後日談② 愛しき君へ願う
思慕という感情は人を強くも、弱くも、そして愚かにもする。そんな感情を人ではない己も抱くとは思いもしなかった。そして、そんな愚かになった己の咎。もう二度とそんな過ちはおかさないと強く胸に刻んだ己の前に現れた一人の人間の少女。彼女の己を包み込むような不思議な感覚に気が付いた時には彼女から目が離せなくなっていた。今になって思うが彼女自身が天然物の魅了の力を持っているのではと感じる。
彼女は己の隣を選ぶ事はなかったが、それでも彼女の笑顔は生涯守りたいと決めた───
◇*◇*◇*◇*◇
ピリピリとした空気が漂う王城の一室に転移魔術の魔方陣の光が射し一人を除いてその場にいる者達の意識はそちらへ向けられた。
王太子付き補佐官であるルドルフが魔方陣が現れた場所に立つ存在の名前を口にする。
「精霊王来て頂き感謝致します」
「歓迎していない奴もいるようだがな」
「……歓迎していない訳ではない」
「ミーシャと約束しているからな、運命の悪戯に好き勝手させないと
それで、まだなのか?」
「ええ、妃殿下が産気付いて半日以上経ったかと思うのですが……」
「男は部屋に入っては駄目だと言われ閉め出されて半日だ
何かあったらすぐ駆け付けられる隣の部屋で待機しているが、様子がわからない所で待つのがこんなにも苦行だとは思わなかった」
「半日……子を産み落とすとはそんなにも時間がかかるものなのか?」
「わからない
侍医や女官、それに母上方も、出産は人によって違うし長くかかる者は1日ではすまないなんていう恐ろしい事まで口にする……」
椅子に腰掛けそうジェドへ語るフィルジルの傍らには幾つもの書類を挟み込み書き込まれ分厚くなっている手帳が置かれていた。
ミーシャの懐妊がわかり、万が一ミーシャの身に何か起こった時の為に蘇生術など様々な事を調べていたのだ。元々フィルジルは治癒の魔力も持ち合わせていたので、それらの術の修得にはあまり時間はかからなかったが、それでも不安しかなかった。完全に命を落としてしまえば蘇生の魔術は意味を成さないからである。
そして、フィルジルがミーシャの様子がわからない理由だけでこのような不安気な表情を浮かべている訳ではなかった。
風の魔力も持っているフィルジルだからこその力を使っていた為に余計に不安に駆られていたのだ。風の魔力で空間の空気の振動を操り自分の耳元で隣の部屋の音が聞こえるよう魔力を使っていた。その音にはミーシャの苦し気な声や荒い息遣い、そして叫びなどの声が混じり、そんな声や音が聞こえ状況がわからないことが合わさりフィルジルはさらに不安を募らせていた。
先程から握り締めている手の平にはじっとりと汗をかくほどに。
そんなフィルジルの行動を察したジェドは複雑な表情を浮かべる。
「自分の力で自分を苦しめて、何をやっているのだ?」
「煩い……今、本当に苦しんでいるのはミーシャだ
俺は何も出来ずにこうしてただ待っているだけで自分の無力さが憎い……」
フィルジルの様子にジェドは溜め息を吐くと、庭園を見下ろせるテラスへ足を進めた。
無言で庭園へ目を向けるジェドを追ってテラスへ出てきた人物の気配にジェドは気が付く。
「お前は、以外に落ち着いているのだな? リアン」
「目の前でああもピリピリとされると、かえって冷静になってしまいますよ」
そんなリアンの返しにジェドは口元を緩める。
「ジェド様……」
「何だ?」
「こんな事を言っていても僕だって内心不安なのです
姉上は大丈夫ですよね?」
「…………
精霊にとって禁忌が幾つかあるのだ」
「禁忌……?」
「その一つに人間の生死に深く関与してはいけないというものがある
人間にとって誰でも必ず訪れるものが死だ
それがどう訪れるかはその者によって違うし、一生の長さもバラバラだ
病気の末に訪れる者もいれば、不慮の事故の末に訪れる者もいる
その者がこの世界に産声をあげた時に決められているその命の時間……
それを無闇に精霊が関与してねじ曲げてはいけないという掟がある」
「それでは……姉上に万が一の事があったとしてもジェド様の力はお借り出来ないという事なのですか?」
「本来ならな
だが、あいつはある精霊が引き起こした過去の無茶な行動の代償を無関係であるのにも関わらず背負わされていると俺は思っている
