第45話 挑発
フェンデル家の馬車内にはなんともいえない空気が漂っていた。
執事として学院に付いてきたジェドは手足を組み悠然と座席に座っており、その隣でリアンは不満気な表情を隠す素振りも見せていない。そしてそんな二人の向い側に座っているミーシャは学院で何も起きませんようにと祈っていた。
馬車が学院へ到着し、御者が扉を開けてもジェドが動かずリアンが口を開く。
「本来執事が先に降りて主の降車の補助を行うのが執事の仕事なのですけどね?
そもそも、主と同じように馬車内でそうも悠然と座っている執事なんて見たこともないですけど」
リアンは相手が精霊王であるのにも関わらず思った事をずばずばと言葉にする姿にミーシャは狼狽える。
(リ、リアン……リアンは強靭な心臓を持ち合わせているのね……というか……怖いもの知らずとも言うけれど……)
「姉上なんですか?」
「えっ!? あ……その……ジェド様は……執事として私達に付いてくるといったけれど、それは振りで……
ジェド様は……精霊王……」
「昨日、この人から思った事をはっきり言葉にしろと言われたのですから、言葉にしただけであります
それが、不敬であるならそう仰有ってください精霊王?」
「そういう、畏れない態度は嫌いではないぞ
確かに俺が言った事だしな
それにあまり媚び諂われるのも好まない
着いたのなら降りるとするか」
そういうと、ジェドは馬車を降りそしてミーシャが続いて降りようとするとミーシャに向かってジェドが手を差し出した。
そんなジェドの行動にミーシャはジェドを見詰めてしまう。
「リアンが言っていた事を実行したまでだ」
「あの……ありがとうございます……」
ジェドはミーシャだけに手を貸し、リアンには手を出さなかった事にリアンはイラッとする。
そんな自由気ままなジェドが物珍しそうに辺りを見ている時、馬車の降車場でミーシャの知っている声が聴こえてきた。
「フィル様おはようございます!
今日は朝からお会い出来て嬉しいです!
昨日は素敵なお式でしたね」
「キャロル嬢おはよう」
その声は学院に到着したフィルジルへ先に到着していたキャロルが声をかけている声であった。
「あ、ミーシャ様ではないですか!
おはようございます!」
ミーシャは口を引き結びグッと力を入れ気持ちを落ち着かせてから、ゆっくりと振り向くと綺麗な淑女の礼を二人へとった。
「王太子殿下並びにキャロル様おはようございます」
「ミーシャ様体調は大丈夫なんですか?
昨日は残念でした、体調を崩されたとの事で婚約式を欠席されていましたよね?
ミーシャ様にも見て欲しかったです!
王国の皆さんが沢山祝福してくれてとっても素敵なお式だったのですよ」
「……大切なお式を欠席してしまったご無礼お許しください
無事滞りなく婚約式が執り行われた事、遅くなりましたが祝福申し上げます」
「でも、ミーシャ様は残念でしたよね、あんな素敵な婚約式が反対されて出来なかったなんて」
「キャロル嬢それは──」
「この娘か? 光の魔力の保持者というは」
キャロルのミーシャに対してのあまりに気持ちを考えていない発言にフィルジルが思わず窘めようとした時そのフィルジルの言葉に被せて言葉が発せられた。
「ジェ……ド……様……?」
「成る程……」
「あなた誰ですか?
突然失礼じゃないですか!?」
自分の言葉を遮りジロジロ見てくるジェドに少し機嫌を悪くしたキャロルがジェドにいい募る姿を余所に目の前の存在に見覚えのあったフィルジルは驚きを隠せなかった。
「失礼なのはどっちだ?
無知な振りをして他人の触れて欲しくない傷を抉って楽しいか?
そんな自分の態度もわからぬようなら、随分頭の悪い娘だな
そんな頭の悪さで王太子の妃などになれるのか?」
「なっ!?」
ジェドはフィルジルの前でミーシャの腰を自分の方へ引き寄せた事にフィルジルが僅かに眉を寄せた事を見逃さなかった。
「それと、王子
見当違いから、本当に必要で守るべきものを自ら取り零して後から後悔しても遅い事を伝えておこう」
「……どういう意味でありましょうか?」
「さあ? 己で気が付かない者には渡したくはないな
俺も気に入ってしまったのでな」
「っ!!?」
ジェドが云わんとしている事を察したフィルジルは怒りが沸き起こる。そんなフィルジルに構わずジェドはミーシャの耳許で囁いた。
「ミーシャ、学院とやらを案内してくれ」
「あの、は、はい……
王太子殿下並びにキャロル様、お先に失礼致します」
もう一度ミーシャは淑女の礼をフィルジル達へとると、ジェドはミーシャの腕を掴み引っ張っていった。その後をリアンもフィルジル達へ礼をとった後追っていく。
そんな姿を見ていたフィルジルの強く握った拳は震えが止まらなかった。
「何なんですか!? あの失礼な人は!
それに、随分ミーシャ様と仲が宜しいのですね!」
自分の横で話すキャロルの声などフィルジルの耳には届かない程、フィルジルの胸中はドロドロとした黒い感情が涌き出てくる事がフィルジル自身もわかった。
(忘れもしない……幼い俺達の記憶を封印した存在……そして、また俺達の記憶の封印を解いたこの王国の魔力へ加護を与えてくれている精霊の頂点に位置している存在……精霊王
何だあの言葉は……?
何故ミーシャにあのように馴れ馴れしく触れる!?)
ミーシャを引っ張ってズンズンと足を進めるジェドの早さにミーシャは付いて行く事が必死で息も上がりジェドに声をかける。
「ジェド様、待ってください!
足が……」
「ん? ああ……悪いな俺の早さで歩いてしまって」
「い、いえ……あ、あの……先程はどうしてあのような事を殿下に……」
「ん? あれか……なんというか愚かな選択を選ぶ奴だなと思ったからな」
「?」
ジェドの言っている意味がわからず首を傾げたミーシャに笑みを溢したジェドはミーシャの頭を撫でた。
「まだ、お前はわからなくとも良い」
「ジェド様……?」
ここまで読んで頂きありがとうございます!
精霊王が……ジェドが暴走してすみません……
恐らくこのまま彼は暴走し続けると……作者にも制御不能になりそうな予感であります。
初めはこんなポジションにする予定でなかったのに……




