第62話 近くで感じる鼓動
王城の私室の机で書類を確認していたフィルジルは突然の大きな魔力を感じ、そちらへ鋭い視線を向けるとそこにいたのは転移魔法で突然姿を現したジェドとミーシャでフィルジルは思わず大きな声を出してしまいそうになった。
「っ!?」
すぐ冷静になったフィルジルは自分の私室を防音の魔術で囲み口を開く。
「何故、俺の所へ?」
「王子が、回りくどい手段であの娘の事を探ろうとしたから、ミーシャとは殆んど二人で話せない状況であろう?
少し二人で話す時間でもやろうかと思ってミーシャを連れてきたのだ」
「フィル……あの……ジェド様を止めようとはしたのだけど……
突然ごめんなさい……」
「いや……俺もミーシャには話したい事はあったんだ……
精霊王のご厚意、感謝致します」
そうフィルジルはジェドに伝えると正式な礼を向けた。
「そういう堅苦しいものは俺は好まん
後、俺は少し城の中で見たい場所があるんだが、勝手に歩き回ってもいいのか?」
「いえ……それは臣下の者で貴方の存在を知らぬ者も多くおり、騒ぎになっても困りますので、今この王国の宰相を務める者を呼びます
それまで、申し訳ありませんがお待ち頂けますか?」
「まあ、仕方がない
いいだろう」
フィルジルは、外にいる近衛騎士に宰相であるスタンリー公爵を自分の私室へ来るよう呼びに行かせた。
少ししてフィルジルの私室に来た宰相のドレイクは部屋の中にいる面々に驚きの表情を見せたが、すぐ冷静に精霊王へ正式な礼を向けた後言葉を発した。
「それでは、精霊王が城内の見たいという場所まで私が供にするという事ですね
私達がこちらを離れている間、殿下とフェンデル嬢お二方でお話をなされたいという事ですが……
この事はフェンデル嬢のお父上であるフェンデル公爵には特別に内密させて頂きますが、殿下は今のご自分とフェンデル嬢とのお立場をくれぐれもよくお考えになって過ごされてください」
「言われなくともわかっている」
「おい、そんなに時間はやれないからな
せいぜい半刻か一刻程だ
それまでに少しはお互い納得できるように話せ」
「ジェド様……」
「何だ?」
「ありがとうございます」
ミーシャがジェドへ深く頭を下げた様子にジェドは、柔らかい笑みを向けると優しくミーシャの頭を撫でた。
「少しは、自分の気持ちに素直になってみろ」
そう伝えるとジェドとドレイクはフィルジルの私室から通じる隠し通路の中へ入っていった。
隠し通路を使用する理由は精霊王が城内を堂々と歩き回る事で何かの危険に晒されたり、騒動が起きる危険性を考えての事であった。
フィルジルと二人きりになったミーシャは何ともいえない雰囲気に戸惑いを感じたがフィルジルはそんなミーシャへ笑みを浮かべた後、ミーシャの手元に視線を移した。
「ミィ、お前も一緒に来たのか
久しぶりだな、元気だったか?」
そうフィルジルは言うと、ミーシャが抱いていた自分の愛猫のミィをフィルジルは抱き上げ優しくミィを撫でている姿をミーシャは見て何となくミィが羨ましいというような気持ちを感じた事に何を考えているのだと小さく首を振った。そんなミーシャにフィルジルは手を伸ばすとミーシャの頭にそっと手を乗せ優しく撫でる。そのフィルジルの触れ方にミーシャは何故だか胸が一杯になり涙が零れ落ちそうになった。
ミーシャの瞳に溜まった涙をフィルジルの親指がゆっくりと拭う。そして、フィルジルはミーシャを優しく抱き寄せた。久しぶりに近くで聴こえるフィルジルの鼓動にミーシャの涙は決壊したかのように止まらなかった。
「そんなに泣くなよ
お前が泣くとどうしたらいいかわからなくなる」
「ごめっ………っく……」
「不安にさせて悪い……」
「フィル……」
暫くフィルジルの胸で涙を溢していたミーシャが落ち着いてきた頃、フィルジルはミーシャを私室に置いてある長椅子に座らせ自分もその隣へ腰を下ろした。
