第72話 処遇
ガラガラと馬車の車輪が音をたてる。
ミーシャとフィルジルは一緒にある場所へ向かう為に外装の質素な馬車に乗っていた。
紋の入っていない質素な馬車を使っている訳は王家の者が乗っているという事があからさまにわかる事を避ける為と、今から向かう場所に王太子であるフィルジルが向かったという事を公にしない為であった。
あのお茶会から少しの日々が過ぎていた。
その間にある人間達の幾つかの大きな処遇が決まりつつある。
その人間達とはお茶会でフィルジルが捕縛の命を出した革新派の貴族達の処遇である。
フィルジルや、国王の調べで明らかになった革新派の王家への謀反の罪に対して程度の差はあったがそれぞれ処遇を言い渡されていた。領地没収や役職の返上、爵位の降格や重いものでは廃爵等その当人の罪へ加担していた度合いにもよって処遇の重さも様々だ。その中でも一番重大な罪とされ重い処遇を議会で話し合われているのはストゥラーロ子爵の処遇であった。
禁忌とされている黒魔術を使った事、そしてその際に実の娘を生き贄として殺害した事と、術の依り代とした事が一番重い罪となり、その他にも愛人としていた元使用人を娘を拐う為に殺害した事。黒魔術が成功した事で、娘を光の魔力の保持者だと偽った事は国家を巻き込み王家への不敬罪、反逆罪とされた。その他の数多な罪と合わせて廃爵の上での処刑が妥当だとされたが、現在その処遇にフィルジルは王太子として異を唱えていた。その訳は、処刑というのは自分の命をもって償うかたちであるが死というその瞬間の恐怖だけとしか思えず、ストゥラーロ子爵の罪はそれ以上に重いと考えられるのにその罪へ対しての刑としてそれは妥当なのか、それよりももっと死よりも苦しみながら償う方法があるのではと考えていたからだ。
かなりの距離を進んだ馬車が漸く止まる。
その事に馬車内であまり語り合わなかったミーシャとフィルジルが反応した。
「着いたようだな」
「ここ……?」
「ああ……
最後にもう一度伝えるが、俺はミーシャがここに来る事はやはり今も賛成できない
それでも、足を踏み入れると言うのか?」
強い眼差しでミーシャを見詰め、そんな言葉を発したフィルジルへミーシャは視線を反らさず頷いた。
「……………
フィルが心配する気持ちは、きちんと伝わっているわ
でも、自分の目でしっかり見ておかないと、今回の事に私は区切りを付ける事が出来ないと思うの
だから……私がここへ足を踏み入れる事を認めて欲しい」
ミーシャの強い思いにフィルジルは一つ溜め息を溢すとミーシャの手を握りしめた。
「お前は、昔からこうと決めた事に対しては人の言葉は全く聞き入れないからな
わかったよ
だが、絶対に俺の側を離れない事と………」
「フィル……?」
「魔力を何があっても絶対に使わないと約束してくれ」
自分の我が儘のせいでフィルジルが浮かべる複雑な表情にミーシャは胸が苦しくなりながらもフィルジルの瞳を強く見詰め頷いた。
「約束する」
「………長居はしない
ほんの少し様子を見るだけだ」
「うん……」
フィルジルとミーシャは馬車が停まった場所の目の前に建つ建物の中に入ると、その建物を管理している者の案内に従って足を進める。
この建物は周囲を背の高い柵で囲まれ、そしてさらにその柵には外へ出られないように拘禁の強い魔術がかけられており、外からは事前に伝えられ許可された者しか入れないようになっていた。
建物の外扉からまたすぐある内扉をくぐると長い回廊が続いていた。勿論その回廊へ繋がる内扉だけでなく外扉にも厳重な強い封印の魔術が掛けられ解錠する為には幾つもの複雑な手順をふまないといけないようになっている。
回廊の周りには色とりどりの花々が咲き乱れその花畑では一人の人物が花を摘んでいる姿が目に入った。桃色に近いブロンドのその人物の左目には特殊な形の眼帯が付けられていた。
ここまで案内をしてくれたこの建物の管理人は花畑にいる人物を示し言葉を発する。
「いつも、この花畑を好み散策しております」
「様子は?」
「こちらに来た時と変わりはありません」
「フィル……あの眼帯は……まさか……」
「いや……失っていないよ
あの後の検査でも何度も沢山の者が確認したが黒魔術の刻印は綺麗に消えていた
今は妖魔の力が失くなったから、魅了の力も失ったままであるし、生まれながらに持ち合わせいた土属性の魔力が多少ある程度だが、その魔力も封印具で使えない
だが、高官の殆どの者が刻印の刻まれていた部位は消えていたとしても例外なく身体から切り離し消滅の術で滅した方がいいという声ばかりであった
それだけ、知らず知らずにかけられているあの魅了の力に恐怖心を抱いたのだろう
だが、魔術師団長か俺でなければ解けない術を施し自分では外す事の出来ないあの眼帯で左目を覆うという条件とこの建物に拘禁するという事で彼女の処遇はこの形で認められたんだ」
