第54話 嫉妬心
「ジェド様が与えたもの……?」
「初めて俺がお前と会ったお前と王子が魔王を浄化した時、お前は魔王を浄化する際に自分の魔力を初めて発動させたようであった
恐らく、生まれた時にはその魔力は目覚めていなかったのだろう
それが、魔王と相対した事で力に目覚めたのだと考えられる
人間の身体はとても脆く、そして命には限りがある
そんな壊れやすい入れ物には似つかわしくない程の強力な魔力を持つ事は死と隣り合わせだ
その事に、お前の両親はとても危惧していた
だから、俺はお前が力を制御出来る年齢まで力を暴発できないよう抑制させる力を込めた魔石を幾つかお前の両親に託した
そして、魔力を制御させる為には精神の安定を保つ事が重要で、相手の悪意から精神が落ち込む事を防ぐため相手の悪意を察すると身体に異変を感じその者から離れるようにお前自身に術を掛けた
悪意を感じながらその不快感を溜め込んで心が限界を感じさせない為にと、目に見える形でお前の回りの人間にお前を害する人間をわかりやすくする為だ
お前は、両親がそんな悪意のある者達からお前を遠ざけていた覚えはないか?」
「あり……ます……」
「だから、幼い頃お前が付けていた人間界の封印具は意味がないものであったんだ
だからこそ、それを取り外す時その事情を知る者が付いた筈だ
そして、お前が両親から離れなければならなくなった時、お前の両親は大きな魔石をお前に授けなかったか?
それは、俺の力が一番多く入った物であったはずだ」
ミーシャは、妃教育の為に王城へ登城する事になった時両親から手渡され、封印具の試験の時にロウルからずっと身につけていなさいと言われた懐中時計の事を思い出した。
そして、悟る。
全て両親はミーシャの魔力の事を知り、ずっと守ってくれていたのだと……
思い返せば幼い頃、相手の悪意を感じる度ミーシャが体調を崩すと、体調が元に戻った後その悪意のある人間とはその後会うことはなくなっていた。
「私は……」
「王子はその事を知らされてはいないのだろうな
そうでなければ、お前の感情が悪い方へ揺れ動くような言動をお前の目の前でする事は欺かなければいけない相手だとしても自重するだろう
人間が自分を制御出来なくなる最大の感情は怒りだ
哀しみも感情の揺れが大きいがそれ以上に怒りという感情は自分を抑制する事が難しい」
「怒り……?
私は怒ってなんて……」
「あの二人の会話を聞いて嫉妬しただろう?
心の中が黒く染まるぐらい
嫉妬心は羨ましい妬ましいという感情から怖れや憎しみを持つ
想いがより深い相手が自分でない人間へ好意を向ける事が深い憎悪になるんだ
冷静になった今、先程のお前の感情を自分で客観的に見たらどうであった?」
「嫉妬……?」
(あの時……私は……
フィルがキャロル様を呼び捨てで呼んだ事が演技だとしても苦しくて……
そして……キャロル様が口にしたあの言葉に……)
『フィル様と少しですが親密になれましたし
もっとフィル様に触れてもらいたいです』
(フィルが私以外の|女性に触れたのかもしれないという事に……)
「……………」
(そんな事は許せないって……
悔しい……憎らしい……と……
キャロル様が居なければ、フィルの隣に居られたのは私はだったのに……
フィルは私のものなのに私以外を見るなんて許さない
嫌い……居なくなればいい……消えて欲しい……)
「………っ!」
──ドクンッ……
ミーシャは次々と浮かぶ自分の黒い気持ちに心臓がドクドクと鳴っている事がわかった。
自分は何て事を考えていたのだろうかと……
そんな事を考えた自分が恐ろしいと……
自分への失望に苦しくなっていく。
カタカタと震える握りしめたミーシャの手をジェドは大きな手で包み込むように重ねた。
「それは人間であるなら当たり前の感情であるのだろう
精霊は基本あまり持ち合わせていない感情だが、中にはそういう感情を持っている者もいる
人間であるなら尚更だ
それだけ、自分にとって大切な相手であるという証拠だ
特に何も感じない相手にそのような感情は抱かないだろう?」
ミーシャの瞳から涙が一粒零れ落ちる。
「わ……私は……何て事を考えて……
ましてや、そのような気持ちの為に周囲を危険な状況に陥らせる一歩手前にまで……わた……しは……
こん……な……私が……」
(こんな私が王太子妃になろうなんて……ましてや未来の王妃になんて……そんな資格……)
「それ以上自分の事を卑下するな
お前に全ての責任がある訳じゃない
それに、本来であればお前が光の魔力といわれるべき力を持っているのだ
今のこの状況は長い年月の間で様々な事がねじ曲げられおかしな状況になっている
どうして魅了の魔力を持つ者が光の魔力の保持者だと言われるようになったのか、そこから紐解いていかないとわからない事だらけだ」
ミーシャはポロポロと溢れ出る涙を止める事が出来なく、自分への失望と自分の魔力への恐怖心で大きく誰かにすがりたい気持ちで一杯であった。
そんなミーシャの心情を察したのかジェドは立ち上がりミーシャを抱きかかえると一瞬食堂の出入口へ目を向けた後その場所から移動の魔法で姿を消した。
ジェドがミーシャを連れて移動したのは学院の庭園の中の目立たない場所にあるガゼボであった。
「ジェ……ド様……?」
「泣く事を我慢しなくていい
我慢し、様々な感情を心の中に溜め込む事が一番良くないのだからな」
「………っく……」
ジェドはミーシャの頭を自分の胸に抱くと優しく頭を撫でた。
「泣きながらでいい、そのまま聞け
ここ数日あの娘の様子を見ていて俺は引っ掛かりを覚えている
あの娘……違和感がある
人間にしては感情が作られたように思えるのだ」
(……感情が……作られた……?)
