第40話 求婚
フィルジルの話しにヴィンセントは少し考え口を開く。
「それは、お前が一人で調べたのか?
他に知る者は?」
「王族と婚姻した光の魔力の保持者の事と、妖魔については俺一人で調べた事で、俺の他に知っている者は今ここにいる人間だけでルドルフも知りません
ルドルフには現在ストゥラーロ嬢の周りの動きを調べてもらっています
彼女の周りには王家と対立を見せている革新派だとされている貴族の子息ばかりが集まっているようで、以前ミーシャに危害を加えようと賊を使った子息のイェーガー侯爵家はその筆頭です
そして、さらにルドルフとミーシャの弟であるリアンにも彼女は声を掛けてきただけでなく魅了の力を使用したそうですが、二人とも闇の魔力を保持していたので魅了の力はかかっておりません
リアンは警戒心が働き彼女にその後近寄っていなく、ルドルフは反対にそれを利用し彼女の周りを探っています
それを考えても今回の動きの早さは妖魔と関係がなくても光の魔力を利用しようとした大きな力が働き国王派への何かしらの動きと王家への謀反も含まれているのではないかという疑念を感じています」
「革新派の動きはこちらも警戒をしていて疑念も持っている……
それで、お前はこれからどう動こうと考えているのだ?」
「先程も、お話したようにストゥラーロ嬢との婚約は受け入れます
王族の婚約期間は慣例として少なくとも一年以上は必要です
現在俺たちは学院で学んでいる事と成人していない事も考えて婚約から婚姻へ話が進むのは俺たちが卒業した頃でしょう
それまでに、決定付けるものを揃えたいと思います
だから、ミーシャとは正式な婚約解消は行いたくありません
ストゥラーロ嬢と婚約した事で学院などでも俺とミーシャが親しく関わっていない姿を見せていけば、ミーシャとの婚約を水面下で続けていても目を向けられないのではと思っています
今回の御前会議で決められたのはストゥラーロ嬢との婚約だけで、ミーシャと婚約解消は求められてはいないのですよね?」
「それはそうだが、そう上手くはいかないかもしれないぞ」
「万が一、問題になればその時は一時的な婚約解消を受け入れざるをえませんが……」
思案顔の大人達を余所にフィルジルはミーシャへ顔を向けた。
そして、ミーシャの唇へ指をあてると、その部分が柔らかな温もりがあてられているような感覚をミーシャは感じた。
「俺の勝手な行動で、お前の身体に傷を付けて痛い思いをさせて悪かった」
それは、フィルジルが使える治癒魔法でミーシャの唇の傷は消えていく。
「だが、この印をお前に刻んだ事は後悔はしていない
ただ、順番が変わってしまった事は悔しいが……それでも伝えさせてほしい」
フィルジルは椅子から立ち上がるとミーシャの前で跪き、ミーシャの正妃の印が印されている手をとった。
「ミーシャ・フェンデル嬢、貴女の背負う重責は多大なものになると思うが貴女を生涯支え守っていくとフィルジル・ローディエンストックは誓う
俺の妃に相応しいのはミーシャしかいない、だから生涯を俺と共に一緒に歩んでいってほしい」
ミーシャの印にフィルジルは口付けを落とした時、ミーシャの瞳から涙が一粒零れ落ちていった。
「これから、演技とはいえ俺の振る舞い方でミーシャには辛い思いをさせるかもしれない
勝手な事を言っているのは理解している
だけど、俺が本当に想っているのはミーシャだけであるから
だから信じて待っていてほしい
全てを片付けて、ミーシャを正妃として迎えに行くから」
ミーシャの瞳からは涙が幾つも流れ落ちる事をミーシャは止める事が出来なかった。
ミーシャは一度はフィルジルと離れる事を覚悟したのにも関わらず、フィルジルがここまでして自分を繋ぎ止めてくれた事にフィルジルの傍から離れる怖さと辛さを改めて感じたのだ。
「……ぅっ……フィル……っ……フィ……ル……」
ミーシャの口からは言葉にならない嗚咽とフィルジルの名前しか出てこなかった。そんなミーシャの様子を辛そうな表情を浮かべたフィルジルがそっと抱き締める。ポロポロと涙を溢しているミーシャを抱き締めながら顔を上げユリウスへフィルジルは顔を向けた。
「フェンデル公爵、俺の行動は王侯貴族としては手順も踏まず自分勝手に事を進め咎められるような行動ばかりである事は理解しています
