3:名前と力と相性
レリウスさん、と呼ぶと彼は心底嫌そうな顔をして、
「さん、はいらない。あと敬語も!」
と言った。
レリウスは変わり者みたいで、でも感情豊かな人だと思う。一方で私は分からないこと・知らないことだらけだから、リゼの顔は困った顔か考えている顔ばかりだねと言われた。
「さあ、服と魔力制御用のブレスレットを買いに行くよ。」
「この森を抜ける、って事?」
「そんな面倒くさい事はしないよ、精霊達が道を作ってくれる。」
自然の摂理、が何を指しているのかは分からないけど、自分はちゃっかり魔法で街に行く近道を作っているレリウスに、少しだけ呆気にとられた。でも面白い人だとも思った。
「ほら、あれが街だよ。だいたい何でも揃うさ。」
「……ヨーロッパみたいな街並み。」
「え、ヨーロッパだけど。」
「え。」
「魔法使いは今は、ロンドンとフィレンツェにしか住んではいけないって暗黙のルールがあってね、ここはロンドン。の、魔法通り。一般人には僕らは見えていないよ、並行軸みたいなものだと思うといい。」
真面目に、さっぱり分からないわ。
「うわぁ珍しいお客!お母さん!レリウスが来たよ!」
「うっわ、本当に珍しい、ってあんた、また性懲りも無く……」
「待って待って!エダ、リゼは何も知らないんだから余計な事は言わなくていいの!それよりこの子に服と魔力制御用のブレスレットを用意して欲しいんだ。」
「あ、はじめまして、リゼです」
「あんた、その名前その金髪に名付けられたでしょう?」
「え、あ、はい。記憶が、何も無くて。」
「記憶喪失で、リゼ、ねぇ。レリウスのお気に入りって事か。」
「エダやめておくれ!?」
「本当に意味わかんない……」
ああでもないこうでもない、と言い合ってるというか、いじられているレリウスをぼーっと眺めていたら、小さな女の子が私に耳打ちをしてきた。
「リゼ、って名前はね。
【立ち上がる力】って意味だよ。」
お姉ちゃんは、レリウスに立ち上がる力を貰ったんだね!と言われた。
何も無かった私に、多分、全てを手放した私に、もう一度立ち上がる力をくれた。……もう一度、って、前があったみたいな言い方になってしまったけれど、無くした記憶の向こう側から、今新しくまた歩き出すための力をくれているのは紛れもなくレリウスだ。
立ち上がる力、か。
「レリウス、ありがとう。」
「もう、チャリーが教えたのかい?お喋りな口だね、まったく……」
分からなかったことしかなかったけど、分かるようになったこと、少しずつだけど増えてきた。私は今ロンドンの山奥の森の中に住んでいて、魔法使いらしき人に拾われて。
名前を与えられて、これから私は多分、「また」生きていくんだと思う。
「こんなもんかね。」
「ありがとうエダ。はい、これお代の魔法薬。」
「サンキュー。じゃあ、リゼ。これは私個人からのプレゼントだ。」
【君に、幸あれ。】
赤いピアスが耳についた。私ピアスの穴空いてたの?
「リゼ、君は炎に愛されている。そしてそのピアスは君を炎から守るだろう。レリウスでは相性が悪いからね。」
「……相性?」
「レリウスはね、風使いなんだ。」
君をもっと強くしてしまうよ、と苦笑いされた。確かに、風と火って相性悪そうだなって思ったけど、そもそも魔法使いにそんな仕組みがあるなんて知らなかったし、私、魔法使いじゃないし。
「帰ろうか、リゼ。」
「うん、レリウス。」
君は大丈夫、そう言ってまた精霊達が作ってくれた道を、来た道を戻った。