第49話 重なる姿
学院の休日に自分の私室で自らの手でいれたお茶を口にし本を読みながらミーシャは休んでいた。
ティーカップが持ち上げられる音に気が付いたミーシャが視線をティーカップへ向けると自分が飲んでいたティーカップを口にしているジェドの姿が目に入った。
「ジェド様っ!?
それは、私が飲んでいたお茶です!」
「飲んではいけなかったのか?」
「いけないというか……人の口にしているカップを口にする事はあまり誉められる事では……」
「それは、人間界での常識であろう?
そんなのは俺は知らん
茶を飲みたいと思ったから飲んだだけだ」
「……ですが
お茶をお飲みになられたいのでしたら、新しい物をお淹れ致しますので……」
「別にお前の飲みかけでも冷めてもいないし、美味かったぞ?」
ジェドと話が噛み合わなく狼狽えるのも何回目だろうかとミーシャは苦笑いを浮かべた。
そういうジェドはミーシャが座っている椅子の横にある長椅子へ背を預け深く座った。
「こんな所をリアンに見られていたらまたあの子が怒っていましたね」
「あいつが怒ったところで俺は痛くも痒くもないがな?
仔犬がじゃれているようなものだ
まぁ、あいつのお前への接し方はまさに忠犬のようだがな」
「そんな事、リアンの前では仰有らないでくださいね
これ以上ジェド様へご無礼な態度をリアンがとるのはどうかと姉としても思っておりますので」
「だから、そう俺の事を特別扱いしなくとも良い
そういう所はリアンの方が聞き分けがいいな
ミーシャは頭が固い」
「そう言われましても……」
そう話しながらミーシャはジェドへ改めて淹れ直したお茶を差し出した。
「ミーシャの淹れてくれたお茶は精霊界に戻っている間は飲めなかったからな
有り難く頂こうか」
「精霊界をそんなに留守にしていらして大丈夫でしたのですか?
それに、またこんなにすぐ此方へ来られて……」
「精霊達には人間と違って争うもとになる嫉妬という感情がないからな
平和なものだ
俺が居なくとも特に問題などは起こらん」
「そうなのですか?
でも、争わず皆仲良く過ごせるなんて悪意などない世界なのでしょうね?」
「まぁ、精霊は自由な者が多いからな
時々規格外な者もいるが、争いにまでなることは稀だ
人間界のように日々何処かで他人と自分を比べ嫉妬し相手を害しようと考えている世界とは別世界だな」
ミーシャがそんなジェドの言葉に精霊界を想像しているような表情を向けた事にジェドはミーシャへ口を開く。
「そんなに精霊界が気になるのなら俺の元へ来るか?」
「えっ?
ジェド様の元?」
「こんな悪意に満ちた人間界よりも穏やかに過ごせるぞ?
それに、俺ならばお前に永遠の命を授ける事も出来るからお前がその魔力に怯えなくともよくなる
俺のものになるのなら永遠の命を授け精霊界の王妃となれるぞ?」
「なっ!? 何を仰有られているのですか!?
私がジェド様のものにって!?」
ジェドの突然の言葉に動揺が隠せないミーシャは狼狽えた。そんなミーシャの姿に笑みを浮かべたジェドはさらに言葉を続けた。
「そうだ、お前にとって悪い話ではないと思うぞ?
俺はお前の事を気に入っているからな、悪いようにはしない
自分の事に手一杯で余裕のない独り善がりなこの国の王子なんかよりもお前の望みなら何でも叶えてやる
あの王子はお前を守ると言いながら手放し、周囲から傷付けられていても知らぬ顔だそんな奴と俺を比べるまでもないと思うが──」
「今のお言葉を訂正なさってください!」
ジェドの言葉を遮りミーシャはジェドへ鋭い視線を向ける。
「ご無礼であろうとも、今のジェド様のお言葉は私は許す事が出来ません!
フィルは……フィルジル殿下は独り善がりな方などではございません!
