第5話 幼馴染みの気持ち
ミーシャがフィルジルの妃候補に決まってから二年の歳月が経った。ミーシャ達は十二歳になり、皆それぞれ出会った頃よりもずいぶんと大人びた姿になっていた。
妃候補となってからミーシャは妃教育を受ける為とフィルジルとの交流の為頻繁に登城するようになり、二人の関係も出会った頃とは少し変化していた。ミーシャから殿下と呼ばれたり同い年なのに敬語を使われる事は嫌だとフィルジルがミーシャが妃候補になってすぐぐらいの頃から言い出し私的に会っている時はお互いのファーストネームを敬称を付けずに呼び合い気軽に話すような仲になっていた。お互い取り繕わずに思った事を言い合うので時折喧嘩のようになることもあるが、初対面の時のあのような険悪な雰囲気になる事もなく気心の知れた仲になっていた。
そして、フィルジルが心を許している一人であるルドルフも交えてよく王城の庭園にあるガゼボで三人で会いその時間を楽しむ姿が見られている。
フィルジルは相変わらず人前では完璧王子の仮面を周囲に隙を見せずに装着しているが他の人間がいない場所でのミーシャの前では装着すらしようとしなかった。
今日も王城の庭園でミーシャとフィルジルとルドルフの三人でお茶を飲みながら他愛のない話をしていた。傍には給仕をする侍女もおかず、護衛ですら離れた場所に待機させており、そこは三人だけの空間であった。
「見ろよ!この俺の腕を!!あの煩わしい封印具が外れたんだぜ!?」
「へ~この三人の中でフィルが一番乗りか
魔力に関しては凄い実力だよね?」
「なんだよルドルフ、負け惜しみか?
魔力に関してって、俺が魔力しか能がないみたいじゃないか!」
「確かフィルの魔力って一つだけでなくて数種類あったわよね?それでこんなに早くに合格点を貰えるなんて凄いのね!」
「べっ、別に……大したことねぇ……よ……」
「本当に相変わらず素直じゃない王子ね
素直にありがとうとか、嬉しいとか言いなさいよ
ねぇミィ、あなたのご主人様は本当にひねくれ王子よね?」
ミーシャは自分の膝の上でのんびりと寛いでいたフィルジルの愛猫で自分と同じ名前のミーシャをそっと撫でる。あの日、木の上で動けなくなっていた猫のミーシャを助けた時から、ミーシャにとても懐くようになった。それからミーシャと同じ名前で紛らわしいからとフィルジルは猫のミーシャをミィという愛称に呼び方を変えた。
「煩ぇよ!!
ひねくれ王子だとか変な名前を付けるな!」
「別に変な名前なんてつけていないわ
ひねくれ王子が嫌なら俺様王子の方がいい?
そういうルドルフは魔力の試験はいつ頃受けるの?」
「僕は来月受ける予定だよ
ミーシャは?」
「私もたぶん来月に受けられればと思っているけど……私の魔力量は二人みたいに多くもないし、水の魔力が少しあるだけだからあんまり心配はしていないわ
あ…ちょっとごめんなさい……」
ミーシャは持っている懐中時計を取り出し時間を確認すると二人へ声をかける。
「二人とも私は今日はこれで失礼するわね
王妃様の所へ行かなければならないから……
ミィもまた遊びましょうね
フィル、ミィと遊ばせてくれてありがとう」
ミーシャがミィを抱き上げフィルジルへ渡す。
「ああ……
今朝母上が俺にも言っていたな
今度の母上主催のお茶会についてだろ?」
「ええ……お茶会で出されるお茶菓子やクロスの色、カップの種類などを決めるお手伝いを初めてさせて頂くの……
これも大切な妃教育であるそうよ」
その時、フィルジルは僅かなミーシャの表情の変化を見逃さなかった。
「おい……何かあるのか?」
「え? 何かって……?」
ミーシャはフィルジルの言葉に首を傾げる。
「それは……なんか……その……顔がいつもと違うというか……」
「今日……ティアラ嬢も王妃様の所へ呼ばれているんだよね?」
ルドルフの言葉にミーシャは言葉を詰まらせた。
「えっと……王妃様もいらっしゃるし大丈夫よ?
じゃあ、本当に時間に遅れたら大変だから……」
慌てて立ち上がるミーシャの手首をフィルジルは掴む。
「………何か……嫌な事をされるような事があったら隠すなよ?」
「フィル……
だ、大丈夫!
ティアラ様は歴としたローランド家のご令嬢でフィルの妃候補の一人でしょう?
そんな方が嫌な事なんてするわけがないわ
じゃあ、またね」
笑顔を見せて手を振り王城へ歩いていくミーシャの後ろ姿を黙って見ているフィルジルにルドルフは声をかける。
「最近はかなりあからさまのようだよ?
