テレシア様と錬成術
別館の食事室では、美味しそうに盛り付けられたブランチを前に、私とテレシア様は向かい合う。
何とも気まずい空気に、思わずゾーイさんを振り返ると、期待を込めた眼差しで頷き返された。
丸投げかい。
うつむいたまま何もしゃべらないテレシア様。
一方的に話しかけること五分、なんとか視線を合わせることに成功した。
仮面から覗く瞳はとっても綺麗なサファイアブルー。
艶やかな蜂蜜色の長い髪と相まって、仮面を差し引いても美しさがにじみ出ている。
そんなテレシア様に、私とジーク先生が防衛団で拘束され、そこから逃亡したことを話し出すと、目をキラキラさせて聞き入り、ウルバーノさんの怪我のところでは、苦しそうに目を伏せた。
最後は、マリオとマークに変身して防衛団に潜入し、通信機の前で変身を解いたエピソードでは、声を上げて笑い出した。
その姿にゾーイさんは涙を流して喜んでいた。
良かった。ちゃんと笑えるなら大丈夫。
さあ、テレシア様が止めてしまった三年分の時間を取り戻しに行きましょう。
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「マリア、これが、保存している姉上の……あれだ」
本邸の応接室に座る私とジーク先生の前に、そう言ってブライアンはガラス瓶を差し出す。
中に入っているのはテレシア様の切断された鼻。
瓶を目の高さに持ち上げ、四方から観察すると、確かに鼻先の一部が黒く変色している。
「お、おい、良くまじまじと見れるな。マリアは、怖いもの知らずだな。さすが、猛獣使いの名は伊達じゃない」
誰が、猛獣使いじゃ!
向かいのブライアンを睨むと、隣でジーク先生が口を開く。
「猛獣使い? なんだ、マリア、俺の知らないうちに、テイマーのスキルを手に入れたのか? すごいな、偉いぞ」
満面の笑みで、私の頭にポンポンと大きな手を乗せる。
あ、うん、猛獣使いでいいや。
その名に恥じぬよう、テイマーのスキルをゲットするぞ!
「テイマーのスキルは、これからゲットする予定です」
「そうか、マリアならすぐにでも習得できると思うぞ」
「はい! ジーク先生。私、頑張ります!」
「いや、今はテイマーの話じゃないから。その話はあとでしてくれるか」
何ですと? もとはと言えば、ブライアンが始めた話ではないか。
まあ、いいでしょう。
今の私は心が広いので、小さな事にはこだわりません。
「そうだ、ご要望の上級魔石三個は、防衛団に依頼済みだ。すぐにでも届くだろう。あのさ、今からマリアがやろうとしていることは、母上にも、姉上にも、内緒にしてもらっても良いかな? もし、失敗したら落胆が大きすぎるから……」
「良いわよ。私的にはサプライズってことで、黙っておくわね。そういえば、鼻は保存しているのに、指はないの?」
「ああ、指の方は吹き飛んで見つけられなかったんだ。なあ、マリア、指も治せると言っていたが、それは本当なのかい?」
「大丈夫よ。ちゃんと動くようになるわ」
「え? 動く? そっくりな指の模型を、はめるんじゃなくて? 実はさ、姉が別館に引きこもったのも、動かない指も要因なんだよ。姉は、ハープ奏者でね。この本邸には姉や母のために演奏室があるんだ。よくパーティーでは、招待客にお披露目していたよ。きっとその思い出がつらいんだろうな」
「そう。では、何が何でも完璧な物を作るわね。ジーク先生、お手伝いを、お願いできますか?」
「ああ、もちろんだが、俺で役に立つか?」
「役に立つどころか、ジーク先生にしかできません」
「そうか。まあ、マリアがそういうのなら、任せろ。ただ、心配なのは、今回のパーツは小さいが、核魔石は収まるのか?」
ジーク先生が心配そうな顔で私を見る。
そう、今回は鼻に人差し指と中指。
今までのように、腕や足といった大きなパーツではない。
核になる魔石を埋め込めるスペースがないのだ。
そこで思いついたのが、核魔石をそのままパーツの形に錬成すること。
いつもより、錬成の時間はかかるけど、完成度は高いはず。
「それについては、大丈夫です。私に考えがあるので。ブライアン、防衛団から魔石が届いたら教えて。私は部屋で魔法陣の下書き作業をするわね」
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「それで、マリアは俺に何を調べてほしいのかな?」
