第66話 精霊の加護
「偽りとは……どういう事でしょうか?」
ストゥラーロ子爵はフィルジルの言葉に訝しげな表情を浮かべた。
「いや……貴殿に身に覚えがないのであれば忘れてくれ」
「簡単になかった事に出来るような言葉ではありませんな
不敬を覚悟で言わせて頂きますが、ご自分の婚約者に対して恥をかかせるような言葉ではありませんか?
魔力が偽物とでもいうような言葉でありました」
「……恥をかかせるか……
貴殿は王族の婚約者が守らなければならない条件を知っているだろうか?」
「条件ですと?」
フィルジルとストゥラーロ子爵とのやり取りを伺うような視線が周りを囲んでいる事にミーシャはさらに不安を覚える。
フィルジルは父親である国王にお茶会でストゥラーロ子爵やキャロルを断罪する事に許可を貰えなかったとミーシャに伝えたのにも関わらずストゥラーロ子爵へ鋭い視線と含みのある言葉を掛け始めたのだ。
「王家に嫁ぐための令嬢の条件というものが暗黙的にある事はこの国の貴族であるならば知っている事だろう
家柄、知性、礼儀作法、そして魔力の高さ……
それは、補う事が出来たり嫁ぐ事が決まってからも身に付ける事は出来る
魔力の高さも高ければこしたことはないが、婚姻する王族側が魔力が高ければそんなに問題視する事もない
だがな、一つだけどうしても守らなければならない条件があるのだ
それを貴殿は知っているだろうか?」
「何を仰有っているのです?
魔力の高さが問題視されない? そんな馬鹿な事があるわけがない
一番重要で、そして光の魔力の保持者という私の娘は他の誰とも比べ物にならないくらいの存在であるのですぞ」
「ああ、それが王族に嫁ぐ条件を守っており、偽りのない本物の光の魔力の保持者であればな」
「殿下!
いい加減、私の娘を愚弄するような言い方はやめて頂きたい!」
フィルジルはストゥラーロ子爵へさらに鋭い視線を向けると言葉を続けた。
「このまま、貴殿と二人で話していてもそなたは納得しないだろう
それならば、貴殿が納得せざるをえない事を聞かせてやろう」
フィルジルはそうストゥラーロ子爵へ言うと何かを唱えた。
そんなフィルジルを金色の魔方陣が囲む。
目の前の状況にミーシャは戸惑いを隠せない表情を浮かべるがそんなミーシャへフィルジルは心配ないというような眼差しを向けた。
魔方陣が弾けるとフィルジルの隣にはミーシャの見知っている姿が現れミーシャは呆然とする。
「え……ジェド……様?」
「我が国が精霊の加護を受け、国民が精霊から魔力を与えられている事は知っているな?」
「そ、そんな当たり前の事を知らない訳が……」
「魔力を与えてくれる精霊が魔力を扱う人間に個別に加護を与えてくれる場合がある事は知っているか?」
「個別に……?
そんな事は限られた人間だけであって、しかもそれはもっと昔に我々人間と精霊との距離が近かった頃の話で今では殆んど無い事ではないですか!」
「巷ではそう言われているが、王族や魔力の高い者では今でも精霊が直接個人的に加護を与えてくれているのだよ
だが、それを周囲に話す事は出来ない
殆んどは精霊との契約で他人には知られないようにするものであるからな
そういう私自身も幾つかの精霊と契約を結び加護を与えてもらっている
この事をこうして公に出す事は今回特別に精霊達に許可を貰った
そして、今回また一つ加護を与えて貰う契約を精霊と結んだのだ」
「加護を与えて貰ったですと……?」
「ああ、隣にいる御方にな
我々に魔力を与えてくれる精霊の頂点に立つ精霊王から加護を与えて貰う契約を結んだのだ
精霊王の前であるぞ、敬うべき存在だ頭が高い」
フィルジルの言葉に周囲の者は驚きの表情で慌てて最上級の礼を精霊王であるジェドへ向けた。
精霊が個別に人間に加護を与える事があることはミーシャも学んで知っていたが、そんな事が目の前で証言されるとは思っていなかった。精霊は気まぐれな者が多く、そんな精霊が個別に加護を与えるくらい人間を気に入る事は滅多に無い事であるとされていたからだ。
しかも、精霊王であるジェドがフィルジルへ加護を与える事になるなど突然過ぎて驚きで何も反応出来なかった。
「まぁ、これには色々と理由があるのだがな……
精霊王自身は私よりも加護を与えたい存在が居たのだが、加護を与える事が物理的に不可能であり、それならばその者を守る為に伴侶となる私へ加護を与えると仰有ってくれたのだよ」
「伴侶となる?」
フィルジルはストゥラーロ子爵のその言葉に笑みを浮かべ目の前のストゥラーロ子爵の隣にいるキャロルには視線も合わさず、隣にいるミーシャへ跪き手の甲へ口付けを落とした。
「私の正式な婚約者であるミーシャ·フェンデル嬢
そして、本物の光の魔力の保持者である存在だ」
「え……」
「ミーシャ、今まで辛い想いをさせて悪かった
だが、もう君のその力をこの国の者に認知して貰った方が良いと私は思ったのだよ
君の力のフォローは私が必ずしていくと伝え、君の力を公にする事を父上や君のお父上のフェンデル公爵にも納得してもらった
納得してもらえたのは、精霊王の助言と私へ精霊王が加護を与えると口添えしてくれたからであるのだがな」
「フィル……?」
「な、何を仰有っているのですか?
