第37話 別れを告げた日
───君は……掴まえたと思ったら俺の手をするりと抜けて俺から放れていってしまう……
自分達にどれだけ時間が残されているのかなんて考えようとしていなかった自分の愚かさが今は憎くて仕方がない……
君へあんな事を強いてしまった俺を許して欲しいとは言わない……
◇*◇*◇
王城にある応接室の一つに呼び出されたフィルジルはその場にいる顔触れを見て嫌な予感を全身で感じた。
応接室の中には国王であるヴィンセント、宰相のドレイク、ミーシャの父親のユリウス、そしてミーシャが居た。
「父上何のお呼び出しですか?
それに、この顔触れは……」
「フィルジル、今日はお前に伝えなければならない事がある
お前とストゥラーロ子爵令嬢の婚約が御前会議で取り決めとなった」
「なっ!? 俺の事なのに俺のいない場で決まったと言うのですか!?
俺は側妃を持つ気はないと何度も───」
「側妃ではない」
「な……言っている意味がわかりません……
俺の正妃となる婚約者はミーシャだ……
あの女が側妃でないなんて……」
フィルジルは背筋に嫌な汗が流れ落ちるのがわかった。
「お前の正妃となる形での婚約者として迎えるという事だ」
「………っ!!
何故、そのような決定がなされたのですか!?
ミーシャはどうなるのです!?
公爵家令嬢のミーシャを差し置いて、いくら光の魔力の保持者だとしても子爵家令嬢が王太子の正妃などありえない!!」
「………その有り得ない状況が成される存在が光の魔力の保持者だという事なのだろう……
彼女を正妃へ持ち上げる重役達が過半数に達しており私の一存では覆せなかった
その旨をミーシャ嬢へも説明し、婚約解消を受け入れてもらっている」
「…………っ!!」
フィルジルはヴィンセントの言葉に衝撃を受ける。目を向けたミーシャはずっと俯いておりフィルジルと目を合わせない姿にもフィルジルの胸の中にはドロドロとした黒い気持ちが溢れていった。先程まで頭に血がのぼったかのような感覚がスッと冷めていくような感覚をフィルジルは覚えた。
「フィルジルお前の気持ちはわかるが、この件はどうやっても覆す事は出来ないんだ
受け入れるしかないのだよ」
フィルジルは感情がわからないような顔をヴィンセントとユリウスへ向けて口を開いた。
「父上、フェンデル公爵
今から少しミーシャと二人で話をさせてもらっても宜しいですか?」
「いや……二人では……」
「これからは、俺とミーシャは二人では勿論、人前で気安く言葉を交わせない間柄になるのです
ミーシャには、妃候補から入れると七年という長い期間、厳しい妃教育も受けてもらい伝えたい事が沢山あります
俺の願いを受け入れてはくださいませんか?」
「ユリウス……お前の意見は……?」
ヴィンセントはユリウスへ気持ちを伺った。
「………………
殿下……ミーシャとは婚約解消する間柄であるという事をしっかり覚えておいてください」
「ええ……わかりました」
ユリウスはヴィンセントへ頷いてみせ、ヴィンセントは「少しの間だけだ」と言い残し、大人達はフィルジルとミーシャ二人を応接室へ残し部屋を離れていった。
応接室では沈黙が暫く続く中でミーシャは意を決して口を開いた。
「フィル……貴方の想いを踏みにじっている事はわかっている
だけど、私達の立場では自分の想いだけではどうにもならないような状況に置かれているのも確かで……
こんな決断をフィルに相談しないで決めてごめんなさい」
「お前は……いつもそうだ……」
「フィル……」
「俺の気持ちなんて知らない素振りで、周囲の状況ばかり気にして勝手に決めつける」
「私のせいでフィルを板挟みにして苦しめたくはなかったの!」
「お前が勝手に俺の気持ちを推し量るなよ!!」
「わかってる! 自分勝手な決断だって!
だけど、私はそんなに強くない……
そんな気持ちは建前で自分の傍で違う女性と並んでいるフィルの姿なんて見たくはないの!