「人間が持ち合わせている喜怒哀楽という感情が浅いというか、どれも起伏が少ないように感じるのだ
もう少し調べる必要があるな」
ミーシャはジェドが語った言葉を涙を溢しながらぼんやりと考えていた。ジェドの胸の中は何故か安心しそのままジェドの胸の中で涙が止まるまで涙を流し続け、少し気持ちが落ち着いたミーシャは顔を上げジェドへ謝った。
「こんな姿を精霊王であるジェド様へ晒してしまい申し訳ありませんでした……
それにジェド様の胸をお借りするなんて……」
そんなミーシャに苦笑いを浮かべたジェドはミーシャの頭を優しく撫でる。
「もう何時もの固い令嬢に戻ったのか?
別に俺が精霊王だからとそのような固い口調でなくていいのだぞ?
お前は本当に甘える事が苦手な性格なのだな」
「それは……」
そして、ジェドは今居るガゼボの周りに茂る垣根の向こう側に目を向けた。
「そう思うだろ?」
「ジェド様?」
「王子、お前も」
垣根の影から姿を見せたのはフィルジルであった。
「フィル……?」
ジェドはミーシャを座らせたまま立ち上がるとフィルジルを見据えた。
「何処まで聞いていた?」
「……距離が離れていましたので………」
「風の魔力で空間の振動を操る事が出来るのに食堂だけでなくここにまで追いかけてきて何もせずにただ見ていたと言うのか?
偽りはいい、同じ空間にいればお前の力ならば多少距離があろうとも言葉を聞き取る事ぐらい簡単な事であろう?」
「……………」
「己の無知さを憤らずともいいぞ?
お前はミーシャの魔力について何も知らなかったのだからな」
「…………っ!」
「ただ、言わせてもらえば
お前はミーシャに甘えすぎだ
何をしてもミーシャなら許して待っていてくれるとお前は根底で思っている
そんなお前だから、婚姻前に印を刻んだりしたのだろう
お前がミーシャを手放したくない事は理解してやる
だがな、お前という加護から一時的にでも外されたミーシャの気持ちは誰が守る?
今のミーシャの状況は、正妃の印などという枷を嵌められた状態で猛獣の前に差し出された小動物のような状況だ」
「ジェド様っ!
それは、以前も言いましたが私も納得している事で──」
「ミーシャ、お前はそれがいけないのだ
お前が納得している事はわかっている
だがな、そのせいでお前の心は悲鳴をあげ魔力を暴発しそうになった
ミーシャ、俺がお前のその枷を外してやろうか?
そうしたら、もう少し楽になる」
「嫌ですっ!
私が王太子妃や王妃に相応しくなくても……
それでも、正妃の印は……残されたフィルとの大切な繋がりだから……」
ミーシャの言葉にフィルジルはぐっと胸が締め付けられた。
「精霊王……貴方の言う通りです……
俺はミーシャの気持ちに甘えてミーシャを縛り付けた
ミーシャを守る事も出来なくなる事を理解していたのに……
ミーシャの魔力の事を知らなかったでは済まされない……
だがっ──」
フィルジルの言葉の途中、その場の魔力の変化に気が付いたジェドとフィルジルはその方向へ目を向けるとそこにはキャロルの姿があった。
「フィル様……
ミーシャ様との婚約は形だけであったとは嘘だったんですか……?」
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