第4話 王子との約束
フィルジルとのやり取りの話をヴィンセントはユリウスに話した。
「──と、いう訳なんだよ……」
「それは、殿下はミーシャを婚約者にしたいから名前を出した訳ではないという事なのか!?」
「う~ん……それは、何とも言えないけど……
でも、まぁ……暫くは妃候補のままで、成人する十八歳までに婚約者を確定するような流れにはなると思うから……それまでにあそこまでフィルも言ったのだから自分の婚約者をしっかりと見付けるだろうとは思うよ」
ミーシャは国王と父親の話を聞いて、王子の素顔を知ってしまった自分だからフィルジルは自分の名前を出したのだろうかとぼんやりと考えていた。
そんなミーシャに王妃が声を掛ける。
「ミーシャちゃん突然のお話でごめんなさいね
でも、フィルが同じ年頃のご令嬢の名前を直接出すだなんて本当に珍しくて私達も驚いたのよ
幼い頃以来だったから…嬉しくも感じてしまって……
あなたのお父上のフェンデル公爵様との約束もあったのだけれど……私達はフィルの気持ちも尊重したくて……あなたが嫌でなければ妃候補という名目ではあるけれどフィルのお友達としてこれから王城へ遊びに来てもらえないかしら?」
穏やかな笑みを浮かべた王妃はとても美しい容貌をしておりフィルジルの天使のような姿は母親譲りなのだとミーシャでもすぐわかった。そして王妃の笑顔はミーシャが違和感を感じる事がない自然なものであった。
「あの……」
「ミーシャはどうしたいの?」
側にいたルーシェからも問われる。
「お母様……
あの……王妃様……可能であればフィルジル殿下と少しお話をさせて頂く事はできますか?」
「それは、もちろん!
もう少しでフィルもこちらへやってくると思うから二人でゆっくりとお話するといいわ」
それから間もなくしてフィルジルが応接室を訪れ、両親達は自分達は場所を移動すると話し、応接室にはフィルジルとミーシャの二人きりとなった。
「………陛下や王妃様からは話を聞きました
私の名前を出したのって……この間の私の行動のせいなのですか?」
「別に……この間の事を根に持っていた訳ではないけど……この間の話を出せばお前が断らないかと思ったのは本音だ……
………婚約者や側近候補を選ぶお茶会だとか煩わしかったんだよ……
誰か選んだらその煩わしさから逃れられるって思ったんだ……
それに……お前は俺の仮面を被った姿でない素の姿を知っているし……」
「………要は、私を盾にして面倒事から逃げたって事ですよね?」
「…………だったら……なんなんだよ……」
気まずそうに答えるフィルジルにミーシャはやっぱり目の前のこの人は性格に難はあるけど悪い人間ではないのだなと思う。本人の立場であれば命令すれば通る話であるのにも関わらず言わなくてもバレない本当の理由をボソボソと話し出す姿にさっきまでモヤモヤしていた気持ちも薄れてきていた。
「私の事……嫌いなんじゃないのですか?」
その言葉に顔を上げたフィルジルはミーシャを見据える。
「癇に触る事を言う失礼な奴だとは思うけど、別に嫌いじゃねぇよ……
お前の方こそ……」
そんな意地をはった言葉になんとも素直じゃないなとミーシャは思ったが、ミーシャ自身もフィルジルの言葉や態度にはイラッとはするが、別にフィルジル自身を嫌いな訳ではないとは思った。そして、一つの事を決める。
「殿下には木から落ちた時に助けて頂いた恩もありますから…不本意ではありますけど協力しますよ
貴方が本当の婚約者を見付けるまで妃候補としてこちらへ登城致します
その代わりとは言ったらなんですが……殿下の婚約者が決まったら何か私の言うことを一つ聞いてくださいね」
そんなミーシャの言葉に少し呆けた表情を浮かべたフィルジルは目線を外し、言葉を発した。
「本気か?ってか言うこと聞けってどんな事だよ?」
「私もこの間の態度の反省をしたんです……言う事といってもそんな大層なことではなくて……あ、じゃあ封印具が外れたら殿下の魔力を全種類見せてください!
嫌なら断りますけど……」
「……別に嫌じゃねぇよ!
……そんな事でいいなら何時でも見せてやる!交渉成立だな………」
「また……そういう──」
「ありがとう………」
小声でボソッと言ったフィルジルの言葉にミーシャは呆れた顔をしながらもどこまでも素直じゃないのだからと思う。
そして、フィルジルがあんなにも隙のない理想的王子の仮面を被っている訳をもしかしたらいつかわかるのかもとぼんやりと思った。
ミーシャがどうして王子の全種類の魔力を見る事が条件と言ったのか…それには特別な理由はなく、無条件で妃候補になると言うのは癪に触るし、かといって断るのも目の前の素直じゃない王子には気の毒だなという小さな同情心からであった。その選択がミーシャの運命を変えるとはこの時のミーシャは思いもしなかった。
この日からミーシャの妃候補としての生活が始まったのだ。
妃候補とはいえ、ミーシャには妃教育を受ける事が義務付けられた。
ミーシャ自身妃教育の過酷さはフィルジルと妃候補になる約束をした時には全く知らなかったが、そんな過酷さよりもミーシャが一番苦手としている事が自動的に待っていた。
沢山の他人と関わる事がミーシャにとって、とても苦手な事であった。
世間には知られていないが、ミーシャの特性とも言うような他人の内面の感情を察知してしまう力がミーシャの精神を苦しめていたからだ。
これでも幼い頃よりは少しはマシにはなってはいた。他人の深い感情までよみとる前にその人間から離れるという術を覚えそれを行動に移す事ができるような年齢になったからだ。
それが出来なかった幼い頃は真面に他人の裏の醜い感情を読み取り何度も具合が悪くなっていた。
そんなミーシャの特性を両親のフェンデル公爵夫妻は知っておりなるべく悪意ある他人からミーシャを遠ざけていた。少しずつその力をコントロール出来るようになってきた時にこの妃候補問題は起こった。だから父親であるユリウスはあんなにも憤り、そして心配したのだ。ミーシャが自分から妃候補を受け入れた事に初めはユリウスは反対であったが、これから社交界へデビューを控えこのままでは良くないから慣れる為の機会にしたいというミーシャの言葉にしぶしぶユリウスは了承した。
ミーシャにとって家族や公爵家の使用人以外で国王夫妻やフィルジルと関わっても自分の体調が悪くならないのはとても珍しい事であった。
そして、ミーシャはユリウスにこの特性の事は国王には伝えたとしてもフィルジルには伝えないで欲しいと願った。他人からしたら気持ちの悪い特性だとミーシャ自身理解していたからだ。
誰しも自分の内面の感情なんて知られたくはないはずだからと……
ここまで読んで頂きありがとうございます!
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作者の覚書
フェンデル家
ユリウス・フェンデル(フェンデル公爵)
ルーシェ・フェンデル(公爵夫人)
まだ、登場していませんがミーシャには弟が一人います。
ローディエンストック国王一家
ヴィンセント・ローディエンストック(国王陛下)
リリア・ローディエンストック(王妃陛下)
まだ、登場していませんがフィルジルにも弟が一人います。