「そう……良かった……
それに、フィルの気持ちも無下にされなくて……」
ミーシャはフィルジルのその言葉にほっとし、一つ息を吐く。
花畑で花を摘んでいる人物はキャロル·ストゥラーロであった。あの茶会でキャロルの身体の中にいる黒魔術で召喚された妖魔のアイリーンをキャロルから剥がす為に危険な術を使おうとしていたフィルジルの代わりにミーシャが自分の命を省みずアイリーンをキャロルの中から剥がし消滅させた。その後のキャロルの処遇にフィルジルは王国の高官と何度も意見を対峙させていた。フィルジルは残酷な運命に振り回されてきたキャロルにさらに惨い処遇を課したくはないと、あえて危険な術で妖魔を剥がそうとしていた事を知っていたミーシャはフィルジルの気持ちを周囲の者が汲んでくれたようで安心した。
そんな二人が自分を見ている事に気が付いたキャロルが頬を染め口元を押さえるような仕草をしたかと思うと満面の笑みで二人へ走り寄ってくる事にフィルジルやこの建物の管理人、そして後ろで護衛している近衛騎士達にも緊張が走ったが、ミーシャは表情を変えずに口を開いた。
「キャロル様お久しぶりです」
そんなミーシャの言葉にキョトンとした表情でキャロルはミーシャを見詰め首を傾げた。
「お姉ちゃん、私の事を知っているの?」
「え……?」
「お姉ちゃんも、お兄ちゃんも絵本の中のお姫様と王子様みたいね!
もしかして本物?」
「キャロル……様……?」
「お姉ちゃんはとっても優しそう
ねえ、お姉ちゃん、ここってどこか知ってる?
周りの人に聞いても教えてくれないの……
それに、母さんやメアリもいないし……どうして私だけここにいるのか知ってる?
母さんやメアリはどこにいるの?
ここの人はいつかきっと母さんやメアリに会えるって言うけれど……一人ぼっちは淋しい……」
「……………」
キャロルの異様な振る舞いにミーシャはフィルジルへ目を向ける。そして、次のフィルジルの言葉に言葉が何も出てこなかった。
「彼女はあの茶会の後から、記憶、そして振る舞い方も五歳の頃の……黒魔術の依り代となる前に退行しているんだ」
「………っ………」
「お姉ちゃん? お兄ちゃん?」
「あ……ごめんなさい……
キャロル様……私は貴女のお母様やお姉様の事はわからないのです……
だけど……」
「お姉ちゃん? どうしてお姉ちゃんがそんな悲しそうな顔をするの?」
「あの……」
「お姉ちゃんはお姫様みたいでとっても綺麗だけど、笑っていた方がもっと素敵だと思うよ」
笑顔でそんな事を言うキャロルにミーシャは胸が苦しくなる。
そして、頑張って作った笑顔をキャロルへ向けた。
「わぁ、やっぱり笑顔のお姉ちゃんは素敵なお姫様ね」
「………っ……
私は……何もお力になれませんが……
でも、キャロル様もお身体には気を付けてお過ごしになってください……」
「そうしたら、母さんやメアリとすぐ会えるかな?」
「……………会えるといいですね……」
「うん!」
その後、キャロルと別れ王都へ戻る為に馬車に乗り込んだミーシャとフィルジルの間には何とも言えない空気が流れたが、その空気を破りミーシャは一言呟いた。
「私の……せいね……」
「…………わからない……
お前の大きな魔力を受けたせいなのか、妖魔を剥がした時の反動なのか、多くの悲惨な事を認識したせいなのか、原因は何なのかわからない」
ミーシャの瞳には涙が浮かび声は震えていく。
「私が無理矢理大きな魔力を使わなければキャロル様はあのような状態にならなかったのかもしれない……」
「だから、お前をあそこへ連れて行きたくなかったんだ
お前なら、そうやって自分を責めると思ったから……
結果論でしかないんだ
俺があのまま妖魔を剥がしたって同じような状態になっていたかもしれないし、もっと酷い状態になっていたかもしれない
それは、そうなった時にしかわからない事なんだ
だけどな……俺は彼女にとって今の状態は悪い事ばかりではないとも思っている」
「フィル……?」
「黒魔術の召喚の時や妖魔が魔力の増幅の為に彼女の身体を使って行った事の残酷で惨い状況を覚えていない事は彼女の精神的には良かった事なのかもしれないと俺は思う」
「……………」
そのフィルジルの言葉にミーシャは自分の起こしてしまった事に対して少し救われるような気持ちを感じた。
ミーシャの瞳から零れ落ちた涙をフィルジルは優しく拭うと抱き締める。
「お前は彼女を不幸にした訳ではないんだ
だから、そんなに自分の事を責めるな
今回の事は欲深い者が周囲を巻き込んで起こした惨劇であって、お前は悪くはないんだ」
フェンデル家の邸に着くまでフィルジルはミーシャの心を優しく包み込むように抱き締めてくれていた。
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