作戦会議を始めます①
「はい。皆さん揃いましたね。では、これより、作戦会議を始めます」
そう言って私は、集まってくれたみんなの顔を見渡す。
ここは貴賓室の応接間。
もちろん、この場にいるのは、シャーナス国勢だ。
ジーク先生、ルー先生、エリアス先生、ラン、ナタリー、そして、特別ゲストにS級冒険者のデリックさん。
大きめの三人がけのソファが二台あるが、人数分足りないので、隣の寝室から一人用ソファを運び入れ、私がそれに座る。
今日はデリックさんを、ランの手料理でおもてなしするという名目で呼び出した。
ローテーブルには、ランとナタリーが朝から作ってくれた美味しそうなブランチが並んでいる。
こうしてみんなでワイワイ食べるブランチは、リシャール邸の工房を思い出す。
ベリーチェはヨランダさんに託し、クラウドとシュガーは、オズワルドさんに預けている。
まあ、これは建前で、ベリーチェたちにはヨランダさんとオズワルドさんの監視役だ。
それぞれに盗聴、盗撮の魔道具を首につけている。
皇后陛下のお茶会で発覚した、私とエレウテリオ殿下の婚約の噂話。
これに二人が関わっていると睨んでいる。
エレウテリオ殿下本人は、たぶん無関係。
だって、今でも元婚約者を想っているんだもの。
だとすると、エレウテリオ殿下のペットに乗ったことを知っている身近な人間ということになる。
なんと言っても『マリア、およめにいくでしゅね。ベリーチェもいっしょにいくでしゅ』の発言にヨランダさんは、嬉しそうに頷いていたのだ。
怪しい。
私を、この国の貴族令嬢たちに顔合わせする場を設けた皇后陛下も限りなく怪しい。
そういえば、その前から廊下ですれ違う女官さんや侍女さんたちの思わせぶりな視線があったではないか。
もしや、外堀からじわじわと埋められている?
これは、まずい状況なのでは?
今の私の状況を簡単に説明し終わって、改めてみんなの顔を見る。
うっ、エリアス先生の呆れた視線が痛いです。
ええ、あのとき、エリアス先生の言葉に鼻で笑ったのは私です。
「ああ、その噂、市井でもかなり広まっているぞ。今日、招待されたのは、その話に関してだと思ったんだ。マリアがナンカーナ皇国に嫁ぐなら、ランも付いていくつもりかなと思ってさ。俺は、この国でも、シャーナス国でも良いぞラン。来年早々に、二人で暮らす家を買うつもりだ。両方の国で候補はいくつか押さえている。絶対に幸せにするからなラン」
こらこら、なにどさくさに紛れて公開プロポーズしてるんですか?
ランが真っ赤な顔してぷるぷるしているではないか。
可愛い。
「あのですね、デリックさん。ランを幸せにするのは当然です。それより、あの冒険者の彼女たちとの関係はちゃんと清算したんですか?」
「もちろんだ! っていうか、俺はあいつらとは何の関係もない。付きまとわれて困っていたのは俺の方だ」
「そうですか、それは何よりです。ですが、家を買うよりしなきゃいけないことがありますよ。なにとぼけた顔してるんですか。結婚式ですよ。結婚式! ランは私の母であり、姉でもあるんですからね。年明けにはやりますよ。場所はリシャール邸の中庭です」
実はもうすでに企画&準備は始まっているのだ。
「ま、マリアお嬢様。嬉しいです。そんな風に想って頂いて……」
「あーあのさ。デリックさんとランさんのおめでたい話は置いといて、今はマリアの置かれている状況をなんとかしなきゃでしょ? 僕が恐れていた状況にまんまとなってるじゃないか」
はい。エリアス先生、返す言葉もございません。
どうしましょう? この状況。
「まず、マリアに確認だ。エレウテリオ殿下はこの国の皇太子殿下だ。つまり、次期皇帝陛下となられるお方だ。その婚約者となると、次期皇后陛下になれるということだ。貴族令嬢にとっては誉れ高いことではないのか?」
そう、言ったジーク先生に目を向ける。
「わ、私は、本当に想い合っている人と結婚したいんです。それに、エレウテリオ殿下は元婚約者さんのことが好きなんですよ? 他の女性が、心にいる方のもとに嫁いでも幸せになれません。ジーク先生は、私にそんな結婚をしてほしいんですか?!」
なにげに傷ついた。
そのせいで、ジーク先生に八つ当たりのように言葉をぶつけてしまった。
「すまない。そんなつもりはないんだ。マリアには、誰よりも幸せになってほしいと思っている」
ルビーのように綺麗な瞳が揺れる。
ああ、きっと、ジーク先生の瞳に映っているのは、上司の娘で、王命で護衛している年下の女の子なんだ。それ以上でも、それ以下でもない存在ってことだ。
地味にへこむ。
「マリア。安心しろ。ここにいる者達はみんなマリアの幸せを一番に願っているよ。さて、本題に入ろう。元婚約者の令嬢の方はどんな感じだったのかな?」
ルー先生の問いかけに、偵察に行った、ナタリー、ラン、ジーク先生が話し出す。
皇都の外れにひっそりと立つ神殿で治癒師の仕事をしているという。
馬車の事故で右足と記憶を失って、大聖女では無くなったが、聖女であることには変わりないということで神殿側もとくに問題視することなく受け入れたようだ。
だが、本人が記憶も無いことから、元大聖女だということは周りにも伏せているらしい。
「普段は皇都にある子爵家のタウンハウスで暮らしているらしい。そこから馬車で神殿に通っているようだ。侍女の手を借りての車椅子生活だ」
「記憶の方はどうでしょうか? 自分が皇太子殿下の元婚約者だったことを覚えているのでしょうか?」
「今現在、神殿で治癒師の仕事をしているところを見ると自分が聖女養成所を卒業したことは覚えているようだな。きっと、事故のショックで自分が大聖女で、婚約者がいたということがすっぽりと抜けているのだろう」
ジークさんの言葉に、ナタリーが頷く。
「彼女の治療を受け終わった方に聞いたのですが、とても丁寧に治療してくださったと喜んでいました。記憶を失っていても人間の本質は変わらないのでしょうね」
何かをじっと考え込んでいたランが口を開いた。
「彼女、治療の合間に胸元に手を置く仕草をしてたんです」
「? それが?」
「たぶん、服の下にネックレスをしているんじゃないかと……時折、せつなそうな顔でそこに有るネックレスの存在を確かめているような……あ、私の母と同じ仕草だったんです。母は亡くなった父からの贈り物を大事にしていたので。それがとても気になりました」
「ああ、それなら、俺の冒険者友達が言っていたな。確かにネックレスをしているぞ。治療のお礼にサファイヤのネックレスをプレゼントしようとしたやつがいて、『いましているネックレスがとても気に入っているので、他のは身に着けられない』と断られたんだ」
「そのネックレス、見せてもらったんですか?」
「なんか、ものすごい豪華なやつだったらしい。金色と紫色の宝石が付いていたってさ。思わず、買ったサファイヤのネックレスをポケットに隠したって言ってたな」
金色と紫色の宝石……それ、まんまエレウテリオ殿下の瞳と髪の色じゃん。
もしかして、記憶が戻っている?