「突然泣いてごめんね」
「いや……」
「フィル……あの……」
難しい表情を浮かべるフィルジルに何を話していいのかわからず戸惑うミーシャにフィルジルはミーシャの手をそっと握った。
「え……」
そのままフィルジルは重ねたミーシャの指に自分の指を絡めそして握りしめた後、言葉を発した。
「……俺がこれからやろうとしている事をお前が知ったらお前は俺の事を軽蔑するかもしれない」
「軽蔑?」
「俺は、俺が手に入れたい幸せの為に、不遇な境遇で育ちようやく求めていたものを手に入れられると思っている状況の者を観衆の中で断罪しようと思っている」
「断罪って……まさかキャロル様の事を……?」
フィルジルはミーシャの問いに対して言葉にして肯定はしなかったが、視線をそらす事がない事からも恐らく本気であるのだとミーシャは感じた。
「でも、そんな事をしたら光の保持者だと周囲の者から心酔されていて、尚且つ王国の掟もあるのにそれに反するってフィルが非難されるわ」
「非難されたとしても自分の事だけでなく、王国の未来を考えても絶対に阻止しなければならないんだよ
あの女の中には黒魔術で召喚された妖魔がいて、なによりあの力は妖魔のもので光の魔力の保持者なんかではない」
「だけど、フィルへ理想を掲げている人達は失望してしまうかもしれないわ
悪者になるなら、元々良い噂なんてない私が──」
「それは駄目だ
これは、俺が最後までけじめをつけなくてはいけない問題なんだよ
それに、もう理想的な王子の姿なんてものは崩さなくてはいけないとも思っている
偽りを纏った君主に誰が忠誠を誓いたいと思う?」
「フィル……」
「俺が語る事は恐らく殆んどの者は信じられなく不信感を抱くかもしれない
長年、この王国の掟のようになっている光の魔力を保持し保護しなければならない貴重な存在とされていて、しかも多くの者がその光の魔力とされている魅了の力で心酔している、そんな相手を断罪するのだからな
だが、それを覆す事の出来るものが見付かった
しかし、それを公にする事は父上やお前の父親のフェンデル公爵は反対するかもしれない
そして、それを公にする時にさらに真実味を持たせる為に精霊王に力を貸して貰う事ができればより確実でもある」
「フィルは……何を明らかにしようとしているの?」
ミーシャへ笑みを浮かべたフィルジルはさらに言葉を続ける。
「お前が俺の妃に相応しいという真実」
「え……」
「見つけたんだ
お前が本当の光の魔力の保持者だという真実の証拠を」
「見付けた……?」
「だから、あの女は偽物の光の魔力の保持者だという事を明らかにしなければならない
だが、それを他の者に目に見えて明らかにするにはかなり危ない事をしなければならないし、非情だとしても多くの観衆の前でその事を明らかにしなければならないんだ」
「危ないって……何をするつもりなの?」
「ミーシャはもし俺がこの王太子という立場の資格を失くしてしまったとしたら、俺からは心が離れてしまうか?」
「何を言ってるの!?
私はフィルの身分を求めている訳ではないのよ!
そんな事を言うなんて酷いわ!」
「ごめん……
ミーシャはそういう人間ではないっていう事は知っているが不安になったんだ……」
「資格を失くすって、王族から抜けるつもりなの!?
そんな事は許されないわよ!
フィルの力を必要としている民が沢山いるのよ!」
「自分から王太子や王族の立場を捨てる訳ではないよ
ただ、最悪の場合そうなるかもしれない危険があるって事なんだよ」
「最悪な場合って……フィル、何を考えているの……?」
フィルジルはミーシャの手を握っている自分の手に力が入った。
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