第57話 キャロル·ストゥラーロ ②
キャロルは自分の中にいるように感じる存在に問い掛けないではいられなかった。
「私の中で喋っているあなたは誰?
メアリは……メアリはどうしたの?」
「私?
私はアイリーンよ
別名では色慾の妖魔とも言われているわ
私の依り代になったあなたは……そう……キャロルと言うのね?」
「妖魔……? どうして私の名前を知っているの?」
「私はあなたの脳裏を見る事が出来るからよ
メアリというのはあなたの片割れである双子の姉ね?
メアリはあなたが生きる為に代償になったの」
「代償って……?
難しい言葉はわからないわ」
「そうね……メアリはあなたの代わりに命を私に捧げたという事よ
メアリが生きていたら、あなたは今メアリが横たわるあの祭壇の上に居たわ
私を呼び寄せるにはどちらかが、あそこで生け贄にならなければならない術であるから」
「術……?」
「あなたが口にしたのはメアリの生き血よ
そして、あなたが座っていた床に書かれていた魔方陣もメアリの生き血で書かれたもの……」
幼く難しい事がよくわからないキャロルにも今アイリーンが言った言葉はなんとなくわかった。
あのストゥラーロ子爵から渡された杯に入っていた飲み物の異様な味になんとなく覚えがあったのは血液の味であったから。
横たわっていたメアリが血だらけだった訳。
どうして、メアリが生け贄になって、自分が依り代というものにされた理由はわからないけれど、メアリを助けられなかったのは自分があの状況に恐れたから。
自分が生きているから……
(私のせいで……わたしの……
わたしの代わりにメアリは……)
「いやぁぁぁぁぁっ!!」
キャロルの小さな身体がガタガタと震え、吐き気が襲う。
その場で何度もえずいた。
涙と吐瀉物でぐしゃぐしゃのキャロルにアイリーンは囁いた。
「キャロル……いえ……キャルとこれからは愛称で呼んであげる
私はあなたの味方よ
あなたの事を守ってあげる……
だから、余計な事を考えなくて良いのよ
余計な事を考えるだけ苦しむことになるわ
キャルが苦しむ事なんてメアリは望んでいない
あなたの中にいるメアリと一緒に幸せになりましょう
あなたにはそれだけの素材が揃っているわ
私が……あなたを幸せに導いてあげる……」
「メアリが私の中に……」
虚ろな表情のキャロルが呟いた言葉にアイリーンはさらに囁きを続ける。
「そうよ……
あなたの中にメアリはいるわ
そして、私はあなたに幸せになれる力を授けてあげる……
周りの人達が皆あなたの事を守ってくれる力を……」
キャロルの瞳が紅く光る。
「さあ、相手の瞳を見て強く願うの……
『私を愛して』って……」
目の前にいたストゥラーロ子爵へ顔を向けたキャロルはアイリーンの言葉通りにストゥラーロ子爵の瞳を見て願った。
(私を……愛して……)
そのキャロルの瞳を見たストゥラーロ子爵は今まで道具としか見ていなかったキャロルに愛情がこもった表情を向けた。
月日が流れ、キャロルはストゥラーロ子爵家の別邸で隠されるように過ごす日が続き、そんなキャロルはアイリーンが指示しストゥラーロ子爵が用意した本を読んで過ごす毎日であった。
そして、毎日のようにアイリーンはキャロルへ囁く。
「キャルあなたは、大きくなったら王子様に愛されるのよ」
「王子……様……?」
「ええ……この本に出てくるような見目麗しく、力のある王子よ」
「本当にそんな王子様がいるの?」
「ええ……あなたが暮らしているこの王国にあなたと同じ年の輝かしい王子がいるの
その王子の妃にあなたはなるのよ
運命的な出会いをしてね
王子もあなたに夢中になるわ」
「王子様……」
夢を見るようにキャロルは王子と出会う事に期待を膨らませる。
それは生きる希望のようになっていった。
そんなキャロルに相手を憎むという感情は抜け落ちていた。それは、あの日からキャロルの周囲の人間は皆キャロルを愛していたからだ。アイリーンが与えたキャロルの力で操られるように……
──────……………
アイリーンの力で頭の中に強制的に見せられるようなキャロルの過去の映像にミーシャもフィルジルも嫌悪感で一杯であった。
真っ青な顔のミーシャの身体がふらっと揺れる。その事にすぐ気が付いたフィルジルは抱き寄せミーシャの身体を支えた。
「大丈夫か?」
「………ええ……
なんて……酷い事を……」
「色慾の妖魔……
何故、ストゥラーロ子爵はお前を召喚したんだ?」
「アイリーンと名前で読んでちょうだい王子
何故……? そんなの聞くまでもないでしょう?
