第68話 魔術の代償
───初めは何が起こっているのかよくわからなかった。
「なんだ……?」
フィルジルは目の前の状況に戸惑う。
フィルジルとジェドが施した筈の防御膜が消え周囲には金色の粒子のようなものが降り注いでいた。
そして、目の前のキャロルの膝が力なく崩れ地へ膝をつき、その背後には人形の影がもがきキャロルから強制的に離される事を拒もうとしていた。
「こんな事があるわけがないっ!!
私が……っ! 私の力が効かないなんてっ……
小娘がっ!! 私に何をしたっ!?」
妖魔のアイリーンが憎しみの隠った目をフィルジルの背後へ向ける。
(小娘……?)
フィルジルは自分の周りに降り注ぐ金色の粒子に含まれる魔力の波動に既視感を感じた。それは、幼い頃妃候補であるミーシャを汚い手口で害しようとしていた愚かな妃候補という肩書だけの者の仕打ちのせいで王城の池の深みにミーシャが落ちた時、ミーシャを守るように包んでいたあの金色の光と同じ魔力の波動であったからだ。
そして、フィルジルを大きな恐怖感が襲った。
(どうして……)
目の前のアイリーンがキャロルから完全に離れるとサラサラとその姿が風に流されるかのように消え始めていく。
「こんな末路なんて認めないわっ!
私は魔王様の復活を魔王様が封印された時から長い年月の間ずっと望んで動いていたのよっ!!
こんな小娘にこの私が消滅させられるはずがないっ!
許さな──……」
アイリーンの姿が完全に消え去るとその場にキャロルは崩れるように倒れた。フィルジルは目の前の出来事を認めたくない気持ちから後ろを振り向く事がなかなか出来なかったが、ゆっくりと後ろを振り向くと、フィルジルの想像通りそこには手を組むミーシャの姿があった。
「ミーシャ……どうして……」
フィルジルの心臓はドクドクと嫌な音がやけに大きく耳に響いていく。
ミーシャはフィルジルの声にフッと身体の力を緩めるとフィルジルへ悲しげな表情を向けた。
「フィルの全てを私が守りたかったから……」
「ミーシャ……
…………っ!!」
フィルジルがミーシャへ近付こうと身体を動かした瞬間ミーシャの身体はぐらりと揺れ傾いた事にフィルジルがミーシャの元へ駆け寄るのと、周りの空間の時間が止まったのは同時であった。周りの動きが停止しているのにも関わらず何故だか自分の身体は動く違和感にその根源へフィルジルは抱き止めたミーシャを抱き締めながら視線を向ける。
「精霊王……何をした……?」
「この世界の時を一時だけ止めた
俺の加護下にあるお前はその術はかかっていない
狼狽えている時間はないぞ
妖魔を消滅させる為に膨大な力を使った事でのミーシャの命へかかった負荷は相当なものだ
このままだと最悪な事になる」
「やはり、ミーシャの前でやらなければ良かった……くそっ」
「負荷を受けて脆くなったミーシャの命を繋ぎとめる方法は……」
ジェドの言葉にフィルジルはジェドへ強い視線を向けて言葉を発した。
その内容は、この周囲を欺く為にミーシャと離れていた間、キャロルの力や周辺を調べると同時にずっと探し続け漸く先日見付けた事柄であった。
「精霊王……その術の代償となるものは──」
◇*◇*◇*◇*◇
瞼を伏せているミーシャの長い睫毛が揺れ、ゆっくりとミーシャは瞳を開けた。
ぼんやりと見えたのは見覚えのない天蓋であった。自分はお茶会が開催されている王城の庭園にいたはずであったのに何処かの寝台に横になっており、そして庭園で自分の魔力を使った後、確かに感じていた筈の強烈な身体の倦怠感や痛みが少しも感じられなかった。
「私……」
「気がついたのか?」
「フィル……?」
目覚めたばかりで初めぼんやりとしていたミーシャであったが、自分の今の状況をのみ込むと慌てて身体を起こすが、急に動いた事で目眩を覚える。
そんなミーシャの背を支えたのは大きな掌でそれはフィルジルの掌であった。
「急に動くな!
半日ずっと意識がなかったんだぞ!」
「私っ、どうして!?
どうして…………」
「無事なのか? と、問いたいのか?」
「…………………」
フィルジルの言葉にミーシャは不安気な表情をフィルジルへ向けた。
「命を繋ぎ止める術を使ったからだ」
「……っ!?」
その術はミーシャも知っていた。父親の執務室でたまたま目にした書籍に記されていたからだ。おそらく、ミーシャの厄介な魔力の事を知った時からミーシャの両親はミーシャの命が削られない為の方法を幾つも探していたからなのだろう。そのような内容の書籍が幾つもミーシャの父親であるユリウスの執務室には置いてあったのだ。
そして、その術を使う為にはあるものを代償にしなければならない事もミーシャは知っていた。
自分の心臓の音がやけに大きく耳に届いた。
「どうして……?
誰のものを代償にしたの……?
こんな……私のせいで……そんな事──」
「それ以上言ったら怒るぞ!!」
「……っ!?」
普段のフィルジルの声よりもずっと低い声で発した言葉にミーシャは口をつぐむ。
「どうして……だ? それは、俺が聞きたい
どうして、魔力を使えば自分の命を削る事になると……最悪命を失うとわかっていながら何故魔力を使った!?」
「だって……
フィルが使おうとしていた術は二割しか成功しないって……
万が一失敗して魔力を失う事になったらこの国の人々から未来の国王を奪う事になるのよ!?
そんな事は絶対に駄目だと思ったから……
それなら、私であれば民を悲観させる事にはならないって……」
「民衆からしたら高潔な素晴らしい考えだな
だがな、お前の周りにいるお前の事を大切にしている者達からしたら最低な考えだ!!
お前は民の事を考えるくせに、俺の気持ちの事は一つも考えていない!」
「え……?」
「お前は、あの時お前が妖魔を消滅させる為に魔力を使ってそのまま命を完全に失っていたら、俺がどうなっていたかなんて考えもしなかったんだな?」
「フィル……?」
「俺にとって……ミーシャ、お前はなくてはならない存在なんだ
そんな大切な存在を目の前で、しかも自分を庇われて失ったら俺が立ち直れると思っているのか?
自分の大切な存在が、そんなに己の命を軽く見ている事に俺は酷く傷付いた
お前を失ったら俺は生きてなんていけない
それをどうしてお前は少しでも考えてくれなかったんだ!!」
「………私……」
「俺の事をもっと信じてくれ
そしてもっと、自分の命を重く考えてくれ!
大切にしてくれよ……
でないと……俺はどうしたらいいんだ……」
「ごめんなさい……」
そんなフィルジルの強い言葉にミーシャは自分の行動でフィルジルの事を深く傷付けてしまった事に後悔を覚えた。
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