第47話 王太子の後悔
テラス席で笑顔を見せるミーシャの姿をフィルジルは無表情で眺めており、自分の隣にいる自分達を囲む子息達へ笑顔を振り撒いているキャロルには全く目を向ける事もなかった。
そんなフィルジルの様子を不安気にルドルフは見ていた。
「キャロル嬢申し訳ないが執務があるので残りの休憩時間はここを離れさせてもらうよ」
「え? でしたら私も何かお手伝いしましょうか?
確か、ミーシャ様はいつもお茶汲みをしていたと聞きました」
「いや……今のところはいらないよ
申し出だけ有り難く頂いておく
貴女はここでゆっくり休んでいてください」
「そうなんですか?
何かあったら言ってくださいね!
私はフィル様の婚約者ですから」
フィルジルが作った笑みを向けその場を離れるのをルドルフも後を追う。いつもであれば執務室へ向かう途中に何かしらの会話をルドルフと交わすのにフィルジルは一言も発する事もなく執務室内でもずっとそんな様子であった。
フィルジルは元々感情の起伏が大きく、人前で作っている仮面をかぶっていても付き合いの長いルドルフには感情の起伏が僅かな表情の揺れで気付けていたが、今のフィルジルは全く感情を読み取る事が出来なかった。
しかし、食堂のテラス席でのミーシャ達の様子をフィルジルが見ていた事からも機嫌が良い訳がない事はわかっていた。
「フィル……大丈夫?」
「何がだ?」
「何がって……あまり機嫌が良くないだろう?」
「どうして機嫌が悪いと思う?」
「それは……食堂でミーシャと精霊王の様子を見ていたから……」
「余計な事を気にしないで目の前の片付けなければならない事に集中しろ」
「余計なって……一応王太子の心身の状態も把握する任を僕は請け負っているから……」
「だったら、お前があの二人の間に入ると言うのか?」
「え?」
「王太子と表向きもう無関係だとされている令嬢の行動に王太子の側近が口を挟むと?」
「フィル……?」
「しかも、相手は国王よりも尊重されるべき存在である精霊王だ
どう、口を挟むんだ?」
フィルジルは表情を変えずルドルフを見据えた。
───何故俺はミーシャとの関係に胡座をかいていたのだろうか?
正妃の印を刻めばミーシャを自分へ確実に縛り付けられると何故安心していたのであろうか?
何故こんな脆くて危うい関係である事を深く認識していなかったのだろうか?
ミーシャを目の前で奪われるかもしれないという現状を見せつけられて初めて気付かされるなんて愚かでしかない……
フィルジルはジェドのミーシャへの接し方に焦りを感じ、自分自身の甘い考えと愚かな行動に強烈な怒りと後悔を感じていた。
キャロルとの婚約を受け入れる前にもっと出来た事があったのではないか、足掻けば何かが変わっていたのかもしれないと今更考えても変わる事のない過去の自分の結論に憤りばかりを感じた。
フィルジル自身精霊王がミーシャへ近付くなど思いもよらなかったからだ。
「それじゃあ、あんなふうに精霊王だとしても他の男がミーシャへ近付いてもフィルは許すのか?」
───ゾワッ……
そんな問い掛けの言葉をルドルフがフィルジルへ発した瞬間、フィルジルの神経を逆撫でしたかのような殺気をルドルフは感じた。
──ピシッ……!
そして、フィルジルの前に置かれていたティーカップにヒビが入った。それは一瞬フィルジルの魔力がコントロールされずに漏れ出たからであった。
フィルジルの思考は黒く染まる……
(許す?
俺でない男がミーシャに触れて?
あんなミーシャの表情を俺以外の男が見る事を許す?
誰であろうが絶対に許せる訳がない……)
そんな思考が思い浮かんだ時、フィルジルには渇いた笑みが浮かんだ。
(俺の勝手でミーシャを振り回しておいて、なんて自己中心的で傲慢な考えなのだろうな
俺はミーシャに辛い表情しかさせられないというのに)
まだ僅かに残っていた冷静に考えられる思考と感情がコントロール出来ない怒りの狭間でフィルジルは複雑な心境にかられた。
◇*◇*◇*◇*◇
フィルジルは魔術師団長であるロウルと一緒にでしか封印を解く事の出来ない禁書の書庫へ何度も足を運んでいた。
ジェドに言われた言葉に引っ掛かりを覚え自分が何を見落としているのか、どんな事が見当違いなのかを調べる為であったが、壁に阻まれるかのように、フィルジルが求めているような答えは何も見つかってはいなかった。
フィルジルは学院で一人になりたいと思う時に足を運ぶ場所があった。他の場所では何処に居てもキャロルが側に寄ってくるし、執務室でも基本的にはルドルフが一緒で一人になれなかったからだ。今のモヤモヤとした心境ではフィルジルは一人になりたかった。
護衛などに離れた場所に居る事を指示し其処へ向かう。
周りを背の高い生け垣に囲まれたガゼボで周りからは死角になり中に誰が居るのかわからなく、学院の庭園の端にありひっそりとした少し寂しげな場所で他の華やかな場所を好む貴族の子息令嬢である生徒達は近寄る事のない場所であった。フィルジルが其処に足を踏み入れようとした時に珍しく先客がいた。自分しか知らないと思っていた場所を他の者も知っていた事に一瞬残念に思ったフィルジルはその先客の姿に息を飲む。
「ミーシャ……?」
「え……? フィル……」
思わずフィルジルの事を以前と同じ愛称で呼んでしまったミーシャは口許を押さえる。
「も、申し訳あり……ません……」
「いいんだ
以前のように振る舞って構わない
今、俺は一人であるし、ここは誰も来ないから」
「だけど……こんな所を誰かに見られたら……」
「恐らく大丈夫だと思う
ここに誰かが居る所を見たのは今日が初めてだ
偶然ここを見付けて、何時も一人になりたい時にここに俺は来ていたんだ」
「私も……偶然ここを見付けて……」
久しぶりのミーシャとの普通の会話にフィルジルの表情が緩む。
「精霊王の事は父上に少し聞いたが……
今日は精霊王は? 学院でみかけなかったが……」
「精霊界で調べたい事があるから一度戻るって……」
「そうか……
だから、一人でここに?
リアンも共にせずに?」
「うん……少し一人でゆっくり考えたいなって思っていたの」
フィルジルは久しぶりに触れられる距離にいるミーシャに気持ちが押さえられなかった。
ミーシャの手を取り自分の唇を寄せる。そんなフィルジルの行為にミーシャの身体がピクッと震えた。
二人の視線が絡みフィルジルはミーシャを抱き寄せ、二人の距離が近付くとフィルジルは唇を重ねる。何度も啄むような口付けから次第に深くなっていく口付けにミーシャはこんな場所で誰かに見られたら大変な事になるとフィルジルの胸を押す。
「………っ……フィ、ル……こんな所で駄……んっ───」
フィルジルはミーシャにその続きを言わせないかのように指を絡め手を握り、後頭部に手を添えて再度唇を塞いだ。
(触れたくて触れたくて堪らなかった
自分の余裕の無さに呆れるぐらい……
このままミーシャを離したくない
ずっと……)
唇が離れるとフィルジルの腕の中で荒くなった息を整えるミーシャをフィルジルは逃がさないかというように抱き締めた。
フィルジルの頭の中ではあの時これ以外ないと思っていた自分の決断が愚かな決断だったと感じ悔しくて仕方がなかった。
何故こんなにも愛しい存在を一時的に振りだとしても手放すような真似をしているのだろうかと憤りしか感じられなかった。
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