部屋に戻ると、開口一番、ジーク先生からの一言。
「さすが、ジーク先生。分かっていらっしゃる」
「まあな。いつも傍にいるからな。マリアが何か企んでいる時は、ピンとくるんだ」
「た、企んでるって。人聞きの悪い」
「そうむくれるな。何か気になることがあるんだろう?」
「ええ、まあ。おかしいと思いませんか? 三年前の魔力暴走事故。ゾーイさんの話だと、巻き込まれたのは、テレシア様だけ。ファティアの生徒が魔力暴走なんて起こしますかね? サティナの生徒ならまだわかりますが。それに、テレシア様が通っていたのは、魔法操作技能のトップクラスと言われている西部地区の学園ですよね」
「まあ、絶対にないとは言い切れないがな。ブライアンの話だと、魔力暴走を引き起こしたのはボスフェルト公爵家のご令嬢だそうだ。学園側は、被害にあったのが生徒一人ということと、魔法対戦前の練習時間に起こったということで、穏便に魔力暴走事故として片付けたようだ。学園側とボスフェルト公爵家からは、手術代と見舞金が支払われたと言っていたよ」
「そうですか。その裏側で『公爵令嬢』と言う、キーワードがどのように作用したんでしょうね。とっても、気になります」
「わかった。俺が調べる。さすがに、学園まで行くことはできないが、ボスフェルト公爵家の評判くらいは聞けるだろう。出かけてくる。戻りは、夜遅くなる。マリアは錬成術に専念してくれ」
「はい! 了解です」
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「さあ、テレシア様。鏡をどうぞ」
ここは別館のテレシア様の自室。
只今、夜の七時。
作業に集中したいがため、夕食は自室で取り、さっそく出来上がった義鼻を持参してお邪魔したのだ。
本人に秘密裏に進めたため、こんな時間に訪ねてきた私とブライアンに、ゾーイさんは怪訝な表情を浮かべたが、ハンカチに包まれた物を見て、ドアを開けてくれた。
恐る恐る鏡を覗き込むテレシア様。
部屋の隅では、ゾーイさんが大号泣している。
逆にブライアンは、驚きすぎて声も出ないようだ。
「わ、私の顔が! も、元に! あああああ!」
テレシア様はひとしきり泣いたあと、左手で顔の感触を確かめる。
「暖かい……それに、触ってる感触が、わかるわ。繋ぎ目すら見えないなんてすごい……」
「もうテレシア様の顔の一部として同化してますからね。何をしても取れたりしませんよ。あとは指ですが、どうしますか? 私としてはこのまま一気に錬成したいのですが、テレシア様の左手を見ながらになりますし、お時間もかかります。明日の方が良ければ、」
「ゆ、指も? 今、今、お願いします!」
「はい、わかりました」
テレシア様の左手を見ながら二本の指を複製する。
さあ、次は命を吹き込みましょう。
魔術杖で引き寄せた魔因子でルメーナ文字を綴る。
右手の指として反転、体温、感触、指の関節の動き、情報のすべてを魔法陣に構築し挿入。
でき上がった二本の指は、まるで引き寄せられるように、テレシア様の右手にきっちりと、はまった。
「どうでしょうか? 動かしてみてください」
私の言葉に、ぎこちなく手を握りしめるテレシア様。
手を開いてはまた握りしめる。
細くて長い指は、テレシア様の気品ある面差しにとても似合っていた。
「う、動いたわ! 私の指! マリアーナ様、本当に、本当に、ありがとうございます。ああ、もう、こんなありきたりの言葉では、伝えきれません」
テレシア様とゾーイさんから、ひとしきり感謝の言葉の嵐を受け、私とブライアンは別館を後にした。
明日の朝、本邸で朝食をご一緒する約束をして。
「マリア。本当にありがとう。それと、疑うようなことを言ってごめん」
「ふふふ。喜んでもらえて私も嬉しいわ。明日の皆の反応が楽しみね」
「ああ、そうだね。僕、姉の声を三年ぶりに聞いたよ。こんなに気持ちが高ぶったのは初めてかも。マリア、今日はゆっくり休んでくれ。お休み」
「うん。お休みなさい」
ブライアンを見送り、部屋に入ると、少ししてジーク先生が訪ねてきた。
「悪い。こんな夜に。明日にしようかと思ったんだが、どうにも複雑な気分でな」
そう言いながら、ジーク先生は驚愕の話を聞かせてくれた。




