第42話 言伝て
ミーシャがぼんやりと目蓋をあけるとそこは以前にも学院で倒れた時に運ばれた医務室であった。以前は傍にずっとフィルジルが付き添ってくれていた事を思い出す。
ミーシャが人の気配を感じて目線を動かすとそこにいたのはルドルフであった。
「ルドルフ? どうして貴方が……リアンは?」
「もう、午後の講義が始まるからと渋るリアンを説得して教室へ戻らせた
僕は……午後は武術の授業だったからさぼる口実かな?」
「さぼるって……ルドルフ貴方は別に武術が不得意な訳ではないでしょう?」
「不得意ではないけど、好き好んで汗をかきたいとは思わないからね
それで? 気分はどう?」
「あ……うん……さっきよりは随分楽になったわ
それよりも、私の傍にいても大丈夫なの?
怪しまれるんじゃ……」
「彼女の傍には今はフィルが居るわけだし、それに今の時間の講義は令嬢方と一緒ではないからそんなに怪しまれはしないよ
周知後直ぐの今日は無理して学院へ来なくても良かったのではない?」
「今日行かなかったら、きっとずっと学院に行けなくなっていたと思うから……
覚悟はしていたつもりだったけれど……私もまだまだね……」
ルドルフはミーシャの手をとり手袋を外した。
「ルドルフ!?」
「本当に……刻んだんだ……
あいつの執念深さはすごいね
婚姻を結ぶ前に秘術を使うなんてさ
リアンはこの事に物凄く納得いっていないようだったけどね?
フィルへの不満をここにいる間ずっと僕へ言っていたよ
僕もリアンに同意見だけど……フィルの立場だったら僕はどうしたのだろうかな……」
「………………」
「本当の事を言うと、ミーシャの様子を見てきて欲しいってフィルに頼まれたんだよ
フィルに頼まれなくても、僕はここへ来るつもりだったけどね?」
「フィルが……?」
「あいつ、人前では粗なんか絶対に出さずに完璧に仮面を被るくせに、ミーシャの事になったら動揺を隠しきれていないでさ、まだミーシャを囲っているってすぐ周りに知れるのではないの?って思うくらいだよ
あいつに……何か伝えておく?」
「えっ? で、でも……」
「言伝てくらいいいんじゃない?
僕はフィルみたいに顔に出るような事はしないし」
「ルドルフ……あの……以前ルドルフから伝えてもらった言葉……」
「ああ……フィルに先にここまでされちゃうとね……
僕は諦めた訳ではないんだけどさ……でも……ミーシャの気持ちもわかっているから今は複雑な気分かな……
でもさ、僕がフィルに完敗したと思えるのはフィルとミーシャの正婚式だろうから……それまでは諦めないよ
それで? フィルへの言伝てはどうする?」
ルドルフなりの自分へ向けての応援に朝から沈みきっていたミーシャの心は温かさをほんのりと感じた。
「ルドルフ……ごめんなさい……そして、ありがとう……
フィルへは───」
学院内の執務室で講義後執務に取り掛かっていたフィルジルは執務室内へ入ってきたルドルフに目を向けた。
不安気な様子のフィルジルへ、ルドルフは口を開く。
「ミーシャは午後の講義の途中くらいの時間に目を覚まして、僕と少し話をした後医務室へ来たリアンと一緒に公爵邸へ帰宅したよ
顔色も僅かだけど良くはなっていたかな」
「そうか……」
「そんなので、卒業まで持つの?」
「………ああ」
「ミーシャにあんな想いをさせて?」
「………………」
「やっぱり、フィルは王子気質だよね?
自分の欲を優先させるんだからね」
「………………
それでも、俺はあいつを手放してやる事が出来ないんだ……」
「そう……
ここで、弱気な事を言ったら正妃の印があろうが、ミーシャの事を僕が奪ってやったよ」
「ルドルフ……」
「しっかりやりなよ!
ミーシャにあそまで負担をかけているんだからさ」
「わかっている」
「後、ミーシャからの言伝てだけど……」
「え?」
「『私はフィルの気持ちを信じているから、フィルは自分の進むべき道を進んでほしい
そしてフィルの事を王国の民は必要としているのだから自分の身の危険を顧みない事は絶対にしないで』だって
ミーシャらしいよね、人の事ばっかりでさ」
「そうか……伝えてくれてありがとう」
フィルジルはミーシャからの言伝てを噛み締めフィルジルの瞳にはまた力強い光が点った。
◇*◇*◇*◇*◇
月日が少し過ぎてフィルジルとキャロルとの婚約式が盛大に執り行われた。
王太子と数百年ぶりに現れた光の魔力の保持者との婚約は国民の興味を引き大いに祝福された。
式には王国中の貴族達も年齢を問わず招待され、それはフェンデル公爵家も同じで家格的にも欠席は許されなかったが、ミーシャは国王の口添えもあり出席せずにすんだ。
屋敷で他の家族がいない中、自分の私室でぼんやりとしていたミーシャは人の気配を感じ顔を上げるとそこには精霊王と呼ばれていた存在の姿があった。
「え……?
あ、あの……精霊王……でありますか……?」
「ああ、久しいな」
(えっ!? どうしてこんな所に精霊王が??
人間の前には殆んど姿を見せないんじゃ!?)
「お前の生気があまり強さを感じなかったからな、それで姿を見に来たまでだ」
「私の?
あ、あの……王城と違って大したお構いが出来ないのですが……
その……良かったらお茶をお飲みになりませんか?」
「茶? いいだろう……お前が用意するなら飲んでいこうか」
(………って! ……私……精霊王っていうとんでもない存在に何、お茶なんかを勧めて……
でも、何もおもてなししない訳にもいかないし……)
精霊王はミーシャの私室にあるテーブルセットの椅子に深く座り足を組む。
王というだけあり威厳や貫禄をミーシャは物凄く感じた。
精霊王を他の使用人の目に触れさせる訳にもいかず、自分の部屋に置いてあるミーシャの趣味で好きな時間にお茶を入れて飲む為のティーセットに用意したお湯でお茶を入れて精霊王へ差し出した。
「ほお、人間界のお茶は何度か飲んだ事があるが、なかなか美味いな」
「あ、ありがとうございます精霊王」
「精霊王というのは俺の名ではない
特別に俺を名で呼ぶ許可をやろう」
「えっ!? そんな、畏れ多いです」
(何を言っているの!? この人は!?)
「俺の名前はジェドという、呼んでみろ」
「へっ!? い、いえ……私のような身分の者が精霊王の事を名前でなんて……」
「いいからつべこべ言わずに呼べ」
精霊王から強い口調で言われ、断ることも出来なくなったミーシャは意を決して精霊王の名前を口にすることにした。
「あ……あの……ジェド様……」
「……まあ、いいだろう
それで、王子はどうした?」
「えっ!? あ……王太子殿下は本日は王城で王太子殿下の婚約式を執り行っております……」
「婚約式? お前はその場にいなくともいいのか? 婚約者だと言っていたのではないのか?」
「あの……王太子殿下のお相手に選ばれたのは私ではない方で……」
(改めて自分の口から言うと辛い……)
「お前達はお互いを望んだのではないのか?
記憶を戻す為の鍵を開ける為の条件でもあったが……」
「王国のしきたりと重役達の考えもあって、そのような事に……」
「ああ、人間の下らない煩わしさというものだな」
その時、ミーシャの脳裏には建国王と共に魔王を封印したという目の前にいる精霊王という存在は光の魔力や妖魔について何か知っているのではないだろうかという考えが浮かんだ。
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