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第34話 迷路

 謁見の間から退出したフィルジルの後を追ったルドルフは王太子用の執務室前で中の様子を伺っている侍従や護衛へ声をかけた。


「殿下は執務室の中にいるのですか?」


「はい、一人にして欲しいと仰有られて……ですが、先ほどから中から大きな音が聞こえてくるのでどうなされたのか心配でありまして……」


「中の様子を僕が見てくるから、貴方方はここで待機していてください」


 ルドルフが執務室の中に入るといつもは整っている執務室内が書類が散乱し荒れている様子が目に入った。

 フィルジルは執務机の椅子に身体を預け座っていた。

 ルドルフは書類を拾い集めながら口を開く。


「何、物にあたっているの?」


「………………」


「人間なんて自分の意に沿うように物事を解釈するんだ

 だから、不用意な行動は気を付けた方がいいって言っただろう?

 それでなくとも、フィルは周りを偽ってきたんだ

 そんなフィルがあんな風に怒りを露にして犯人を追い詰めようとしていたら、そう勘繰るのもおかしくはない」


「じゃあ……あの時俺はあのまま王城でミーシャが傷つけられて奪われるのを待っていたら良かったとでもお前は言うのか?」


「別にそんな事は言ってはいないけれど、近衛騎士を動かすのには通常はしっかりとした手続きが必要であって、緊急を要する場合はその手続きを省く事は出来る……今回は僕も後者だとは思うけどそう思わない者もいるって事だよ

 臣下の令嬢を救うのに王太子自らが出なくてもって……」


「ミーシャはただの臣下の令嬢じゃないっ!

 俺の婚約者だ!!」


「だけど……今の臣下達はお前の相手として頭にあるのは長年お前の妃候補から始まり現在婚約者として隣に居るミーシャの名前ではなくて、光の魔力を持った彼女の名前だよ」


「…………っ!!」


 フィルジルは奥歯を噛み締めると何も言わずに踵を返し執務室を出ていく。ルドルフは執務室に一人残されポツリと一言呟いた。


「………こんな流れにはなってほしくはなかったのだけどね……」





 フィルジルが様々な想いが綯交ぜになりながら庭園へ向かうとミーシャが王妃教育の合間なのか回廊で庭園を眺めながら佇んでいた。


「貴方達はここで待機していてください」


 フィルジルは自分の後ろに付いてきている護衛へ一言掛けミーシャの元へ足早に進み、ミーシャの腕を掴んだ。


「きゃっ!? えっ? フィ、フィル!?」


「……………」


「ちょっ……フィル、何処へ行くの!?」


 庭園の薔薇で出来た迷路のようになっている小道の死角の場所までフィルジルは無言でミーシャを連れて行く。


「フィル、突然どうしたの?」


「…………っ」


 不用意な行動は気を付けなければいけない事はフィルジルはわかってはいたが、感情はそれを拒み今自分の手の届く所にいる愛しくて何よりも大切な存在を抱き締めたい気持ちで溢れそんな自分の感情に抗う事はせずフィルジルはミーシャを抱き締めた。


「フィ、フィルっ!?」


「ミーシャ……」


 フィルジルの何時もとは違う様子と力のない声で自分の名前を呼ばれミーシャはフィルジルに何かがあったと感じるが何も聞く事ができなかった。


「突然すまない……」


 しばらくしてフィルジルが自分から離れようとした時にフィルジルの手の状態にミーシャは気が付く。


「ちょっとフィル、掌を怪我しているじゃない!

 どうしたの!? これ……しかも両手とも」


「これは……」


 ミーシャに手を掴まれ問われてもフィルジルは答える事が出来なかった。

 ミーシャに対しての酷い言葉を聞かされた事に堪えていた時に付いた傷なのだとはミーシャには知られたくはなかったからだ。


「フィル手を出して」


 ミーシャはフィルジルの掌へ自分の持っている手巾(ハンカチ)をあて巻いて縛る。もう片方の掌には自分のドレスの胸元に飾られていたリボンを抜き取り同じようにフィルジルの掌へあてて縛った。


「応急手当てでしかないから、後でしっかり手当てするのよ?

 ハンカチとリボンは返さなくていいから気にしないでね」


「………すまない」


「こういう時はただ『ありがとう』でいいのでしょう?

 フィルがそう言ったのじゃない

 私がそうしたかっただけだから、ね?」


 フィルジルは胸が苦しくて仕方がなかった。

 何故、こんなにも優しく愛しい存在をあのように蔑まされなければならないのだろうかと……

 フィルジルはミーシャの頬へ指先を滑らすと距離を縮めていった。


「ありがとう……ミーシャ……」


 フィルジルの唇が重なった事にミーシャは一瞬目を見開くが、そのままゆっくりと目蓋をとじた。

 フィルジルの啄むような口付けに思わずフィルジルの服を掴んでしまったミーシャの指に力が入る。

 時間にしたらほんの僅かではあるが二人の気持ちも重なりあったような時間のように二人とも感じた。

 唇が離れフィルジルの視線に顔を真っ赤にしながら俯くミーシャへ愛しい気持ちが溢れるフィルジルはミーシャの額へ口付けを落とすとまたそっと抱き締めた。

 このまま、この幸せな時間が永遠に続けばいいのにと心の中で強く思いながら……


「突然悪かったな……王妃教育の休憩中だったのだろう?

 一緒に戻るよりもお前が先に戻った方がいい

 また、学院でな……」


「え、ええ……あの……フィル?

 何かあったの?」


「いや……大丈夫だ

 手当てありがとう」


「そんなことはなんでもないけれど……

 フィル、無理だけはしないでね」


「ああ……ミーシャ」


「え?」


 フィルジルはミーシャの手をとると指先へ唇を寄せた。


「俺は……ミーシャが隣に居てくれたらそれだけでいいから……」


「フィル……?」


 少し影を落とした笑みをフィルジルはミーシャに向ける。


「ミーシャ愛してる」


 ───トクンッ………


 フィルジルの言葉にミーシャの心臓は大きな音をたてた。


「あ……私は………」


 本当は今の自分達を取り巻く状況からもこれ以上フィルジルへの想いを深めてはいけないとミーシャはわかっていたがフィルジルの真っ直ぐな想いに自分の想いが溢れ抗う事はできなかった。


「私もよ……誰よりもフィルの事が好きよ……

 愛してる……」


 庭園の薔薇の迷路から回廊へ戻る道すがらミーシャの心の中では様々な気持ちが交錯していた。

 フィルジルと想いを交わしあった先程の幸せな気持ちと、こんなにも想いが深まりつつあるなか岐路に立たされた時に自分はその決断が本当に出来るのだろうかという不安な気持ちがミーシャの心の中をぐるぐると渦巻いていった。




ここまで読んで頂きありがとうございます!

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