第70話 魔石
夜の闇に包まれた王城のバルコニーにはその場で佇む人影があった。
それは、精霊王であるジェドでありその手にはミーシャの命を繋ぎ止める為の術の代償として使われたライラの魂と魔力を移された今は砕けただの石の欠片となったものが握られていた。
「ライラ……お前はこの結末で満足だったのか……?」
そんなジェドの呟きが闇に消えていく。
(……愚かなのは俺の方だ……
こんな愚かな者が王として他の精霊達を率いる資格はあるのかとこれまでも何度となく自問した
本当に感情というものは厄介なものだ……
だが……俺は感情というものが悪い事ばかりでない事も知っている……)
「ライラ
長年の自分で課した戒めから解き放たれた気持ちはどうだ?
お前が精霊界に俺が必要だというのならば、まだ歩まなければならないという事なのだろう……
人と関わる事で必ず訪れる死別の虚しさをも受け入れる事も俺へ与えられた宿命だと思わなければならないのだな
それが俺に与えられた戒めだと受け止めながらこの立場を投げ出す事を考える事は二度としないと誓おう」
───それが、ライラが俺に向けてくれた許しへの返事として……
「精霊王」
そんな事をぼんやりと考えているジェドへ声を掛けたのはフィルジルであった。
「何だ? ミーシャの傍についていなくていいのか?」
「先程ミーシャが目を覚ました
身体に変調を感じている様子も見られてはいません
ミーシャが貴方に話したい事があると言っていたので貴方を呼びにきたのです」
「わかった」
ジェドがフィルジルと共にミーシャがいる部屋へ行くとミーシャは寝台の上で起きて待っていた。
「ジェド様自らご足労いただき申し訳ありません」
「いや、目覚めたばかりのお前に動かれた方が面倒な事になるからな
気にするな
顔色は良さそうだな
時折、代償にした魔力に拒否反応を示す事もある術だから、お前の身体が拒否反応を示さなくて良かったよ」
「その事ですが……フィルから聞きました
私は──」
「後悔し謝るなら無茶をしたお前の行動に対してだけにしろ
命を繋ぎ止める術でライラの魔力を使った事はライラの望みだ
その事に関してはお前が気に病む必要はない
ライラ自身も漸く己に課していた戒めを解く事が出来て良かったのだとも思う
この長い年月、ずっと魔石に魂を移し人間界へ留まって安らかに眠る事を拒んでいたのだからな
今回はお前の無茶な行動が切っ掛けでライラと俺とそれにルディとの間にあったすれ違いや誤解を解く事ができたのだとも思っているのだ
お前に謝罪されるよりも、俺自身が礼を言うべきだと思っている」
ジェドはミーシャの頭をフワリと撫でると笑みを向けた。
「ミーシャありがとう」
「………っ……」
「だがな、お前の無茶な行動は話が別だ
もっと己を大切にしろ!