ジェド様のように長く存在されて精霊王という威厳のあるお立場のお方からみればまだまだ言いたい所はあるかと思いますが、それでもフィルジル殿下は自分の力に慢心する事なく幾重も先を見据えて何事にも学ばれる事を疎かにされる事はありません
自分の自由な時間など殆ど持たずに必死に様々な事に取り組まれていらっしゃいました
そんな殿下へ今の言葉は侮辱でしかありません!
訂正なさってください!!」
ジェドの脳裏にはぼんやりと今自分に対して鋭い視線を向けるミーシャと被る者の姿が浮かんだ。
『──そんなことを言わないでください!!』
(……そうか俺が何故こんなにもこの娘の事が気にかかるのかと思ったら……)
「そういう真っ直ぐさと目が同じだからなのか……」
「え……?」
ジェドは立ち上がるとミーシャの横に立ちミーシャの頭に手を置くとポンポンと頭を撫でた。
「俺が失言をしたようだな?
お前をこんなにも怒らせるつもりはなかったのだが、さっきの王子への言葉は取り消す」
「ジェド……様……
ありがとうございます……ご無礼な言葉の数々申し訳ありませんでした」
ミーシャは立ち上がりジェドへ向かって深く頭を下げた。
「俺の言葉が悪かったのだ
ミーシャが謝る必要はないであろう?
だがな……」
「ジェド様?」
「あの王子の行動でお前が傷付いている事は事実だ
それは訂正しない
ミーシャ、お前はそれでいいのか?」
「それは……私も納得の上での行動なので……」
目線をそらそうとしたミーシャの顎にジェドは指をかけると自分の方へミーシャの顔を向け真っ直ぐミーシャの瞳を見詰めた。
「頭で納得していても、気持ちはついていけてないのだろう?
だから、そういう表情になるんだ
そんなお前を放っておく事は俺はしたくはない
それに、先程は王子へ対しての言葉にはあんなにも強く怒っていたのに、お前自身が傷つけられるような事である事は何故お前は受け入れているのだ?」
「………………」
「チッ……」
ジェドの言葉に黙り込んでしまうミーシャをもどかしく思いながらジェドは舌打ちするとミーシャを引き寄せ抱き締めた。
「ジェ、ジェド様っ!?」
「今日はこれ以上問い詰めはしない
だが、もうこれ以上我慢はするな
わかったか?」
「………はい……」
ジェドの胸は日だまりのような温かさがあった。
フィルジルに抱き締められた時とはまた違う感覚にミーシャは動揺がとまらなかった。
その時、ミーシャの私室の扉をノックする音が響きミーシャは身体を揺らす。
「姉上?
こちらにいらっしゃるとメイドから聞いたのですが入りますよ?」
ミーシャはジェドから離れようとするがジェドはそれを許さないというかのようにミーシャを抱き締めている腕に力を入れた。
「ジェ、ジェド様っ!!? お離しくださいっ!」
「嫌だと言ったら?」
「何の冗談ですか!?」
ニヤリと笑ったジェドの顔を見てミーシャはジェドがまた自分やリアンをからかっているのだと思ったが、ミーシャがジェドの腕から逃れる前にリアンがミーシャの私室の扉を開けた方が早かった。
「!!?」
二人の様子に一瞬固まったリアンが大声で叫んだのは直ぐであった。
「なっ!? 何をしているのですかっっっ!!?」
そのリアンの大声に笑みを深くしたジェドの顔を見たミーシャはやはりからかっていたのだなと思ったが、ジェドの言葉は何処までが本気の言葉で何処からがからかっていたのかわからず困惑し、「くっくっくっ」と笑うジェドの姿をミーシャはぼんやりと見詰めた。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
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このお話で今年の更新は一度休止とさせて頂きます。
次の更新は来年お正月が落ち着いた頃には開始したいと思っております。
今年は(令和元年)色々挑戦の年で、皆様の温かい応援に支えられました。本当にありがとうございました!来年も少しでも楽しめる作品を目指していきたいと思っています!
来年もどうぞ宜しくお願い致します。
皆様良い年をお過ごしください……
令和元年 12月30日 一ノ瀬 葵




