第69話 謝罪
ミーシャはフィルジルから庭園での自分が事を起こした時の状況を語られた後、フィルジルが語った『命を繋ぎ止める術』の代償の事で頭が一杯になった。
フィルジルを守る為に自分の魔力を使ったのに、その事でもしフィルジルのものを代償としてしまったのではないだろうかと不安で一杯になったのだ。その訳は、『命を繋ぎ止める術』には魔力を代償にしなければいけなかったからであった。そんなミーシャの不安気な表情にフィルジルはすぐ気が付き、口を開いた。
「術の代償とした魔力の相手が気になるのか?」
「…………」
「お前を生かす為の術なのだから、俺の魔力を使う事は当然だと思った」
ミーシャはフィルジルの言葉に絶望を感じ、自分の起こしてしまった事の大きさに顔色を失う。
「わ……私……」
そんなミーシャの掌へフィルジルは欠けた石を乗せた。
「これが何かわかるか?」
「え……魔石の欠片……?」
「あの時、俺はお前の命を繋ぎ止めるなら自分の魔力なんて幾らでも差し出せると精霊王へ伝えた
自分の魔力を失う事よりもお前を失う事の方があまりにも代償が大きすぎて比べ物にすらならなかったからだ
だから、躊躇するというような気持ちなど欠片も過らなかった」
ミーシャの瞳から涙が零れ落ちる。自分が魔力を失わせたくないと思った相手の魔力を自分を助ける為に失わせるなんて本末転倒だと深く後悔した。
「……さい……」
フィルジルはそんなミーシャを優しく抱き締めると頭を優しく撫でた。
「ごめ……な……さい……」
「失っていないよ」
「え……」
フィルジルはミーシャの頬へ零れ落ちた涙を親指で拭う。
「俺は魔力を失っていない」
「え……じゃあ誰の魔力を代償に……?」
「奇跡が起きたと言っていいのだろうな」
「どういう事……?」
「あの時───………」
…………──────
半日前に遡る──
妖魔を消滅させる為に魔力を使い、倒れたミーシャを抱き締めているフィルジルは周囲の時を止めたジェドへ視線を向けた。
「精霊王、今から行おうとしている命を繋ぎ止める術の代償は俺の魔力を使ってほしい」
「いや、ミーシャはお前を助ける為に自分の魔力を使った
それなのにお前が魔力を失えばミーシャは自分を許せないだろう
俺の力を使えばいい
元はと言えば精霊である俺が膨大な魔力で無理やり妖魔を滅する事であの娘の精神を崩壊させるかもしれないから俺程の力ではないお前自身が術を使うと言ったお前の言葉に同意し、お前があの娘へ術をかける事を黙認した事が間違えだった
初めから俺が術を使えばミーシャが自分を犠牲にする必要もなかった
それに、俺自身がミーシャが術を使う前に気が付き止めるべきであったのだ
このような何度も失態をおかす者など精霊王としての立場も相応しくはない
それならばこの力をミーシャの為に使った方が俺自身への罰になるのだろう」
「精霊王……?
何を後悔している?
この状況を招いたのは俺の短絡的で意地をはった考えからだ
精霊王は責任を感じる必要はない」
「ごちゃごちゃ話している暇はないぞ
お前の気持ちはわかるが、お前の考えはミーシャを苦しめる事になるだけだ
それならば、その代償は俺が引き受けるべきなのだ
いや……もう解放してほしい……
大切な者を守れず失う事を……」
「精霊王、やはり貴方はミーシャの事を───」
『それは駄目よ』
そんなやり取りをしているフィルジルとジェドを止めるような声が響いた。
ジェドの首にかけられていた革紐にくくりつけられている魔石から光が射しその光の先に居たのはライラの姿であった。
「ライラ……」
『彼女の発した魔力に反応してこうしてジェドの前に現れる事が出来たの
そして……』
ライラはフィルジルへ視線を移す。
『懐かしい魔力の波動ね……ルディと同じ……』
「え……」
「ライラ、今はお前の言葉を聞いている暇はない」
『ジェド、貴方のその力は失ってはいけないの
貴方は精霊界には無くてはならない存在だから
同じように、フィルジル王子貴方もよ
貴方達の魔力を使ってまで命を繋ぎ止められても彼女は後悔に押し潰されるだけよ』
「なら、このままミーシャが命を失う事を見ていろとライラは言うのか!?」
『そんな事は言わないわ
貴方達二人でない魔力を代償にした方がいいと言いたいの』
そんなライラの言葉にフィルジルは訝しげな表情を浮かべる。
「俺達でない魔力なんて……私的な事に他の者を巻き込む事など、出来ない!
この国の人間にとって魔力は大切なものであるのだから……」
『ええ、その通りよ
生きている者の魔力を奪う事は憚れるわ
これからの未来がある者の魔力でない代償に出来る魔力がここにあるじゃない』
ライラのその言葉にジェドは首に下げていた魔石を握り締める。
「魔力がこの魔石から失われれば、お前の存在そのものが失くなるのだぞ?
それでも、いいのか?」
『だって、本来私はもういないはずの存在だもの……
私の魔力で人助けが出来るのなら本望だわ』
「ライラ、お前は何故自分の魔力をこの魔石に命が失くなる時、移したのだ?」
『私が傷付け負担を強いた相手への謝罪の為……
命が失くなりそのまま天上界に召されて自分の罪を償わなずに安らかに眠るなんてそんな事は許されないと思ったからよ』
「ライラっ! それは、違うっ!!」
『時間がないのでしょう?
もう、私のお話はお仕舞い
ジェド……貴方はもうこれ以上私の事で自分を責めずにこれからを過ごしていって欲しい
そして、ルディの魂を継ぐ今世の王子であるフィルジル王子、私の血筋のせいで彼女や貴方を苦しませてごめんなさい
だけれど、貴方ならば彼女が持つこの力を支える事が出来ると思っているわ
私の残した魔力で何処まで彼女の命を繋ぎ止める事が出来るかわからないけれど……貴方達には自分の想いを通じ合わせて幸せになって欲しい……』
「ライラっ!
ルディは、お前の事を心から愛していた!
お前の事を負担になんて感じていなかったんだ!
お前が自分の永遠の命を失ってでもルディと同じ時を一緒に過ごしたいと思った事に限りある命にしてしまった後悔もあったが嬉しさが勝ったとルディは俺に溢したんだ
それを俺がお前にねじ曲げて伝えてしまった……
お前を失うという喪失感から……下らない愚かな感情からお前やルディの気持ちを各々に勘違いさせてしまった
すまなかった……ライラ……俺は───」
ジェドの言葉にライラはフワリと笑みを浮かべ、術を発動させるのと『ジェド…ありがとう……』と呟いたのは同時であり術が発動した後に魔石は砕けジェドの胸元から足元へ欠片が落ちていった。
目の前で起こっているジェドとライラのやり取りに呆然としているフィルジルが抱き締めているミーシャを温かな空気と七色に輝く光が包み込む。
そんな様子にフィルジルはミーシャを見詰め息を飲んだ。
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