それならば、同じ精霊であり、その頂点の俺がその尻拭いはしても構わないと思うのだ
安心しろ
ミーシャがもう十分だと言うまで尻拭いは続けるつもりだ
それに……」
「ジェド様……?」
(………俺は魔王を封印した後、あの二人の姿を見る事に気が向かず人間界から目を背けた
あの後、残酷な運命をあの二人が辿った事を俺は目にしてはいない
ルディはライラが息絶えた姿を目の当たりにしてどう感じていたのかを知る事もせず、そしてルディがライラの死後何十年と生きた後に寿命が訪れた時も見ぬふりをした
あいつの胸中はどうであったのだろうか……
恐らく、今のフィルジルと同じように己の無力さを嘆き憎みながら、そして子を産み落とす代わりに命を落としたライラの死を知ったのだろう
その喪失感は如何ほどであったのか、もう知る事すら出来ない
友と誓い合った仲であったのにだ
そんな愚かな事はもう二度としたくはない
そう深く胸に刻み込んだのだ
だから……再度手に入らなかった花ではあるが、その花の願いを踏みにじりたくはない
それに、フィルジルの事も認めていない訳でもないし気に入らない訳でもない
放っておけないと思っている
だから……)
ジェドは瞼を伏せ一つ息を吐く。
「愛しき者には幸せであってほしいからな……」
「ジェド様……それは──」
その時、城内に力強い産声が響き渡った。
その声に、室内にいた者達皆が反応する。
そして、すぐフィルジル達がいる部屋の扉が叩かれ侍従が駆け込んで来た。
「王子殿下のご誕生にございます!」
周囲の者が歓喜の声を上げる間も無くフィルジルは声を上げた。
「ミーシャは!?」
「っ、妃殿下も王子殿下も健やかであるとの事であります」
その言葉を聞き終わる前に部屋を出て隣のミーシャのいる部屋へ入ったフィルジルに、出産に立ち会っていた王妃のリリアとミーシャの母親のルーシェは驚き、リリアは慌ててフィルジルへ声を掛ける。
「フィルっ!産後直ぐであるのに部屋に入るとは何事ですか!?」
「出産中に立ち会えないという、古くさい掟は守りました!
もう、生まれたのだからこの目で無事を確かめさせてくださいっ!」
「あ、フィルっ!待ちなさいっ!!」
リリアの言葉にも耳を貸さずそのまま奥のミーシャがいるであろう寝台の置いてある続き部屋へ駆け寄ったフィルジルはミーシャの名前を呼んだ。
「ミーシャっ!!」
「え……フィ……ル……?」
ミーシャの疲弊している姿に一瞬息をのんだフィルジルはミーシャへ近付くと直ぐ様手をかざし治癒魔法でミーシャの身体を癒し始めた事に、ミーシャはそっとフィルジルの反対の手を握った。
「良かった……」
「ミーシャ?」
「フィルの手をまた握れて……」
「………っ……
ミーシャ……」
そんな二人の元へ生まれたばかりの赤子を抱いた女官が近寄ってきた事にフィルジルはすぐ反応した。
「殿下、お生まれになられた王子殿下にございます」
その小さな触れれば壊れてしまいそうな存在にフィルジルは様々な感情で胸が一杯になるような感覚を覚える。そして自分へその存在を渡そうとしている女官へフィルジルは言葉を詰まらせながらも伝えた。
「私より先にミーシャに……妃に抱かせてあげて欲しい」
「フィル……?」
「お前が一番頑張ったんだ
俺よりも先にお前がこの子の重さを実感したいだろう?
いや……実感して欲しいしするべきだ……この子を残して先立つなんて事がないようこの子から生きる力を貰ってほしいんだ」
フィルジルの抱えている様々な感情に、たくさんの気持ちを抱くミーシャの瞳が潤んでいく。
産後でまだ寝台に横になっているミーシャの胸元に女官はそっと小さな存在を置くとミーシャに負担がかからないようフィルジルも手で支えた。
自分の腕と胸に確かに感じるこの尊い存在の重み。そして沢山の感謝という気持ちがミーシャを包み込む。
「生まれてきてくれて……ありがとう…」
ポロリと零れ落ちたミーシャの涙をフィルジルの指先が拭った。
「ミーシャありがとう
この子を生んでくれて
そして……俺の側を離れていかないでくれて……」
そんな二人の様子を離れた所から見ていたリリアとルーシェの元へ国王のヴィンセントとミーシャの父親のユリウスも部屋へ入り側に寄るとすかさずルーシェは笑顔で口を開いた。
「おそれ多くも陛下、それにユリウス様もこちらの部屋は男子禁制である事をご存知でありますよね?
