第55話 変貌
ミーシャが学院の教室で魔力を暴発させそうになった少し前、学院の上級生の教室にはルドルフの姿があった。
「サイモン殿おはようございます
こんな朝の講義前の時間に申し訳ありませんが、少しお時間を僕が頂いても宜しいですか?」
「王太子殿下の補佐である君が私に何の用事でしょうか?」
「ここだと少し話せない事で……
サロンの使用許可を頂いたのでそちらで講義までの時間をお借りしても構いませんか?」
「……私は構いませんが……」
学院のサロンにサイモン家嫡男であるシェーンを連れ、二人きりのサロンでルドルフは口を開いた。
「人払いをしてまで何の話なのですか?」
「僕に敬語はおやめください学院の中では身分は平等との理念がありますし貴方は僕より上級生です
実はサイモン殿にお聞きしたい事があったのです
ストゥラーロ嬢の事で……」
「……何を聞きたいんだ?」
「サイモン殿も知っておられるとは思いますが、最近殿下とストゥラーロ嬢の仲が深まっておられるのですよ
殿下と彼女の婚約が正式に決まる前から貴方は彼女と親交が多かったですよね?
殿下とストゥラーロ嬢が仲睦まじい事はとても良い事なのですが……以前、廃嫡されたイェーガー殿が言われていた事が僕は気になっておりまして……
貴方はイェーガー殿と一緒にストゥラーロ嬢と行動を共にしていた
でしたら、色々と知っている事があるのではないかと思ったのです?」
「回りくどいな……何なんだ……?
君が公爵家の嫡男で陛下の甥である事は知っているが、所詮王家の犬であろう……
何を嗅ぎ回っている?」
「犬も……飼い主の手を噛みたい時もあるのですよ?
殿下よりも僕の方がストゥラーロ嬢と親しくなった筈であるのに、殿下は王太子という立場から彼女を婚約者としてしまった
僕はまだイェーガー殿が言っていた光の魔力の素晴らしさを見てもいないのに……」
シェーンはルドルフに初めは訝しげな視線を向けていたが、ルドルフの今の言葉に笑みを浮かべた。
「そうか……君も彼女の癒しを受けたかったのか
あの癒しを受けていないのは可愛そうだ……
そして、今では殿下の婚約者という手が届かない立場になってしまわれたものな」
「サイモン殿はその癒しを受けられたのですか?」
「ああ……あの癒しは素晴らしいものであった……」
シェーンは以前同じような言葉を発したイェーガー家の嫡男であったコリンのような恍惚とした表情を浮かべる。
その異様な様にルドルフは訝しげな表情を浮かべた。
「癒しとは……何なのでしょうか……?」
◇*◇*◇
ルドルフはシェーンとサロンで別れ自分の教室に講義が始まる時間ギリギリに入ると、教室にはミーシャとフィルジル、そしてキャロルの姿もない事に嫌な予感がした。同じクラスの生徒に三人の事を聞くが教室を離れた事しかわからなく、さらにフィルジルの護衛もフィルジルを見失っている事がわかりルドルフの嫌な予感は増した。
(……何かあったのか?
今のフィルが学院で何も言わずにしかも講義の前という下手したら大事になるかもしれないのにも関わらず一人で行動するなんて……
三人とも一緒に居るのか? それに、精霊王の姿もない
護衛も共にせず身の安全もわからない……
フィルの力があれば大概な事は大丈夫だろうけれど……
早くフィルには手に入れた情報も伝えなければならないのに……)
このまま大事になる事も良くないとルドルフは考え、教室に居ない三人の適当な嘘の事柄を講師に伝え、自分が今日は三人が学院を休む事を代理で伝える事になったと話し、自分もこれから緊急な要件の為講義に出られないと教室を後にした。
◇*◇*◇*◇*◇
学院の庭園の端にある目立たないガゼボでミーシャとジェドとフィルジルが話している所をフィルジルの後を追い掛けてきたキャロルに見られてしまった。
「フィル様は……嘘を付かれていたんですか……?」
「これは……」
「フィル様は……私だけの王子様ではなかったの……?」
その時、キャロルの魔力の波動が変わり魔力の質量が大きく上がった事をフィルジルとジェドは感じた。
「……っ!?
