第7話 王子の自覚した感情
ミーシャがお茶会の準備を王妃から教えてもらう為に登城した次の日のフェンデル家の邸はバタバタと騒がしかった。
今朝、突然フィルジルから邸を来訪したいとの先触れが届けられたからだ。
そして、今フェンデル家の邸のエントランスには綺麗な笑みを浮かべたフィルジルが立っていた。
「フィ……殿下、急にどうなされたのですか?」
「ミーシャ嬢、急に来訪して申し訳ない
君に渡したい物があったんだ」
「渡したい物……?」
ミーシャがフィルジルを応接室に案内し、邸の使用人を部屋の扉を少し開けておく代わりに部屋の外でフィルジルの護衛達と一緒に待機してもらった。
「それで?
突然、我が家に来た理由は?」
「あ、ああ……これ……母上付きの女官から預かっていたのだけど……昨日渡せなかったから……」
フィルジルは柔らかい布に包んだ懐中時計をミーシャに手渡す。
「これ……私の懐中時計……
探していたのよ……どうして?」
「昨日の母上と居た部屋に置き忘れていたみたいだ」
「それをわざわざ我が家まで届けてくれたの?
フィルありがとう!
この時計大切にしていて……お父様やお母様から妃教育が始まった時に必要になるからって頂いた物だったの」
「………っ……」
ミーシャが嬉しそうな笑みを浮かべた姿を見てフィルジルは胸の中が苦しくなるような不思議な感覚を覚えた。
そして、頭の中には昨日のルドルフの言葉が幾つも思い浮かぶ。
『好きな子が関係ない理由で嫌がらせを受けているって事に、黙って見ていられる程僕は心が広くないんだ』
『可能であれば今すぐにでも求婚をしたいとも思っているよ
だけど、ミーシャはフィルの仮初の妃候補だからずっと言えないでいた……』
『いつからって聞かれたらよくわからないけど、ミーシャが妃候補を引き受けてお前との交流に僕も加わった頃にはもう彼女に興味も持っていたし惹かれていた
フィルはミーシャの事、特に何とも思っていないのだろ?』
(ルドルフに取られたくない……ルドルフからこいつへの想いを聞かされた時俺は確かにそう思った……俺は……どうしてそう思った……?
この感じは何なんだ?
そして……どうしてこんな物を……)
フィルジルは胸ポケットの辺りをギュッと握り締めた。
そんなフィルジルの様子にミーシャは首を傾げる。
「フィル……?
どうしたの……?」
「……………………
……お前は……俺の妃候補になって後悔していないか……?」
「何?急に……」
「………………」
フィルジルの何時もと違う様子に不思議に思いながらもミーシャは一つ息を吐くと言葉を発した。
「後悔……していない……って言うと嘘になると思うわ……
妃候補になって、妃教育を受けることで自分の実力以上の事を望まれている事も理解しているし、そのプレッシャーはとても大きなものだから……」
ミーシャの言葉にフィルジルはグッと喉が詰まるような感覚を感じた。
「…………………」
「だけどね……悪かった事ばかりじゃないのよ?
本来ならこんなに何度も話す事は勿論会う事だって簡単には出来ない王妃様から沢山の事を教えて頂いて王妃様の素晴らしさをとても近くでみることが出来た事は本当に貴重な時間を頂けているのよ……」
「……母上の……行動が王妃らしくないとは……思う事はない……か?」
「何を言ってるの!?
いくらフィルが王妃様の息子だからって言っていい事と、悪い事があるのがわからないの!?
それにそんなふうに王妃様の事を見ているなんて──」
「そういう風に言う奴がいるんだよ!
俺は母上の事をそんな風には思ってなんていない!
尊敬している、だけど……周りはそんな風に思わない奴の方が多いんだ!」
「フィルは私もそんな周囲の人間と同じだと思っていたの?」
「お前は違うと思ってた……
いつも母上と会った後、嬉しそうにその時の事を俺にも話してくれたから……
だから……お前の口からそうじゃないって……聞きたくて……
気分を悪くさせたのなら……悪かった……」
申し訳なさそうに項垂れるフィルジルの姿にミーシャはわざとらしい大きな溜め息を吐いて言葉を発する。
「まったく……どうしちゃったのよ?
そんな弱々しい言葉を言うなんてフィルらしくないわね!
私の口から王妃様の事を聞きたいのならはっきり言いなさいよ!
いくらでも言ってあげるわ
だって私にとって王妃様は憧れの女性なのだから!」
「……憧れの女性……?」
「王妃様は自分の立場をひけらかさないで、相手の立場に立って接する事が出来る方よ
そして、とても優しい方だわ
優しいって事はとても心が強い方って事なのだと思う
だって心が弱かったら自分の信念をそこまで貫く事なんて出来ないもの
フィルもあんな素敵な方がお母様なんて誇らしいでしょう?
それに、妃候補でなかったらフィルとこんなに親しく話せなかったでしょう?
それもとても嬉しかった事だわ」
「…………っ……」
そんなミーシャの言葉にフィルジルは心が温かくなるような気持ちになった。
そして、フィルジルの固くしていた表情が緩んでいく。
いつもの無邪気な笑顔とは違う柔らかい笑みを浮かべたフィルジルを見たミーシャの心臓はトクンと音をたてた。
(え……何……今の感覚……)
温かくだけど心の中をざわつかせるような、そんな自分の今まで感じた事のない感覚にミーシャは戸惑っているとフィルジルが椅子から立ち上がった。
「フィル……?
どうしたの?」
そのままミーシャの隣まできたフィルジルはミーシャが座っていた長椅子の隣へ腰掛ける。
「フィ、フィルっ!?
な、何……?」
何かをフィルジルは自分の胸ポケットから出すとミーシャの片手を自分の方へ寄せてその何かをミーシャの腕に付けた。
「これ……絶対に外すなよ」
「これって……」
───シャラッ……
ミーシャがフィルジルが触れていた腕を見ると石の付いたブレスレットが煌めいていた。
「フィル……?」
「俺の魔力を入れた魔石だ。俺のイヤーカフの魔石と同調させている」
「同調って……?」
「お前に何かがあったら他の誰でもない俺が駆けつけてやる」
「え……?」
「だから、これは絶対に外すなよ」
「……どうして……これを私に?」
「どうして?
それは……ミーシャは俺の妃候補だからだ
だからお前にしか付けない
そして、お前に危害を加える奴がいたら俺は許さない」
「え……でも……妃候補は私だけじゃなくて……ティアラ様も……」
ミーシャがティアラの名前を出した瞬間フィルジルは顔をしかめた。
「俺が望んだ妃候補はミーシャだけだ
あの女の名前なんて聞きたくもない」
そのフィルジルの言葉にフィルジルとティアラの間に何かあったのかとミーシャは思う。
そして、いつもとは違う雰囲気のフィルジルにミーシャはなんだか落ち着かなかった。
ミーシャは自分の腕で煌めくフィルジルの魔力が入っている魔石の付いたブレスレットに視線を移す。
フィルジルは確かつい最近魔力の封印具がとれたばっかりだと話していたのに、魔石に魔力を移すだとか二つの石の力を同調させたとか、そんな事が出来るなんてあんなさらりと話していたけれど物凄い事だと思うし、才能の塊なのだなとミーシャは感じた。
そして、自分はこんな厄介な体質しか持ち合わせていないで誇れる事なんて何もないように感じてしまう自分が嫌になった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
ブックマークもありがとうございます!
この回のお話だけ読んでいるとフィルジルが物凄いマザコンのように思ってしまいます……