第52話 キャロルの魔力
王城の庭園で花々が綺麗に咲き乱れる場所にお茶を楽しむ為の場が設けられ、その場には王太子のフィルジルと婚約者になったばかりのキャロルの姿があった。
「フィル様、今日はこんな素敵な場所にご招待してくれてありがとうございます!」
「いや私の方こそ、婚約式を執り行った後から執務が忙しくキャロル嬢と時間を共にせず申し訳なかった」
「本当です……寂しかったのですよ?」
「……………」
(………虫酸が走る……)
上目遣いでこちらを見詰め、甘えるような口調のキャロルに表面上穏やかな表情のままお茶を口にしたフィルジルの内面は冷え冷えとしていた。
「お詫びにはならないがキャロル嬢の為に国内外から取り寄せた菓子類を用意させました
貴女の口に合うといいのですが、気に入ったものがあれば口にしてほしい」
「嬉しいです!
フィル様が私の為に選んでくれたなんて!」
「王妃教育で困っている事はありませんか?」
「えっと……どの講義もわざわざ覚える必要があるのかな?って思うんです」
「………覚える必要がないと?」
「だって、側で誰かがその都度教えてくれれば覚えていなくてもいいじゃないですか
なんだか、覚える為の講義の時間が無駄なように思えます
それなら、もっとフィル様と今日のような時間を過ごしたいです
それに、お妃様の一番のお仕事はお世継ぎを産む事でしょう?」
キャロルは愛らしい顔をほんのりと赤らめながらフィルジルを上目遣いで見詰めた。
そんなキャロルに乾いた笑みを浮かべたフィルジルは手にしていたソーサーにカップを静かに置いた。
「キャロル嬢は私との子が欲しいのですか?」
「え?
勿論ですよ!
フィル様との赤ちゃんならとっても可愛いと思います!」
「私との子を成し王太子妃となるという事は、貴女が今仲良くされている令息達とは今のように一緒に居る事は出来ないのですよ?
それでもいいのですか?」
「フィル様は勘違いされていますよ?
皆さんとフィル様は全然違います
皆さんは困っている私を助けてくれて守ってくれていただけです
フィル様は私の特別な人だもの全然違います!」
「そうですか、今まで私と共に居る時も彼等が一緒でしたし、何より彼等は貴女の事を特別に思っているようでしたので、どうしたら良いのだろうかと思っていました
私との仲が深まれば貴女と彼等を引き裂いてしまう事になりますからね」
「そんな事!
私はフィル様が私の事を一番に考えてくれたら嬉しいですから!
フィル様こそ、ミーシャ様の事はもういいのですか?
婚約を解消されたと聞きました
私ならミーシャ様が二番目であるならばミーシャ様が側妃でも大丈夫ですよ?」
「………フェンデル嬢とは幼い頃に決められた婚約でしたので……
貴女を気にさせてしまっていたようで申し訳ない」
キャロルの言葉に苛立ちを表に出してしまいそうになるのをぐっと我慢しフィルジルは困ったような笑みをキャロルへ向けた。
テーブルの上に手に持っていたカップとソーサーをフィルジルが置いた時にキャロルはフィルジルの手をギュッと握る。
フィルジルは反射的にその手を振り払いそうになる事を抑え、顔が歪みそうになる事を耐えた。
「それなら、フィル様は私を一番に見てくれるという事なんですね! 嬉しい!!
フィル様には私の気持ちを沢山知って欲しいです」
満面の笑みを溢しそう呟いたキャロルの視線にフィルジルは違和感を感じる。
(これは……魅了の力か……?)
「……っ?」
フィルジルが魅了の力を使っていると思われるキャロルの様子を見据えると一瞬だったがキャロルの桃色の瞳がほんのりと紅くなったように見えた。
(今のは何……だ?
見間違え……?)
フィルジルの様子にキャロルは一つ溜め息を吐く。
「………利きにくい人も居るとは聞いていたけど……」
その言葉にフィルジルはキャロルを訝しげに見詰めた。
「キャロル嬢、今……私に何かしたのか?」
フィルジルの問いにキョトンとした表情を向けたキャロルは口を開いた。
「大した事はしていませんよ?
私の事をフィル様にもっと知ってもらおうとしただけです」
自分の行っている事に全く悪気が感じられないキャロルの様子にフィルジルは少し悩んだが核心を問う事に決めた。
「貴女が保持している光の魔力とは保護すべき力である事しか私は知らないのです
貴女はどんな力を持っているのか私に教えてくれる気持ちはあるだろうか?」
「私の魔力をフィル様は知りたいのですか?