ミーシャへの嫌がらせ……
王妃様の元に二人揃って上がる事が増えた事もあるのだろうけど……
ただ、自分の手は絶対に汚さない
自分の取り巻きに色々とやらせているみたいだけどね
僕もその場を見ていないから、手を拱いている事しかできないでいる……」
「あいつを問い詰めても『大丈夫』しか言わねぇしな……」
「………このミーシャの今の状況フィルが原因だって自覚ある?」
「は……?」
「自分の面倒な社交の逃げ道の為にミーシャを巻き込んで、自分で婚約者は見付けるって陛下方に豪語したくせに二年間ずっとミーシャが妃候補っていうフィルにとって居心地が良いぬるま湯に浸かって過ごして、未だに本当の婚約者を探す事すらしていない状況……それに、いくら本音で話せるミーシャとの交流の方が楽で楽しいからって、もう一人の妃候補のティアラ嬢との交流とのあからさまな差
もう少し上手く立ち回る事できないのかな?
しかも、その皺寄せは全部ミーシャに今振りかかっているんだよ?」
「………………」
ルドルフの言葉にフィルジルは言葉を詰まらせる。
妃候補が決まった日、妃候補者はフィルジルが名前を挙げたミーシャの他に何故かもう一人いた。
ローランド公爵家の長女のティアラ・ローランドである。
ずっと父親のローランド公爵が自分の娘を第一王子であるフィルジルの婚約者にと推し進めており、妃候補としてミーシャの名前が上がると候補ならば選ぶ為にも、もう一人いた方が良いと無理矢理に近い形で自分の娘のティアラを妃候補にしたのだ。
ローランド家にはそれだけの権力と金もあり他の重役への根回しは十分で妃候補は二人に決まってしまった。
形だけのティアラとの交流はフィルジルも仕方がなく行ったが、自分の本性を隠しながらの交流は気も抜けずそしてティアラとの話も上辺だけの内容でつまらなかった。
それに比べてミーシャには自分を取り繕わずに話す事もでき、何故か話も合うミーシャとの交流は楽しく、決められた交流日以外にも妃教育の為に登城しているミーシャを見付け声を掛けては休憩時間に会ったりを繰り返していた。
そんなフィルジルの行動がティアラに知れたのか、最近ミーシャへの数人の令嬢方の嫌がらせが激しいとフィルジル達の耳にも入るようになったのだ。
「それは……」
「自覚しているのにフィルは何も行動を起こさないの?
そもそもフィルはミーシャの事をどう思っている訳?」
「ルドルフ……?」
「フィルはそういう所鈍いから僕から言ってあげる
ミーシャはフィルの妃候補をやって、他の令嬢方から嫌がらせを受けて何の得があるの?
フィルはミーシャの事をどうしたいの?
ミーシャの事、ただの友だちとして思っていてこれからもその関係を続けたいなら、こんな最終的に意味のない妃教育を受けなきゃいけない妃候補から解放してあげたら?」
「ルドルフ何だよ急に……お前だって今まで三人で一緒に楽しく過ごしてきただろ?
解放って……だってこれはあいつと約束したからで……」
「フィルのそういう所ってやっぱり王子気質だよね?
人の人生の事をどう思っているの?
ミーシャの優しさで妃候補を引き受けてくれているのに、本当の婚約者が見付かったらこんなに妃教育を受けたのにミーシャはフィルの妃にはなれないんだよ?
そういうフィルの無神経な所に僕はずっとイライラしていたんだ
そもそもフィルは本当の婚約者を本気で見付ける気があるの?」
「言っている意味わかんねぇよ!
何が言いたいんだよルドルフっ!」
「自分の好きな子が関係ない理由で嫌がらせを受けているって事に、黙って見ていられる程僕は心が広くないんだ」
「え……?」
突然のルドルフの言葉にフィルジルの思考は一瞬停止した。
「可能であれば今すぐにでもミーシャへ求婚をしたいとも思っているよ
だけど、ミーシャはフィルの仮初の妃候補だからずっと言えないでいた……だけどさ……もう我慢も限界だよ……
フィル、お前の態度にね」
「好きって……あいつの事を?
いつから……?」
「悪い?
いつからって聞かれたらよくわからないけど、ミーシャが妃候補を引き受けてお前との交流に僕も加わった頃にはもう彼女に興味も持っていたし惹かれていた
フィルはミーシャの事、特に何とも思っていないのだろう?
だったらさ……もうそろそろミーシャを解放してあげてほしい」
フィルジルは私室の寝台へ倒れ込み枕に顔を埋める。
あの後ルドルフとどう別れてどうここまで足を運んだのかよく覚えていなかった。
自分の従兄弟で幼馴染みであるルドルフが好きな子がいると言った。そしてそれは、自分も仲良くしているミーシャで……
フィルジルの心の中でなんだかわからないドロドロとした感覚が渦巻くのが自分自身でもわかった。しかしその理由がわからない。自分の仲の良い二人が遠い存在になったような、自分だけが取り残されているような……そして、それよりも大きく感じていたのは自分の大切なものを取られるかもしれないという初めて感じる焦りと怒りのような黒い気持ちであった。
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