2:新しい世界で新しい人生の幕開け
ふわふわとした感覚、優しさの微睡みの中の様な暖かさが心地よくて。
このままずっと眠っていたいと思った次の瞬間、驚きなのか恐怖なのか分からない感情で目を覚ました。
「気がついたかい?喉は乾いていないかい?今ハーブティーをいれてあげよう。」
柔らかい声の主は綺麗なブロンドヘアを適当にひとつに結んで横肩から垂らし、部屋を出ていった。誰だ。
すぐにまたその彼は戻ってきて、何故か軋む体を起こしてハーブティーとやらを頂く。優しい味がした。
「さて……君は森の中で倒れていたんだけれどね、何かあったのかい?」
「森の中……?」
「そう、僕の森の中。ここは僕が良しとしなければ入る事が出来ない、僕の森。君はそこで倒れていた。君は、誰。」
「えっと……あ、あれ……待って、待って下さい、あの、ここはあなたの森で、私は、え、私は、誰?」
強烈な違和感に襲われた。自分の事が分からない、自分の今までの全てが分からない。名前も、歳も、何故自分が森の中で倒れていたのかも、何もわからない。
「……君、記憶が無いのかい?」
「分からない、です。何も、私、名前も分からない……」
「困ったね、まさかの記憶喪失というやつかな。うーん。でもおかしな魔力の流れも残留もないしなぁ。」
「魔力?」
「それもわからないって顔だね。とりあえず僕は君を僕の家に運んでみた。魔法使いみたいなものだと思っておくれ。」
「ありがとうございます……?」
「結構。さて、名前が無いと不便だね。君の名前……リゼ。リゼにしようか。」
「私は、リゼ……」
妙にしっくりくる響きで、自分はリゼという名前を与えてもらった事を自覚した。私はリゼ。ひとつ、情報が追加されたような気分だ。
「僕の名前は、レリウス。この森の守り人で、魔法も使える。魔法使いと言うよりは精霊達の友達みたいなものなんだけどね。リゼには少し難しいかな?」
「とても難しいです。」
「あははっ、リゼは素直な子だ。さあ、立てるかい?何か食べようか。もう夜だよ。」
いつから倒れていて、どのくらい眠っていて、何日食べていないかとか。もう何もわからないなら、私は産まれたばかりの図体だけ大人に近い、名前を与えられた人間だと思うことにする。
よく分からないことで悩んでも仕方ないし、ひとつだけ、「消してあげよう」と誰かが私に言った事だけ覚えていて、だけどそれが誰なのかもわからないし、私は何を「消してもらう」ように頼んだのかもわからないし。
「リゼ、何か食べられないものはあるかい?」
「分かりません、多分、美味しいものは好きだと思います。分からないけど。」
「そうだったね、分からないんじゃあ仕方ない。残り物のアレンジで申し訳ないけど、鹿肉のシチューとパンでいいかい?」
「あの、なんか、その」
「ああ、あまり気にしないでおくれ。僕の気まぐれでやっている事なんだ。」
「……色々、ありがとうございます。」
初めて食べたそれは美味しいと思った。
いや、初めてなのかもわからないけど、リゼになって初めての食事がシチューとパンで、そして初めて一緒に食事をした人は、レリウスさんということ。それだけで十分だ。今は、十分だ。
「守り人と言ってもねえ。僕、結構長く生きちゃっててね。一人も飽きてきていたし、リゼはとりあえずここに住むといいよ。部屋はあるし。明日街に服を買いに行こうか。あと君は自覚していないと思うけど、随分魔力を持っているみたいだから、その制御用のアイテムも必要かな。」
「すみません、後半全く理解できませんでした。服を買いに行くまでは理解しました。」
「困った子だなぁ、君、そのままだと魔獣の餌になるか、面倒な王宮に引き取られて魔法使いにさせられちゃうんだよね。魔力の質的には……炎かなぁ、強いなぁ。おっと。だからね、名目上僕の弟子って事にして、君は【人】として生きていくといい。魔法なんてね、自然の摂理を無視するようなものは、出来ることなら使わない方がいいんだ。」
レリウスさんがあまりにも真面目な顔で言うから、私は頷くしかなかった。
「一時しのぎね」と言ってなにか私に魔法をかけたらしいけれど、どうやら私の魔力?を隠す目隠しの術みたいなものらしい。
「今夜は冷えそうだから、暖かいお湯を用意しようか。お風呂も入りたいだろうしね。あと、僕に遠慮とかやめてね!?僕本当に気まぐれの気分屋で有名なんだ!!」
「は、ぁ?わかりました。」
私は、リゼ。
師匠?は、レリウスさん。
【さあ、新しい世界で新しい人生を】
誰かの声が、聞こえた気がした。