しかし、ミーシャだけは絶対に諦められません
必ず公爵に認めて頂けるよう全ての条件を揃えますので
もう少しだけ見守っては頂けませんか?」
ユリウスへ頭を下げたフィルジルへユリウスは厳しい視線を向け口を開く。
「不敬だと言われてもたとえ殿下でも娘を傷付ける事があれば私は許す事が出来ません
ただ、この子は物分かりが良すぎて何でも自分の事を後回しにしてしまう面があります
そんなこの子が自分の意思を曲げなかったのは殿下との婚約解消を受け入れる代わりに殿下以外の元へは嫁ぎたくないという考えでした
親馬鹿な考えだとは自分でも思いますが……
私が目をつぶり待てるのは娘や殿下が学院を卒業するその日までです」
「ありがとうございます
必ずそれまでに全てを明らかにさせます」
「………それと殿下……
殿下と娘は水面下とはいえまだ婚約者という間柄であり、節度を持って娘には接して頂きたい
婚姻前の令嬢にそう密着する事は如何かと思います……しかも父親の前であります
さらに私は、秘術を使う為とはいえその時に殿下が娘になさった事はずっと覚えておきますので、殿下もその事をよく覚えておきお考えください」
そんな射抜くようなユリウスの視線と言葉にフィルジルは言葉をなかなか発する事が出来なく、ミーシャを抱き締めていた手を僅かに緩めた。そんなフィルジルへミーシャが涙で潤んだ瞳を向けた姿にフィルジルは困ったかのような表情でミーシャの頬に零れた涙を親指で拭った。
「俺はお前の泣いている姿よりも、俺の事を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた姿の方が落ち着く」
「なっ!?」
今の雰囲気を壊すかのようなフィルジルの失礼な言葉にミーシャは涙も引っ込み言い返してしまう。
「小馬鹿になんて私はしてないわ!
人を意地悪しているみたいに言わないでよ!」
「いや……悪い意味で言った訳じゃない
昔からお前は俺の悪い所を指摘しながらも受け入れてくれていた事に俺は居心地が良かったんだ
素直に言えない俺が悪いが……お前の笑顔が見たいんだよ……悪い」
「………そんなのわかってる……昔からフィルは意地をはって素直な言葉を言う事が苦手だって……
それでも、こうして沢山フィルの本当の気持ちを伝えてくれて私は嬉しかった
だから信じて待ってるわ、フィルが迎えにくる日を」
笑顔で伝えてくれたミーシャの言葉にフィルジルは嬉しくなり、ミーシャの額へ口付けを思わず落としてしまうと、横からユリウスの咳払いと射抜くような視線をフィルジルは感じた。
そんな様子にヴィンセントも口を開く。
「やり方は誉められたものではなかったけれどフィル、お前の手腕を見せてもらうよ
ユリウスの許しも出たようだしね」
ヴィンセントの言葉にフィルジルは「わかりました」と頷き、またミーシャへ目を向けた。
「ミーシャ、俺が全てを明らかにするまでその印はお前の身の安全の為にも隠しておいて欲しい
勝手に印を刻んだ俺が言う事ではないけどな……
それと暫く、学院や王城で会っても俺はお前と話す事はもちろん関わる事も控える
それともう一つミーシャに頼みがあるんだ───」
暫く五人で今後の事を話した後、ミーシャとユリウスは馬車で公爵邸への帰途についた。
馬車の中でミーシャはユリウスへ言葉を掛ける。
「お父様、先程はお父様が難しい立場になるとわかっていても私達の事を見守ってくださると仰有ってくださりありがとうございます」
「私はとくに何もしてはいないよ
後は殿下の手腕次第であるからな」
「屋敷へ戻ったら、お母様やリアンはこの印の事、驚かれてしまいますね」
「ルーシェは恐らく良い反応をするかと思うが、リアンは……殿下へ向ける視線が暫く刺々しいものに変わるだろうな……」
「そうですね……」
ユリウスの言葉に苦笑いを浮かべたミーシャはフィルジルの伝えてくれた想いと共に示してくれた行動に温かく嬉しい気持ちになりながらも、これからの苦難を考えると不安も大きく様々な気持ちが交錯していった。
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