ドレスの試着は疲れるものです
ベルナード殿下視点
僕は今、父である皇帝陛下の執務室へと向かっている。
こんな時に『女神が招いた聖女のお披露目会』を開催するなんて一体何を考えているんだ。
マリアは、父上の呪詛を浄化したことで犯人達から狙われているはずだ。
今、お披露目会を開催するなんて狙ってくださいと言っているよなものだ。
兄上が逃走中の侍女と聖騎士達の捜索の指揮を取っている今、マリア関連の事案は僕に任されているのだ。
なんとしても、止めなければ。
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「マリアのお披露目会の開催は決定事項だ」
「お待ち下さい。父上。今開催するのはマリアが危険です。お披露目会などと、この皇宮に大勢の客を招く行為は控えなければいけません」
「そのマリアからの要望なんじゃ」
「え? マリアから?」
父上の話だと、先日に行われたお茶会のときに提案されたという。
お茶会だなんて、僕は呼ばれてないぞ。
そうか、だから父上も母上もここ最近機嫌が良いのか。
「そうだ。このままでは埒が明かないとな。マリアも早くこの事件が収まって自国へ帰りたいと言っていた」
! 自国へ帰りたいだと?
だめだ。それは僕としては許可できない話だ。
マリアは、兄上の婚約者としてこの国に留まらなければいけないんだ。
「そういえば、ベルナード。手紙が届いていたなど、私は聞いていないのだが」
……まずい。マリア宛の手紙を隠していたことがバレたか。
そもそもあの手紙を渡したから、マリアに里心が着いたんだ。
さっさと処分しておけば良かった。
「ああ、そうなんですよ。危ないものが紛れてないか、調べるのに時間がかかってしまって。でも、ちゃんとマリアに渡しましたよ。そ、そういえば、チェバスターからも手紙が、」
「なに?! チェバスターからの手紙だと? 早く見せなさい」
ホッ。
我が家の末っ子の名前を出すと、途端に目尻を下げる父上。
もともと、父上に見せるために持ってきて良かった。
さあ、父上が手紙を読んでいる間に、マリアを引き止める手立て考えるか。
「ベルナード。おい、どうした?」
ハッ。
いつの間にか手紙を読み終わっていた父上に声をかけられていた。
「あ、いえ。読み終わりましたか?」
「ああ。チェバスターも元気でやっているようで安心した。だが、マリアは隣国の第二王子の婚約者なのか? 新年の祝賀会で公表する予定だと書いてあるが?」
「僕も気になってマリアに聞いてみたんですが、本人は違うと言ってました。周りの友達はみんな知っているようなんですが。おそらく、国王陛下は、政略結婚を敬遠しているリシャール卿を慮って、第二王子自身が、マリアにプロポーズすることを望んでいるのかと」
「なるほど。では、お披露目会の開催を急がなくてはな。貴族や神殿にはマリアが召喚されたときに、お披露目会のことは通達してあるから日程が決まった事を知らせればよかろう。そこでエレウテリオの婚約発表もする予定だ。相手の名前は伏せておくように。邪魔が入ると困るのでな。開催日は10日後だ。大方準備はできているのが幸いだな」
! そうか。
父上も兄上の婚約者は、マリアしかいないと思っていたのか。
確かに、僕もマリアのお披露目会に便乗して兄上との婚約を発表してしまうつもりではあった。
そのために、兄上とマリアの噂を故意的に操作していたんだ。
隣国で第二王子との婚約がまだ公表されていない今が、チャンスだと言えるな。
「わかりました。この件は、僕に任せてください」
まずは、マリアの警護体制から練らなくては。
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マリアーナ視点
つ、疲れた。
只今、ドレスの試着中。
しかも、ここ皇后陛下のプライベートルームですよ。
私のお披露目会なんて、聖女の白いワンピースで良いんだけど……。
皇族の権力をフル活用して、ドレス工房からかき集めたという数十着のドレスを前にため息をつく。
ランとナタリーも、皇后陛下の侍女さん達と一緒に張り切っているので言いづらい。
試着がすでに終わっているエメライン様は、ヨランダさんとベリーチェをきせかえ人形にして遊んでいる。
楽しそうだな……。私もあちらに混ざりたい。
エメライン様には、なんと、膨大な量のドレスが皇宮に保管されていた。
エレウテリオ殿下が、エメライン様のために仕立てた新品のドレス。
エレウテリオ殿下は処分せずに大切に自室に仕舞っていたらしい。
今回はヨランダさんが、何かと理由をつけて持ち出したそうだ。
「さあ、マリアちゃん。これが最後の試着ですわよ」
やっと、最後か。
着せられたのは、純白のドレス。
あ、一番聖女っぽい。
レースのフレンチスリーブに、スカート部分はシルクサテンオーガンジー。
プリンセスラインのウエディングドレスって感じね。
もうこれで良いんじゃない。
「これが、気に入りました! もうこれしか考えられません!」
「まあ、マリアちゃん。とっても似合ってますわよ。お披露目会には、マリアちゃんのお父様とお兄様もご招待しましたからね。そうそう、マリアちゃんのお兄様と第二王子のラインハルト殿下は、ご学友だそうね。ぜひ、ラインハルト殿下もと、お誘いしておいたわ」
ん?
「ラインハルト殿下もですか?」
まあ、アンドレお兄様とライ様は親友らしいから特に問題もないのかな?
「シャーナス国の王族を招待しているとなれば、厳重な警備体制も不思議に思われませんものね」
なるほど。
「呪詛事件の黒幕の出方は気になるところなんだけど、それよりも、マリアちゃんやエメラインちゃんの心に残るお披露目会にしたいのよ。エレウテリオの反応も楽しみだわ。それに、マリアちゃんのドレス姿を見て心を奪われない男性はいないわよ」
皇后陛下のその言葉に、ジーク先生の顔を思い浮かべる。
悲しいことに、ジーク先生が、私に心を奪われる姿が想像できないんだけど。
今、ジーク先生、ルー先生、エリアス先生は、黒服の給仕として会場に潜入する予定なのでそのための作戦会議に出席している。
黒のスーツをビシッと着こなすジーク先生はとてつもなく素敵なのだ。
うっ! 途端に顔に熱が集まる。
「まあ。マリアちゃん。お顔が赤いわよ」
「な、な、な! なんでもないです」
「ふふふ。大丈夫ですわ。マリアちゃんはなんの心配もいらないわ。私達が最高の舞台を整えるわよ」
舞台だなんて大げさな。
お披露目会という名の舞踏会ですよね?
笑顔の皇后陛下に、エメライン様やヨランダさんも一斉に頷く姿を見て一抹の不安がこみ上げて来るのはなぜだろうか?
「ああ、そうだわ。皇帝陛下からマリアちゃんに渡してほしいと言われたものがあったのよ。この前言っていた『狂乱の魔女』の肖像画よ。小さいものがあったようね」
そう言って手渡されたのは色が褪せた絵画だった。
この女性は……イリス?