そんな姿を見て酷い顔をした自分をフィルには見られたくないの!
だから、逃げたの……」
「………っ!!」
涙を溢しながら自分の気持ちを吐露するミーシャの様子に自分の気持ちを押さえられなかったフィルジルはミーシャを抱き締める。その力はミーシャが痛いと感じるくらい強いものでそしてミーシャを抱き締めているフィルジルの手は微かに震えてもいた。
「フィル……ごめんなさい……」
「黙れっ!」
「ごめんな──……っ!」
フィルジルはミーシャの言葉をそれ以上聞きたくなくミーシャに言葉を言わせないかのようにミーシャの唇を塞いだ。
その口付けは今まで何度か重ねたような優しいものではなく荒々しく、それは今のフィルジルの感情のようでもあった。
「……っ……んっ……」
息継ぎをする事も出来なく続けられる口付けに初めは力の入っていたミーシャの身体から力が抜けていく。
(こんな事、私達のこれからの関係じゃいけない事なのに……
拒まなければいけないのに……拒みたくない自分がいる……
寧ろこのまま……フィルの温もりを感じながら息が続かなくなるならそれでもいい……)
ミーシャの苦しそうな様子に気が付いたフィルジルは自分の身体を慌てて離すと、口付けの間息継ぎが上手く出来なかったミーシャが荒く呼吸を何度も繰り返している様子にフィルジルは眉根を寄せた。
「こんな俺を見限るはずだ……
お前の気持ちなんて無視して自分の気持ちを押し付けて……
俺から手放すべき……なのに……
このままお前を滅茶苦茶にしたい気持ちを押さえる事もせず……俺は……」
「違うっ!
フィルは悪くないっ!!
私はフィルを見限ってもいない!
私は嫌じゃなかった……フィルだったから……」
「俺から離れたお前に俺じゃない男が触れるなんて俺は許せないっ!!
それが、例えルドルフだとしてもだ!
誰だとしても、お前に触れた男を俺はきっと殺してしまう……」
そんなフィルジルの闇を抱えているような言葉と一緒にフィルジルの瞳から一筋の涙が零れ落ちた姿を見たミーシャはフィルジルをそっと抱き締めた。
「私はフィルの隣を離れてもずっとフィルのものよ」
「ミーシャ……?」
「フィルでなければ嫌……
だから、誰のものにもならない
厚かましいけど、心だけはずっとフィルの隣に置いておいて欲しい
だから、お父様にお願いしたの、学院を卒業したら修道院へ行かせてほしいって……
公爵家から修道院に入るなんてフェンデル家の名前に泥を塗る行為だっていう事は理解しているけど、フィルでない誰かの元へ嫁ぐぐらいなら生涯清らかなままでいられる修道女がいいと思ったの
本来、神へ身を捧げる場所で、こんな気持ちで修道院へ入る事は不謹慎だけど……それでも、これだけは譲れなかった」
フィルジルはそんなミーシャの決意を聞いて一つの事を決めた。
「フィル、こんな決断を勝手にした私だけれど、フィルの事はずっと想っている……
楽な方へ逃げてごめんなさい……」
「許さない……」
「え……?」
「俺から逃げようなんて許しはしない……
そうやって俺から逃げるつもりなら、ずっと縛り続けてやる……」
フィルジルはそう呟くと自分の上衣の内側から短剣を取り出した。
「フィル……?」
「ミーシャ、お前を逃がす事も許さず、手放す事も出来ない俺を恨んでいい
俺の傍からお前が居なくなるぐらいなら、俺の隣でずっと俺の事を恨み続けてくれ」
そうミーシャへ告げたフィルジルの表情は失く、無表情でフィルジルはミーシャを見詰めた。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
ブックマークありがとうございます!
そして、このお話に感想を頂きました!! 感謝です!
真っ黒な回で不快になったら申し訳ありません……
フィルの執着心が……ドロドロとした闇のようになってしまってフィルのイメージを崩してしまっていたらごめんなさい。