それを、殿下が来られた事をいいことに何故立ち入られておられるのですか?」
「いやルーシェ……しかし生まれたのであろう?」
「はい、侍従が先程伝えにいかれましたよね?
王子殿下がお生まれになられたと」
「だから……一目見に……」
「ヴィンセント様……出産はそれはそれは物凄い痛みや苦しみを耐えてのものなのです
それこそ、自分の外見にかまう余裕すらない程で、そんな姿を殿方に見られたいという淑女などどこにもおりません!
わたくし達にだって見せたくはなかったのかもしれませんのよ
ですから、初孫は後でゆっくり抱かせて頂きましょう!」
「ええっ!? そなた達は見たのであろう?」
「それは、不公平ではないのか!?」
「わたくし達の出産の立ち会いはミーシャの希望ですのでそれは仕方がありませんわ、陛下にユリウス様
リリア様とわたくしはこれでも治癒魔法が使えますので、立ち会う事は王太子殿下も強く希望されましたもの」
「さぁ、殿方達はお隣の部屋で王子の来訪をお待ちくださいませ」
「今は親子水入らずの時間を楽しませてあげてましょう!」
そう言ってリリアとルーシェは、ヴィンセントとユリウスを引っ張り隣の部屋へ連れていく。
落ち着きを取り戻した部屋に温かい空気が流れミーシャとフィルジル二人で慈しむように我が子である生まれたばかりの息子に笑顔を見せていると、ピクリとフィルジルの表情が揺れた。
「フィル?どうしたの?」
「この部屋は男子禁制のはずだが……」
「加護を与えているお前の元へは直ぐ移動出来るのでな」
「ジェド様っ!?」
「思ったより顔色がいいな
王子から治癒魔術をかけてもらったか
それで? これが生まれたという新たな王子か?」
「おいっ!話を聞けっ!」
「ほぉ、これはまた……」
「え……この子に何か……?」
不安の色を滲ませた表情を見せたミーシャに笑みを浮かべたジェドは優しくミーシャの頭を撫でる。
「フィルジル以上の魔力を持ち合わせているようだと言おうとしたのだ
心配しなくともいい、お前のような運命は辿らないから」
ミーシャが密かに不安に思っていた、万が一生まれた我が子に自分のような精霊の力が遺伝していたらという心配事をジェドが大丈夫と諭してくれた事にホッと胸を撫で下ろす。
「まだ、生まれたばかりではあるが俺の加護をこの王子にも与えてやろう」
「え……?」
「何時までも俺もこの王子を見守れるようにな
俺からの王子の誕生への祝福だ」
ニッと笑ったジェドへミーシャは零れ落ちそうな笑みを向け、フィルジルはこの場にジェドがいる事には不服そうであったが、ジェドの言葉には感謝の気持ちが溢れた。
───何時までも愛しき君に幸あれと願うばかり……
ここまで読んで頂きありがとうございます!
ブックマーク、評価ポイントを頂き感謝です!
後日談二話目でした。
今回のお話はジェド視点でおくらせて頂きました。
そして、ちょっぴり国王夫妻とフェンデル家夫妻も登場させております。奥方が強い両夫婦関係……
ヴィンセントとユリウスは国王と臣下という立場ですが、お互い初孫となったこの友人同士の二人は初孫を取り合いまたデレデレになるのかな?と……
そして、ジェドの後悔の思いをこちらでも語らせてもらいました。
根が深い後悔なのでその時折その事を思い出してしまうジェドなのかな?と……
それでも、ミーシャやフィルジルと接する事で心が癒されている事を表現したかったのですが…伝わったでしょうか?
ジェドは登場から、書いていて自由に動いてしまうキャラクターでありました…でも、動かしやすくもありました(^-^)
これからもどうぞ宜しくお願い致します!