殿下はお気は確かですか!?
フェンデル嬢が光の魔力の保持者ですと?
そんな、何も力の無い者が!?
私の娘の足元にも及ばない!
娘は歴とした光の魔力の保持者でありますぞ?
この王国の魔術の最高機関である魔術師団で、その力を認めてもらっている
水晶の輝きも、力も確かなものだ!」
「それが作られたものであるとしても?
確かだと思えと?」
「作られた?
何を仰有います!?
何を証拠にそんな事を!」
「ここからは、父上からは許可を貰ってないので、別の場所で明らかにしようか
それとは別に、先程言っていた王族に嫁ぐ為の絶対的な条件を教えてやろう」
「絶対的な条件?」
「そう、それが守られていなければその者との間に出来た子は王位継承権すら与えられる事はない
絶対に守らなければならない条件であるのだ
全てを公にする事は出来ないが、王族にだけ伝わる秘術というものが存在している事は周知されていて知っている筈だ
そして、その秘術で正妃となる者へ印を刻む事が出来るという事も
その印を刻まれていない者から産まれた子はその者に国王の血が流れていたとしても絶対に王位継承権は与えられない決まりが我が国にはある」
「何を……?」
「そして、王族がその印を刻める条件としてその妃になる者は純潔を守っている者でなければ絶対に印は刻めない
それが、王族に嫁ぐ為の絶対的な条件であるのだ
純潔でなければ嫁ぐ事が出来ない事は他の国々の王族でも同様であろうが、我が王国は他の国々とはよりその事は重要であるのだ
私が何を言いたいのか貴殿は心当たりがあるだろう?
それとも、このような観衆の前で全てを晒した方がいいのか?」
フィルジルは手を挙げるとお茶会の場である庭園に集っていた革新派の主要な者達を近衛騎士達が囲んだ。
「貴殿達革新派の者には色々な疑惑が浮上している
別の場所でしっかりと話を聞こうか
キャロル·ストゥラーロ嬢、貴女も同様に───」
「違う……」
捕縛されていく父親であるストゥラーロ子爵の隣で俯いていたキャロルは呟いた。
様子の違うキャロルにフィルジルは咄嗟にミーシャを背に守るよう動く。
「私が……悪い訳じゃない……
だって……あの方の言う通りにしたらいつも皆私を愛してくれた……
それなのに、何で?」
「キャロル様……?」
「ミーシャ下がれ」
「私は……ただ幸せになりたかっただけなのに……
メアリと一緒に……
王子様と一緒になればもう怖くないって……ずっと幸せになれるって……言ったから……
だから……怖かったけど……あの方のお願いだったから……
力を補う為に仕方がないって……だから私は身体を貸しただけなのに……」
そう言いながら涙を流しているキャロルの桃色の瞳が紅く染まった事にフィルジルとジェドは危険を察知し、ミーシャを咄嗟にフィルジルは自分から離すように突飛ばしキャロルを含めてフィルジルとジェドの周りへ二人は防御膜を張った。
それは、これから起こるかもしれない危機に庭園に集まっている他の出席者を巻き込まない為であった。
フィルジルから離され防御膜の外側に出されたミーシャは呆然と目の前の状況を見る。そんなミーシャへリアンが駆け寄り抱き起こそうとした時ミーシャの瞳から涙が一粒零れ落ちた。
「嫌……」
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