると、昔から周りが見えなくなるんだよな。まあ、先程のマリアの話でそんなことだろうと思ったよ。ラインハルト殿下もこの皇宮に滞在してるしね」
ん? なぜここで、ラインハルト殿下の名前が出るんだ?
それに、私の話にどんな関連が?
なんだか話が噛み合っていないよな?
疑問を口にすべく開きかけたところで、ナタリーから声がかけられた。
「マリアお嬢様。そろそろお時間が……」
あ! そうだ。エメライン様のご家族とのお茶会だ!
「ああ、長居をして悪かったね。明日に控えて忙しいだろう? また時間のある時に話をしよう、マリア。じゃあ行くよ」
そう言ってチェスターは部屋を後にした。