己を大切にしない事はお前の事を大切に思っている者を傷付ける事だということをしっかり覚えておけ
いいな? わかったか?」
「はい……申し訳ありませんでした…
しっかりと心に刻んでおきます」
「わかればいいのだ
それと……
ミーシャ、一つだけお前にもう一度聞きたい事がある」
「ジェド様……?」
「お前のこれからの事だ」
「これから……?」
「もう、お前の事を阻む大きな壁はなくなった
後は、お前の気持ちだ
このまま、王子と婚姻を結んで人間界で未来の王妃として人々を率いていく事を望むのか……
それとも……
俺と共に精霊界へ来る気はないか?」
ジェドの問いにフィルジルの表情がピクリと動き、ミーシャは目の前にいるジェドの瞳をじっと見詰めた。
「私は……」
ジェドはさらさらのミーシャの髪の毛を一束手に取ると自分の口元に近付け再度口を開いた。
「俺はライラの事で己の感情を素直に出さずねじ曲げた言葉を伝えた事をずっと後悔していた
それでは相手も己も誰も幸せになどなれない事も悟った
同じような事は俺も二度としたくはない
だから、お前の気持ちを問いたいと思ったのだ
俺はお前を傍に置きたいと思うようになったからな
俺と共に俺の元へ来る気はないか?」
「私は……今回の事でジェド様には沢山支えて頂きとても感謝しております
それに、ジェド様の優しさにも沢山救われてきましたジェド様は私にとって大切な方です
そう言って頂けた事は光栄な事だとも理解しております
ですが……ジェド様へ向ける自分の気持ちは尊敬という気持ちであるのです
私はフィルと同じ時を一緒に過ごしていきたいという気持ちをこれからも変える事が出来ません
だから───」
「そうか、わかった
それが、お前の本心であるのなら俺はこれ以上何も言わない
お前にとってそれが一番の最良な道である事を願うだけだ」
「ジェド様……ごめ───」
「謝るな」
ジェドはミーシャの言葉を遮り、ミーシャの手を握ると自分の口元へ持っていきそのまま指先へ口付けた。
「お前に謝られると敗北を突き付けられているような気がするからな
それに俺はお前が悲しむ事があるのならば何時でもお前の事を王子から奪いにここに来るつもりでもある
王子覚えておけよ?」
そんなジェドの行動に黙って様子を見ていたフィルジルにも限界がくる。
「……精霊王………もう……ミーシャから離れてはくれませんか……?」
フィルジルの様子が目に入ったジェドはミーシャを抱き寄せるとミーシャの名前を呼んだ。
「………………ミーシャ」
「え……?」
ジェドはミーシャの耳元に唇を止せると一言呟き、ミーシャの耳朶に口付けた。
「──────……」
──チュッ……
「………っ!!?」
「っ!!! このっ……」
ジェドの行動にジェドから奪うようミーシャを抱き締めたフィルジルはジェドを睨み付け、口調は敬うような言葉遣いではなくなっていた。
「ふざけるなっ!!
人が黙っていれば好き勝手をしやがって!」
「フィ、フィルっ!?」
そんなフィルジルの様子にニヤリとジェドは笑う。
「いいか王子、ミーシャを泣かせたらこの俺が何時でもミーシャを奪いに来るからな
その、感情的になる所は嫌いではないが王となるには感情のコントロールも必要であるぞ?
まぁ、取り敢えず今はこれぐらいにしておいてやる
それとお前達にはこれをやろうか」
そう言ったジェドはミーシャとフィルジルの前に二つの魔石を差し出した。
「ジェド様……これは……?」
「お前に持たせていた俺の魔力の入った魔石はお前が魔力を使った事で全部砕けたからな、新しく俺の魔力を入れた魔石だ
ミーシャにとっては以前と同じように万が一魔力を使ってしまった時の魔力の反動を受け止める為の代わりとしての物だ」
「ありがとうございます……」
「ああ
それと王子は俺の力の加護を与えているから、王子の力を増幅させる為の物になる
今後、何か事が起こったとしたならばミーシャが力を使わずにいられるよう己の力で事を納めろ」
「貴方に言われなくとも当然です
もうミーシャを傷付けません
ですがこのご厚意、感謝致します
ありがとうございます」
ジェドから魔石を受け取ったミーシャは魔石を握り締めながら目覚めてからずっと考えていた事を言葉にした。
「あの……ジェド様……」
「ん? どうした?」
「こちらを私がずっと持っていても宜しいでしょうか?」
ミーシャがジェドへそう聞いたものは目覚めた時にフィルジルから渡されミーシャの命を繋ぎ止める為に使ったライラの魂と魔力が入っていた今は砕けてしまった魔石の欠片であった。
「それはもう何の魔力も入っていないただの石の欠片になったものであるぞ?」
「今回の自分の行為で周りの人達を傷付けてしまった事を忘れない為と……
それに、ライラ様のお気持ちを今後もずっと心にとめておきたいと思ったのです」
「そうか……
それは好きにしたらいい
きっと、ライラも喜ぶだろう」
「ありがとうございます」
ミーシャはジェドへ笑みを向け自分を救ってくれた石の欠片を握り締め、そして先程のジェドの囁かれた言葉を反芻し心に刻み込んだ。
───『偽りのない幸せを手にし、もう手放すな……』……
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