う~ん……お父様からは他人には知らせてはいけないと言われたけれど……でもフィル様には私の事を沢山知ってもらいたいし……
それに、もうフィル様は他人ではなくて私の大切な未来の旦那様ですものね!
じゃあ、一つ私のお願いを聞いてください!
そうしたらフィル様に教えてあげてもいいですよ!」
「お願い?」
「私の事を名前で呼んでくれていますけど、『キャロル嬢』と呼ばれるのは余所余所しくてやっぱり嫌です
キャロルと呼び捨てか、キャルと愛称で呼んで欲しいです」
フィルジルは様々な気持ちが綯交ぜになったような気分であったが椅子から立ち上がりキャロルの傍へ近付くと意を決して口を開いた。
「……キャロル、君の全てを知りたい
私に君の事を教えて欲しい」
そして、フィルジルは身を屈めキャロルの手を取ると指先に口付けを落とす。
その瞬間顔を赤くしたキャロルは蕩けるような表情をフィルジルに向けた。
「私の方こそフィル様には私の事を全部知って欲しいです
だけど、私の魔力の話を聞いてもあまり楽しくなんてないかもしれませんよ?
私の使える力は一つだけしか貰えなかったから……」
「え……?」
(魔力を貰う?)
「それでもお父様とあの方はとても喜んでくれたんですよ
私が光の魔力と言われる周りの人と仲良くなれるこの力を綺麗な状態で貰えた事は奇跡だって……
この力に目覚めた時から周りの人達は私にとても良くしてくれるようになって、私も貴族生活への不安も少なくなったのです」
「あの方?」
「あっ!……えっと……
今日はここまでですって……」
「は?」
キャロルは、少ししょんぼりしながらフィルジルの事を上目遣いで見詰めた。
「フィル様が聞きたかった事は私の魔力の事ですもんね?
ちょっと話しすぎてしまいました
もっと私に興味を持ってくださいね
そうしたら……その時がきたらもっと教えてもいいんですって」
(目の前のこの女の噛み合わない言葉の意味がわからない
自分の事のはずなのに、何故他人事のように語る?)
「君が何を言っているのか……わからないのだが?」
キャロルは立ち上がると背伸びをしフィルジルの唇へ軽く口付けた。
その時のキャロルの表情は一瞬普段のキャロルとはまるで別人のような妖艶な笑みをフィルジルへ向けその瞳は紅く染まるのをフィルジルは確実に認識した。
──ゾワッ……
その瞬間、フィルジルの全神経が目の前のキャロルから強力な魔力を感じ取る。しかしそれは一瞬で、すぐいつものキャロルと変わらない魔力量へ戻った。
「フィル様、今日はこれで失礼しますね
今日は沢山嬉しかったです
次も今日のようにフィル様と深く関わりたいです」
ニッコリと可愛らしい笑みを浮かべキャロルは近くで控えていた護衛とその場を後にし、残されたフィルジルは今、自分に起こった事の多さに混乱していたが、すぐに沸き起こった感情は多大な嫌悪感であった。
自分の唇を袖口で強めに拭い、つけていた白手袋を脱ぎ地面に投げ捨てると靴でその白手袋を踏みつけた。
◇*◇*◇
王城から帰路につく為に走るストゥラーロ子爵家の紋の入った馬車の中には王太子の婚約者であるキャロルが一人で乗っているはずであるのに中からは二人の話し声が聞こえてきていた。
「秘密を話しすぎねキャル」
「ごめんなさい……だって……フィル様から初めて呼び捨てで名前を呼ばれて、しかもそれだけでなくフィル様が私の手に口付けを落としてくれたのが嬉しかったのですもの…」
「王太子に恋をしているキャルには我慢が出来なかったのかもしれないけれど、そんなに何でも自分の事を簡単に話したらあの王太子はキャルの事をすぐ飽きてしまうかもしれないわ
女は秘密にして焦らす事も相手を夢中にさせる力になるのよ?
でも、キャルの気持ちもわかるわ
良い男だものね、まだ幼い面もあるけれど……後、数年もしたらもっと良い男に成長すると思うわ
あんな男を探していたのよ」
「えっ!? フィル様を気に入ってしまったのですか?」
「ふふふ、心配しなくてもいいのよ私はあなたでもあるのだから……一緒に共有しましょう?」
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