第58話 現状
キャロルの姿であるアイリーンがその場を離れ何とも言えない空気が残された三人を包む。
アイリーンの話を聞き、顔色の悪いミーシャを支えるように肩を抱いていたフィルジルの手に力が入った事がミーシャに伝わりミーシャはフィルジルを見上げた。
「フィル……」
「……………」
そこには顔を歪ませるフィルジルが居た。
そんなフィルジルを見て心配気な表情をミーシャは浮かべ何か言葉を掛けた方が良いのかと迷っている時にジェドが先にミーシャに声を掛けた。
「ミーシャ帰るぞ」
「え?ジェド様……?」
そんなジェドの言葉に反応するかのようにフィルジルの手にさらに力が入る。フィルジルのその様子にジェドは溜め息を一つ落とした。
「ミーシャと一緒に居る所を他の人間に見られていいのか?
魔王がいない今、妖魔ぐらいであれば人間界で対応出来るだろう
王子、今のこの状況……もう自分へ与えられた運命だと思ってミーシャの事は諦めたらどうだ?
ミーシャは俺が可愛がってやる」
「っ!!
そんな事は絶対にさせない!
貴方が精霊王であろうともミーシャだけは絶対に渡すものか!!」
「では、どうするのだ?
この現状をどう変える?
お前のその望みはただのお前の我が儘なのではないのか?
お前が今まで現状を変えようと抗って調べていた事が、今明らかになった
あの娘の魅了の力は妖魔が直接渡した力だ
そして、娘の身体を入れ物として妖魔の魂が入り込みあの娘の魔力を底上げしている
そんなあの娘の魔力は人間界の封印具では押さえることは無理だ
このままなら、あの娘に心酔する者がもっと増えるだけで、あの娘へ心酔しないでいられるのは闇の魔力を持つ者だけになる
そんな手薄な状況でどう抗う?
お前が抗えば抗うほどミーシャを傷付ける
お前のその立場は自分の感情で動けるような軽いものではないはずだ
お前があの娘の防波堤になって魅了の力でこれ以上他の者を心酔させずにあの娘を押さえる事が一番の良案なのではないか?
このまま今の現状を受け入れ流された方がお前にとっても楽であるぞ?」
「ミーシャを失う事が楽な訳がないっ!
俺の力がない事なんて貴方に言われなくともわかっている!
ミーシャを傷付けている本当の要因は俺だという事も、自分の立場が枷になっている事も!
王族の闇の力はこのような不足の事態の時に盾となって民衆を守らなければならない事も理解している
だけど、我が儘だと言われても……
俺は他の誰でもないミーシャと共にこれからの時間を共有して生きていきたいんだ!」
「……………
その目……」
フィルジルの強い眼差しにジェドは遠い過去の事が甦る。
そんな状況の中三人がいる場に違う人間の気配を感じそちらへジェドは目を向けた。
「フィル、こんな所にいた!
それに、ミーシャ……
……っ!
精霊王っ!?」
この場に来たのはルドルフであった。
ルドルフはジェドの存在に気が付くと正式な礼をとった。
「お前は……?」
「はい、自分はルドルフ·スタンリーと申します
フィルジル王太子殿下の従兄弟で殿下の執務補佐を行っております」
「で?
そんなに急いで王子を探していた訳は?」
「はい……
今の現状であまり騒ぎになるような行動は控えた方が良いと思ったので……」
「補佐の方が冷静だな
王子の事もここ暫く見ていたが普段は冷静なのだろうが……ミーシャが絡むと感情が顕になる事は足元を掬われ兼ねない
少し冷静になって考えろ」
「いくら冷静になって考えたとしてもミーシャの事だけは絶対に手放さない
それは変わる事はありません」
自分の目の前で言い合うフィルジルとジェドに、アイリーンの話で動揺していたミーシャであったが小さく息を吐くとフィルジルへ目を向けた。
「フィル、少しお互いに色々と状況を整理しましょう?
今、色々な事を知って混乱している時に良い考えなんて浮かばないわ
だから──」
「俺が想っているのはお前だけだ!
どんな現状でもそれは変わらない
それだけは忘れないでくれ……」
「フィル……」
フィルジルの切実な言葉にミーシャの胸は苦しくなった。
そんなミーシャを連れジェドはその場を後にした。
「いつになく必死だね
精霊王の言葉にも引っ掛かりを覚えたけど……
何があったの?ここで……」
「………………」
ルドルフから自分達が講義を休むと学院側に伝えたという事を聞いてミーシャとジェドはフェンデル邸へ帰ってきた。
使用人や母親のルーシェは二人が早く学院から帰ってきた事に心配していたが、言葉を濁しながらミーシャは私室へ戻った。
(頭の整理がつかない……
それに、キャロル様の悲劇に……
キャロル様はそんな境遇の中、王子様と……フィルと出会い、心を通わす事を夢見る事がキャロル様の生きる糧となっていたのかもしれない……?)
「あの娘が憐れだと思っているのか?」
「ジェド様!?」
私室で今日知ったキャロルの境遇をぼんやりと考えていたミーシャの様子を黙って見ていたジェドが問い掛けた。
「あの娘の境遇を知って可哀想だと憐れむのは勝手だが、憐れんだ先はどうするつもりだ?
聖女のように憐れな娘に慈悲を向け王子の気持ちは見ない振りをし、己の気持ちに嘘をついて身を引き、あの娘へ王子を差し出すのか?」
「…………っ!
何故、そんな事を言うのですか!?」
「何故?
憐れみなど向けられる者は嬉しいとでも思っているのか?
憐れむとはその対象者より己の立場の方が上であるという自己満足な気持ちからくるのではないか?
現実を見たらどうだ?
あの娘は王子の事を望んでいる。
だが、お前が慈悲のつもりで身を引けばお前にあれ程まで己の想いを向けている王子の気持ちを無視する事だ。
お前がどう行動しようが誰かは想いを踏みにじられるのだ
その事を見ない振りをする事はもう無理な事であろうと俺は思うのだがな?
それに、嫉妬で魔力を暴発させそうになったお前が乞い慕う王子を慈悲で素直に差し出せるのかも疑問であるな」
ミーシャは自分の痛い所を突かれるようなジェドの言葉に、何も言えずジェドに対してキッと視線だけを向ける事が精一杯であった。
「………そんな所も似ているなんてな……」
(似ている……?)
「ジェド様は私と誰かを重ねていらっしゃるのですか……?」
「…………………」
ジェドが溢した言葉にミーシャは思わず言葉が口からでてしまった。
そんなミーシャの問い掛けにジェドは何も答えず、ミーシャにはいつも表情豊かに接していたが、今は無表情で一言だけ言葉を返した。
「少し精霊界へ戻る」
「え……」
そう言うとジェドの姿はミーシャの前から消えた。
その時、ミーシャは今ジェドが居た場所に落ちている物に気が付く。
「この石は……魔石……?」
薄い紫色の石は首から下げられるように長めの革紐で括られていた。
ジェドの持ち物であろうとは思ったが、既にジェドの姿はなくミーシャはその石を握りしめる。
(ジェド様の言う通り私はキャロル様の境遇を可哀想と思った
だけど……そんな可哀想と同情したキャロル様にフィルの隣を渡したいなんて……
そんな事……絶対に許せない自分が確かにいる
……たとえ誰かから慈悲がないと言われたとしても……)
ミーシャは握りしめていたジェドの落とした魔石が微かに光が灯っている事にミーシャはこの時は気が付かなかった。
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