第48話 王太子の焦燥
学院の庭園の端にある人目につかないガゼボでは、フィルジルが項垂れていた。
その訳は目の前にいる人物が怒っているからであった。
「フィルっ!
貴方は自分の置かれている状況がわかっているの!?
人目につかないとはいえ学院のしかもこんな所で……
今までやってきた事を無にするつもり!?」
「いや……それは……」
「何?」
「反省しています……」
「もうっ!」
フィルジルは自分の為にこうして怒っているミーシャに笑みが溢れる。
そんなフィルジルの様子にミーシャは首を傾げる。
「フィル?」
「いや……手の届く所にお前がいる事で自分をコントロールできないなんて……覚悟が足りてないよな……
次からは気を付ける……
だけどさ、お前が俺の為にこうして今までのように怒ってくれる事が嬉しくて」
フィルジルはそう言うとミーシャの手を握る。そんなフィルジルの行動にミーシャの心臓は「トクン」と波打った。
「………私だって……
いけない事をしているって理解はしているけど、嫌だった訳じゃない……
寧ろ……」
「ミーシャ……
どれだけ慎重になっても足りないくらいな時期であるから、お前が怒って当然だ
俺はどれだけ余裕がないのだろうか……自分に呆れるよ
こんな俺だから……」
考え込むフィルジルに心配になるミーシャはある事を思い出した。
「あ……フィル
あのねフィルが以前話していた光の魔力の事で、少し認識が違う所があるって……」
「精霊王から聞いたのか?」
「え? うん、そうなのだけど……
私達よりもずっと長く存在している方であるし何か知っているかもしれないと思っていたら教えてくださったの」
「精霊王から知らされた事は俺に言わなくていい」
「え?」
「精霊王からも以前学院で初めて会った時に俺が見当違いをしていると忠告された
初めは何の事なのかよくわからなかった
だがそれは、俺自身で見付けなければならないんだ
そうでなければ、お前の父親の公爵だって納得をさせられないしな」
「フィル……」
「そろそろここを離れるよ
護衛達に偶然とはいえお前と一緒に居るところを見られてはいけないしな」
そう言いながらもフィルジルはなかなかミーシャの手を離す事が出来ないでいた。
「あのね……フィル
遅くなってしまったけれど、まだ直接お礼を言えてなかったから……」
「お礼?」
「沢山の綺麗な手袋をありがとう
毎日、どれを使おうか選ぶのが楽しみなのよ
それと、ミィも元気に過ごしているわ」
「いや……時間もなかったし、既製品を集めて選んで贈る事しか出来なかったから、お礼を言われるまでの事はしていないよ
ミィの事を頼むな
あいつ結構寂しがり屋なんだ、それに人見知りだし
だけど、ミーシャには懐いているから心配はしていないけどな」
「そっくりね……」
「え?」
「ううん
そろそろ、行った方がいいわ
私は……フィルの事を信じているから……」
「ミーシャ……」
フィルジルは名残惜しむかのようにミーシャの手を握っている自分の手に力を込め、ミーシャを引き寄せると耳許で囁いた。その言葉にミーシャの瞳が潤む。
「じゃあ」
「あ……」
ガゼボから離れるフィルジルの後ろ姿が見えなくなった時、ミーシャの瞳から涙が一粒零れ落ちていった。
『愛してる
誰よりもミーシャだけだ』
そんな言葉をフィルジルはミーシャの胸に残していった。
◇*◇*◇*◇*◇
王城の隠し通路でロウルが待っている場所へフィルジルが着くと二人である場所へ歩いていく。
「ルラン師団長
忙しい中、何度も時間を作ってくださりありがとうございます」
「いえ……陛下からも、殿下が納得するまで付き合ってほしいと頼まれておりますので」
フィルジルは目的地へ足を進める間、自分の推測で認識が違う事は何なのか考えていた。
(俺の推測が違うかもしれないと突き付けられて大きな焦燥感を感じた
何が違う? 妖魔が関わっているという事が見当違いなのか?
妖魔が関係していないなら……あの魅了の力はどう説明する?
………………そんな……まさか……)
書庫の封印をロウルと解き中に入った時、フィルジルはロウルへ問い掛けた。
「ルラン師団長は……黒魔術というものを実際に見た事はありますか?」
そんなフィルジルの問いに普段あまり表情を浮かべないロウルは顔をしかめる。
「黒魔術を使用する事は王国で禁じられておりますのでこの目では見たことはありませんが、禁術を使ったという罪で捕らえられた黒魔術を使用した者、そして黒魔術を使われた者は見たことがあります」
「黒魔術は禁術であり人を死に至らせる魔術と学んで知っていますが、死に至らせる以外にも人に対して影響を与える事はあるのですか?
…………例えば精神に異変を与えるだとか……?」
「ええ……相手を自分の思うままに操るような術もあるようです」
「っ!
やはり……光の魔力の保持者がその術を使っているという事は考えられるという事ですよね?」
「そう仰有られるかとは思っておりました
ですが、彼女にはないのですよ」
「………っ……」
(そうなんだ……だから俺はこの可能性にかなり早めに辿り着いたが、あれがあの女になかったからこの可能性を外したんだ)
「黒魔術を使う為には黒の魔力を保持しなければなりません
しかし、黒の魔力とは本来人間は保持していないものです」
「後天性的な魔力だという事は知っている」
「ええ、性質的には闇の魔力と似ているのかもしれません
ただ、闇の魔力は王族が引き継ぐ力を後世へ引き継がせる為に秘術を使って王族の子を宿す為の母体や子種に術をかけ自分の子どもへ与える力であり、その魔力の性質も本人を守る為の力であります
しかし、黒の魔力というのは人はその欠片さえも保持していなく本来存在しない力であり、さらにその力は相手を害する力であります
そして、その力をその者に与える為には闇の魔力のように黒の魔力をその者へかける為のある術を使わなければなりません」
(黒の魔力を保持するためにはある術を使いその術が完全にかかると黒の魔力を保持したという証明に紋章が保持者の身体に刻まれる)
「彼女への身体検査は適切にされたのですか?」
「ええ、3人の女性魔術師団員で見落としのないようにと
しかし、身体の何処にも黒の魔力の印らしき紋章は見当たりませんでした
印を消したような不自然な手術痕などもなく、彼女の力や水晶の輝きからも認めざるを得なかったのです」
(あの女の力が妖魔によるものなのか、黒の魔力によるものなのか、それとも本当の光の魔力の保持者なのか、疑惑ばかりが思い浮かぶばかりで確実なものを掴めない……クソッ……)
確実なものを掴めずフィルジルは焦燥感が募るばかりであった。
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