仮面の少女
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ジークフィード&ブライアンside
ドンドンドン!
けたたましいドアを叩く音に、ブライアンは慌ててドアを開けた。
「ブライアン、大変だ! マリアが部屋に居ない!」
血相を変えてそう訴えるジークフィードに、ブライアンは笑顔を向けながら答えた。
「ジーク先生。大丈夫です。先ほど、別館にいる侍女から連絡があって、マリアは昨日の夜に別館のバルコニーの下で倒れたところを保護されています」
「別館で倒れただと? こうしてはいられない、別館に行くぞ」
「ジーク先生。マリアは別に怪我とか病気で倒れたんじゃないです。多分、驚いただけだと思います」
「どういうことだ? そういえば、別館には行くなと、メダルドさんが言っていたが……もしかして誰かいるのか?」
「その話は朝食を食べながらしましょう」
本邸の広々した食堂で、ブライアンは向かい合うジークフィードに静かな声で語り始めた。
「三つある別館の真ん中の館には、僕の姉が住んでいるんです」
「姉? いや、でも、マリアの話では、亡くなったと……」
「え? いえ、生きてます。ただ、姉が十七歳の時に不幸な事故が起こったんです。その事故で姉は顔の一部と右手の指を二本失った。それから別館で人の目に触れないように生活しているんです」
ブライアンの言葉に驚いたように眉毛を上げるジークフィード。
「そんな姉を、婚約者のウルバーノさんは、見た目なんて気にしなくていい、明るくて、優しい姉のことが好きだと言ってくれたんです。それなのに、姉は婚約を解消してほしいと、引きこもった。それでもウルバーノさんは、いまだに姉との婚約解消に頷くことはなく、待ち続けているんです」
「そんなことが……ウルバーノさんの想いは深いんだな。ブライアンの姉上の気持ち次第ってことか」
「そうですね。姉が心を開いてくれると良いんですけどね。さすがに、引きこもって三年ですからね。姉は、二十歳の誕生日までに答えを出すと言っていて、それが三日後なんです。僕がこの長期休暇で帰省したのは、姉とウルバーノさんの婚約の行方を見届けるためなんです」
そう言いながら、そっとため息をつくブライアン。
ジークフィードは、そんなブライアンの顔を見つめながらかける言葉を探していた。
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マリアーナside
朝、目覚めると、そこは知らない部屋だった。
えっと……ここどこ?
頭の中が『?』で埋め尽くされるなか、ドアをノックする音が鳴り響く。
トントン。
「は、はい! どうぞ」
「マリアーナ様。お目覚めですか。朝のお仕度に参りました。わたくしはテレシア様の専属侍女、ゾーイと申します」
スラリとした侍女服の女性が、手に衣装を持って入室してきた。
ああ、朝の支度ね。うん、だってもう朝だものね。
ん? ち、ちがうって!
今、誰の専属侍女って言った?
テレシア様って誰?っていうか、そもそもここどこ?
そう言えば、昨日の夜は眠れなくて中庭で星を見ていたような……。
たしか、そこで……あ! 思い出した!
もしかして、ここって別館の一室?
そ、そして、私が目にしたあの少女は、アルフォード家の亡くなったお嬢様?
「あ、あの、ゾーイさん。私、昨日、見てしまいました……」
「はい。存じております。テレシア様もマリアーナ様に見られたことを、とても悔やんでおいでです」
な! ゾーイさんは、幽霊と会話ができるの?
霊能者ってやつね。
「すみません。別館には近づかないように言われていたんですけど……。あの、このお屋敷の皆さんはテレシア様のことは?」
「もちろん、知っています。でも、どうすることも出来ない状態なのです」
いやいや、会話ができるほど優秀な霊能者なら、なんとかできるんじゃない?
「あきらめるのは早いです。ゾーイさんは、テレシア様の専属になって長いのでしょうか?」
「はい。テレシアお嬢様がお生まれになった時から、仕えております」
「それは、すごいですね。でしたら、ゾーイさんはテレシア様のことは何でもわかるんじゃありませんか? この別館にずっと留まっているのは、テレシア様にとっても、お屋敷の皆さんにとっても、良いことではないと思うんですけど……」
お嬢様の魂が成仏できずにこの別館に留まっているなんて、なにか心残りがあるはずよね。
それを聞き出して、憂いを払ってあげれば成仏できるんじゃない?
「それは、わかっているんです。でも、テレシア様はこの別館から出ることを怖がっていて……」
「ゾーイさん、あなたほど優秀な人ならこの状況を変えられるはずです。まずはじっくり話を聞いて、心を開いてもらわなくては。そうして、テレシア様の憂いを払って差し上げれば、きっとうまくいくはずです」
「まあ……マリアーナ様。いままでそのようなことを言われた方はいらっしゃいませんでした。テレシア様のことをお知りになった方は皆さん、同情なさるか、黙り込んで目をそらすかでした。もう一度、テレシア様が心を開いてくださるように頑張ってみようと思います」
うんうん。
そうだよ。
何といっても、ゾーイさんは霊と会話ができるすごい能力を持っているんだもの。
「ここでお世話になっているのも何かの縁かもしれません。私もお手伝いできることがあったら言ってください」
テレシア様の歌が聞こえて、姿も見ることできたからね。
ゾーイさんのように会話はできなくても、成仏できるようにお祈りぐらいはできるはず。
「では、お言葉に甘えて。テレシア様と、お食事をご一緒していただけますか? ご家族以外の方と接することで、外の世界に興味を持ってくださればと、思いまして」
食事? ご飯を食べる幽霊?
「あの、その、テレシア様は、食べられるのですか?」
「ええ。あの仮面は、口を自由に動かせるように鼻から上を覆うように作られていますので、お食事の時でも外さなくても大丈夫なんです。あの仮面も、素肌と同化するような精巧な物に出来ると良いのですが。まあ、その研究のために、ご長男のシャルル様が留学中なんですけどね」
ん? 仮面の研究のために長男が留学中?
あれ? なんだか、話の展開が明後日の方向に向かっているような……。
テレシア様、幽霊説はどこ行った?
そもそも、なぜ仮面?
「えっと、テレシア様は、いきて……い、いえ、あの、なぜ仮面を?」
そこから、ゾーイさんは三年前にテレシア様の身に起こったことを話してくれた。
ファティア在学中に、学友の魔力暴走の現場に居合わせ、鼻と右手の指二本を失ったことを。
そぎ落とされた鼻は、すぐに医師によって縫合されたが、それも一時的なもので、時間が経過するとともに先端から壊死し始めた。
そのため、すぐに切除されたそうだ。
右手の指は人差し指と中指が欠損したらしい。
これは、とっさに顔を庇ったためだと思う。
今は、それを隠すために手袋をしているようだ。
アルフォード辺境伯は、優秀な医師がいる診療所の噂を聞くたびにテレシア様の治療をお願いし、良い薬があると聞けば金額度外視で、購入していたと。
なるほど、それで借金が膨れ上がったというわけね。
鼻と指か……。
聞くところによると、鼻は状態保存の魔法をかけた瓶に保存しているらしい。
それ、見せてもらえるかな?
一応、私もガイモンさんと同じ複製のスキルをゲットしたので、復元できると思うんだけど。
まずは、そのテレシア様とお会いしましょう。
「ゾーイさん。ぜひ、テレシア様とお食事をご一緒させてください」
「ああ、良かったです。マリアーナ様に優秀な専属侍女と言われたからには、以前の明るく、お優しいお嬢様に戻っていただくのに尽力いたします」
うん。
ゾーイさんを優秀な霊能者だと思ったことは、口が裂けても言えないね。