キャルを王妃にしてあの強欲な者が何を考えているのかこの王国の王子である貴方の方が良くわかっているのじゃないかしら?
私は権力なんてものは興味はないけれど……
その代わりに貴方のような良い魔力を蓄えた男を貰えるのなら私と利害関係よね?」
嘗め回すような視線をアイリーンはフィルジルへ向けた事にフィルジルは嫌悪感と怒りを感じた。
そんなアイリーンへジェドは言葉を発した。
「何故、お前は王子の魔力を欲する?
それは今回に限った事ではないだろう?
魔王を封印してから何度かお前は人間界に現れていたな?
その目的は何だ?」
「目的……?
王族の者の魔力は人間の中でも強くそして魔力量も多くて美味なのよ
見目が麗しい者も多い事も気分が上がるわ
あの魔王様が封印された戦いのおかげで私も魔力の殆どを失ったわ
その失った魔力を取り戻す為よ
魔王様の復活のその日の為にね」
アイリーンのその言葉にジェドはククッと喉の奥で笑う。
「魔王の復活か……
それは残念だったな」
「残念?
精霊王、どういう意味かしら?」
「魔王はもう存在しない」
「何を言っているの?
貴方達に封印されたけれど、その封印を解けば復活する事ができるのよ?」
「もう、大分前に封印は解けている
そして、浄化されて魔王は消滅した」
「魔王様が浄化……? 消滅……?
冗談を言うのであれば笑えるものにしてほしいわ
精霊王である貴方の力やこの王国の建国王の力をもってしても封印がやっとであったのよ!
そんな、有り得ない事が起こるわけがないわ!」
「有り得ない事が確かに起こったんだよ
お前の目の前にいる二人の力でな」
そのジェドの言葉にアイリーンの表情がガラリと変わった。
「精霊王……私を馬鹿にするのもいい加減にした方がいいわ」
「馬鹿になどしていない
まぁ、お前が信じられないのもわかるが事実だ
この二人がまだ幼い幼児であった時に、意図せず魔王を封印した場へ結界を掻い潜り封印を偶然にも解いてしまった
その時、魔王の存在を無かったものにしたいという、子供の自然な感情が恐らく無意識的に魔力を増大させて魔王を浄化させ消滅させていた」
ジェドの話しに口許を歪まさせていたアイリーンがフッと口許を上げた時、黒い魔力の波動が増大した塊をミーシャとフィルジル目掛けてアイリーンは放った。
その瞬間の変化にフィルジルとジェドは反応し防御の結界を張り、その結界にアイリーンの放った魔力の波動の塊はぶつかり弾け散る。
そんな様にアイリーンは笑みを深めた。
「そう魔王様はもういらっしゃらないの……
私の魔力を弾く程の結界を精霊王は兎も角、人間である貴方も詠唱も唱えずに瞬間的に張るなんてね……
今の話……嘘では無さそうだという事はわかったわ
それならば、魔王様を浄化させる程の魔力を持つ人間の男を喰らえる事を楽しみにしているわ」
アイリーンの今の言葉にフィルジルの表情が歪む。
「そんな表情をしても駄目よ王子
貴方の妃はキャルである事は変えられない事実でしょう?
これまでに少しずつ作られたこの王国の仕来たりで魅了の力をもつ光の魔力の保持者を妃にするとね?
キャル自身はただの人間……私はキャルの身体に魂が入り込んでいるだけだから、王子とキャルの間に生まれる子供も異形な姿はしていない
キャルが妖魔であるから婚姻は結べないなんて話は通らないわ
だから……今のこの現状を変えることは出来ないのよ
そして、キャルと交わる度相手である王子、貴方から私が魔力を貰う
キャルと交わらないなんて選択肢はないわよ?
だって、相手であるキャルはキャルであってキャルではない色慾と謳われる私なのだから、そんな私の閨の術に貴方は抵抗なんてできずに不様に私の腕の中に堕ちるのよ
初夜を楽しみにしているわ王子」
そんな言葉を言い放つアイリーンへジェドは言葉を発する。
「お前は、魔王の復活を望んでいたのではないのか?」
「ふふふ、だってもう魔王様はいらっしゃらないのでしょう?
それならば、新しい魔王様を見付けるだけよ
それに、楽しみも見付けたからもういいわ
私は失せたものに執着する性格ではないから」
言いたい事をアイリーンは言うと踵を返しその場から離れていった。
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