ミーシャ下がれ」
「フィル……?」
「この女でない膨大な魔力を感じる」
「キャロル様でない魔力って……」
「どうして……?
私の名前は全然呼んでくれないのに、ミーシャ様の事をフィル様はまだそう呼ぶんですか……?
フィル様は私の王子様なのに……
私は……わたし……は……
(キャル、ここは私に任せなさい)
……………」
その言葉をキャロルが呟くと、キャロルの瞳が紅く染まり愛らしいキャロルの容貌がガラリと妖艶な表情を浮かべる容貌に変わった事をその場にいた三人は目の当たりにした。
「キャロル……様……?」
「いや、違う……
姿はあの女と一緒だが……」
「フィル? 違うって言っても……
でも、キャロル様でしょう?」
「入れ物は同じだが中身が違うと王子は言いたいのだろう?」
「中身が違う?」
「やはり、この娘はただの人間だ
だが……今、この娘の中にいるものは人間ではない」
「ジェド様!?
言っている意味がわかりません……」
「やはり黒魔術だったのか……」
「フィル!? 黒魔術って……」
「そうだ王子
しかも黒魔術の中でも最大の禁忌の術を使い成功したのであろう
この娘の中にいるものは魔界の住人である魔物……
魔物を召喚の術で呼び寄せたのだな」
ジェドの言葉にミーシャは動揺する。
「魔物……?」
キャロルの姿をしている目の前の者は妖艶な笑みを浮かべた。
「お久しぶりね精霊王
最後に会った時から長い年月がたっているのに、相変わらず変わらない美貌ね
貴方は私の事を覚えているかしら?」
目の前の者の魔力の波動にジェドは眉を寄せる。
「色慾の妖魔アイリーン……」
「あら……覚えてくれていたなんて嬉しいわ」
「ジェド様……?」
「魔王の数人いた側近のうちの第一側近であった妖魔だ
魔王と共に封印する筈であったが封印する前にお前は魔界へ逃げたのではなかったのか?
魔物の召喚術でお前程の高位妖魔が人間の呼び出しに応じるとはな……
一つの入れ物に二つの魂が入るなど居心地が悪いのではないか?」
「この子は感情を失くしているから私の思いのままにする事は簡単であったし、拒否反応もないからそんなに居心地は悪くないわ
それに精霊王、貴方達に魔界の出入口を封じられたから人間界の強欲な者の黒魔術でしか私達は人間界に来る事が出来ないのよ
今まで、私を呼べるまでの高度な術を使おうとする人間も殆んど居なかったけれど……こうして現実に私は今、人間界に呼ばれたの」
「あの……キャロル様は……本当のキャロル様は何処に……?
キャロル様が感情を失くしているって……」
ミーシャは震えるような声でキャロルの姿をしたアイリーンに問いかけた。
そんなミーシャにアイリーンは笑みを深める。
「キャルは静かに眠ってもらっているわ
そうね、久し振りに精霊王に会えた記念に私とキャルの出会いを特別に教えてあげましょうか
あなた方にキャルの脳裏に染み付いている記憶を見せてあげるわ」
ここまで読んで頂きありがとうございます!
ブックマークもありがとうございます!
さて、少し解説になります。
今回のお話に出てきた色慾の妖魔アイリーンですが……
有名な色欲の悪魔であるアスモデウスと被るのではと危惧しておりますが(色々なお話にも登場しますよね……)、しかしこの『偽り王子…』はフィクションであり私の作った物語の為、色欲の悪魔のアスモデウスとは全く関係ありません。異世界のお話ですので現実世界の宗教とも離して読んで頂ければと思います。
なので、全く無関係なアイリーンという名前を付けました。
違和感を感じられる方がおりましたら申し訳ありません。
本作品の中では魔界の者を悪魔とは表記せず、魔物と表記しており、数種類いる魔物のうちの一つでアイリーンは妖魔としております。




