推測の裏付け調査②
神殿長のことを、全員一致で要注意人物と認定したその後は、エメライン様達にお願いしていた『混沌の時代』の歴史書の話に移った。
「ベルナード殿下から、『混沌の時代』の歴史書の閲覧の許可が出てよかったです。ヨランダさんが説得してくれたおかげです」
「いえ。ベルナード殿下の弱点は熟知しておりますので造作もないことでございます」
そう言って、ニヤリと笑うヨランダさん。
味方に引き込んで良かった。
私達が、港街と神殿に行ってる間、彼女たちには『混沌の時代』について調べてもらった。
呪詛を使ったという、『狂乱の魔女』がどうにも気になるんだよね。
「マリア様。こちらがお願いされていた『混沌の時代』の歴史書を収めたものです」
そう言いながらエメライン様がB5サイズのガラスの板をテーブルに乗せた。
エリアス先生作の撮影機。
早い話が、写真機能を搭載した魔導具だ。
持ち出し禁止の書物なので、画像として収めてもらったのだ。
後で部屋で読むつもり。
「ありがとうございます。なにか、気になることはありましたか?」
私の言葉にエメライン様が頷いた。
「ええ。とても興味深い文献でした。皇宮には、15歳のときから通って勉強していましたのに。まさか、このような歴史が我が国にあったなんて、講師も教えて下さいませんでしたわ」
ん? 15歳?
「あの、エメライン様がエレウテリオ殿下の婚約者となられたのは、大聖女を拝命したあとですよね? 確か、18歳の時ですよね?」
私の素朴な疑問に、ヨランダさんが口を開く。
「ふふふ。それはですね。その当時の大聖女様のお世話係をしていた見習い聖女であるエメライン様を、エレウテリオ殿下がお見初めになったんですよ。大聖女様はご自分が退任した後はエメライン様を後任として任命しておられたので、早々に行儀見習を理由に皇宮に通って頂いてたんです。表向きは行儀見習い、その実態は皇太子妃教育というわけです」
「えっ、そうだったんですか? じゃあ、エメライン様は知らないうちに皇太子妃教育を受けていたんですね」
エメライン様に目を向けると、ほんのりと頬を染めていた。
「はい。全然気が付かなくて……周りの人は知っていたみたいなんですけど。おかしいなと思ったのは、エレウテリオ殿下に皇族しか開けられない部屋に案内されたときです。詳しくは言えませんが、その部屋にある魔法陣に魔力を無事に注ぐことができて、正式に婚約者と認められたんです」
皇族しか開けられない部屋?
どこかで、聞いたことがあるような……。
もしや、エメライン様が狙われた要因はその部屋にあるのかしら?
「ああ、そう言えば、歴史書とは別に、世話係の侍女が定期的に送っていた報告書も見つけましたわ。私は、歴史書の撮影を担当していたので、報告書はシリル達三人が分担して読んでたんですが、どうでした?」
エメライン様に視線を向けられた三人は、顔を見合わせた後に、ダレルが口を開いた。
「じゃあ、俺から話をさせてもらうよ。彼女は離宮で概ね大人しく過ごしていたのが報告書から読み取れた。彼女につけられた世話係の侍女は五人。それまで報告書を書いていた侍女が、病で亡くなり、段々と報告書の間隔が開いてきたようだ。その後も侍女が次々と病で亡くなり、一人だけ残った侍女からの報告書が最後だった。それが、『狂乱の魔女』が50歳の時だ。その報告書に、気になる一節があったんだよね。まるで死ぬ間際に書いたようなヨレヨレの文字で、『狂乱の魔女は、時を止める術を使っているのかも。私達が年老いて行くなか、彼女は若いままなのです』って書いてあるんだ」
時を止める術?
そんな魔術はあるのだろうか?
エリアス先生に視線を向けると、首を横に振っている。ないってこと?
たとえそんな術があったとしても、魔力の8割を封印された彼女に可能だろうか?
報告書が届かなくなったのを、当時の皇族は特に気にしてなかったようね。
まあ、世代交代もあったりで、調査するなんて発想は皆無だったんだろうね。
「興味深いですね。その最後の侍女が亡くなったあと、狂乱の魔女はどうなったんでしょうね?」
「世話をしてくれる侍女が全員いなくなったら、きっと一人じゃ生活できなかったんじゃないかな。そのまま、衰弱して亡くなったんだろう」
ダレルのその言葉に私は、首を傾げる。
「はたして、そうでしょうか?」
「「「えっ?」」」
「彼女は身分としては、皇族ですが、元は孤児です。男爵家に引き取られるまでは、平民として生活をしていたんです。むしろ、監視役の侍女がいなくなったことで、自由になったのでは? 彼女が幽閉されていた離宮はどこにあったのでしょうか?」
「場所は、歴史書に記載があったのを覚えておりますわ。海沿いのカシュパルという村です。今現在は、エリアス様達が行った港の検問所がある街です。当時は、造船の技術もなかったですから、港湾もなく寂れた村だったようですわ」
「そうなんですね。では、皇都で起きた事件なんて、村人は知らないかもしれませんね。狂乱の魔女が、幽閉されていた離宮を脱走したとしても誰も問題視しないですよね?」
「マリアは、今回の呪詛事件と180年前の事件に関連があると思っているのか?」
ジーク先生の言葉に頷く。
「なんとなく……そう感じるんです。もし、狂乱の魔女が村でひっそりと生きながらえていたとしたら……彼女の子孫が今回の事件を引き起こしているのかも……」
「ですが、マリアお嬢様。その話には無理があります。狂乱の魔女はその時点で50歳です。いくら見た目が若くても、子供を産むには、歳を取りすぎてます」
ランがそう言うと、エリアス先生が片手を上げながら口を開いた。
「いや。何も自分で産む必要はないんじゃないかな。それこそ、孤児を我が子として育てれば。そして、その子に復讐心を植え付ける。代々受け継がれる思想は、侮れないよ」
そうだね。
エリアス先生の執念で、赤の賢者の真実にたどり着いたようにね。
それを知っている私達は、深く頷いたのだった。




