混沌の時代と狂乱の魔女②
この国の歴史書に記載されているという混沌の時代。
ベルナード殿下の話は、非常に興味深いものだった。
今から約180年前。
ちょうど、ナンカーナ皇国とシャーナス国で戦争が起こった時期だ。
「ナンカーナ皇国とシャーナス国の戦争は、なぜ起こったか知ってるかい? マリア」
「いえ、戦争があったことは知ってますが、要因までは知りません」
「そうか。そもそもこの戦争は、当時の皇帝陛下が愛妾にそそのかされて起こしたものなんだ」
この国は皇族といえど、一夫一妻。だが、すでに婚姻していた皇帝陛下は突如現れた下位貴族のご令嬢に心を奪われた。
家臣の反対を押し切って、その令嬢を愛妾として側に置いたらしい。
膨大な魔力を見込まれて、男爵家の養女になった元孤児の16歳の少女。
なんの後ろ盾もない下位貴族の令嬢が、皇帝陛下の寵愛を受けているとはいえ、生活しにくかっただろうな。
なんて、私の想像を裏切り、なんとその愛妾は周りを懐柔して皇后陛下よりも権力を手にしていったという。
そして、その愛妾の『あの国がほしい』という言葉に皇帝陛下は、シャーナス国に侵略戦争を仕掛けた。
結果は惨敗。
敗戦の代償として多くの聖女達が、シャーナス国に派遣されたらしい。
皇帝陛下は、この敗戦の責任を取って退位後、離宮に幽閉。
愛妾は、処刑の勧告を受けたが、戦後の混乱の隙をついて逃亡をした。
その後、皇族やこの国の政を担う貴族達が次々と原因不明の病で倒れたという。
医師の処方も効果がないまま、心身ともに衰弱していった。
「そんな時に逃亡していた愛妾が、皇宮に姿を現したんだ。そして、その病の正体は、呪詛だと言ったそうだ。術をかけたのは、自分だと。助けてほしいなら、要求を飲めと。彼女が、呪詛を解除する際に出した要求は2つ。まずは、自分を皇族として迎え入れること。そして、『誓約の呪縛』という魔法契約の施行だ。聖女達が、戦後処理のため不在の時だ。その言葉に降伏するしかなかったんだろう」
『誓約の呪縛』とは、なんぞや?
首を傾げる私にベルナード殿下が説明をしてくれた。
「『この国の皇族、ならびに貴族は、私に危害を加えることを禁ずる』という、誓約を課したうえで、『この誓約を破った者は、死をもって償うことになるだろう』と呪縛し、それを魔法契約として交わしたんだ」
その後、皇女という身分を得た彼女は、『誓約の呪縛』をたてに暴虐の限りをつくしたという。
人々は、彼女の膨大な魔力を前になすすべもない状態だった。
後に彼女は『狂乱の魔女』と呼ばれることになる。
「その狂乱の魔女を排除したのが、シャーナス国の聖魔導師なんだ。マリアは知ってる?」
「名前までは知らないですが、終戦の功績を認められて、当時の魔導師団の団長が聖魔導師の称号を授与されたらしいです」
「うん。その人のことだ。魔法契約のせいで、誰も彼女を処罰できない。そこで、シャーナス国の魔導師団長の力を借りたというわけ。彼女の魔力を魔石に封じ込めるためにね。魔力の8割を封印された彼女は、辺境の離宮へ幽閉されたそうだ。彼女が50歳になるまで定期的に報告書が届いていたみたいだけど、何故かそれ以降は、報告書は途絶えたようだ。特に、皇族や貴族の不審死の記録がないところを見ると、彼女はその離宮で余生を過ごしたんだろうな」
「その、彼女の魔力を封じ込めた魔石は今もあるんですか?」
「ああ、それならこの皇宮の隠匿の部屋に保管してある。皇族しか開られない部屋にね」
「そうなんですね。混沌の時代に起こった呪詛事件と今回の呪詛事件は、まったく違うところと、似ているところがありますね」
そう言うと、驚いたようにエレウテリオ殿下が声を上げた。
「似ているところがあるだろうか? 私はベルナードの話を聞いて全く別の事件だと思ったが……」
「そうですか? 私は逆です。似ているところが際立っていますから」
「それは、どこだい?」
「180年前の事件は戦後の混沌した中で聖女様達が皇都にいない状態。今回の事件は、本当に実力のある聖女を排除した状態。いずれも、呪詛をかけるのに邪魔な聖女を遠ざけるように画策されているところが共通点です」
「「……」」
ありゃ? なんだか、二人共黙っちゃった。
「えっと……共通点があるけど、まあ、犯人は別ですね。さすがに、180年前のその狂乱の魔女が、生きているわけないですもんね。あ、そうだ。思い出したんですが、逃走している聖騎士は帝国の人みたいです。帝国語で『何者も、我々の計画を止めることはできない!』と、言ってました」
「「なんだって!!」」
そう叫んだ後に二人の殿下は部屋を出ていった。
そうだよね。帝国人が何を計画しているのか気になるわよね。
国家の一大事だもの。
では、仕方ないので私はデザートを三人前食べますか。




