第32話 ミーシャの魔力
フィルジルの耳に付けているイヤーカフの魔石が反応したのは王城の王太子用の執務室でフィルジルがいつも通り王太子へ与えられた多くの執務を行っている時であった。その反応にフィルジルは直ぐ様反応し立ち上がった様子に執務の補佐をしていたルドルフが声を掛けた。
───ガタンッ!!
「フィル?どうした──」
「ミーシャに何かがあった!」
「えっ?何かって……?」
フィルジルは横に置いてある自分の剣を手に取ると勢い良く執務室を離れる後をルドルフも追う。
「イヤーカフの魔石が反応した
ミーシャが何かの危険に晒されている」
「ミーシャは今日の王妃教育を終えて少し姉上と時間を共にした後、いつも通りの時間に王城を後にしたとさっき連絡を受けたけど……」
フィルジルが微かに舌打ちをする。
「帰り道で何かあったのかもしれない
馬車では遅すぎる、騎乗で向かう!」
「フィル! お前が直接向かうのか!?」
「当たり前だろ!?
あいつを俺が絶対に守ると約束したんだ!!」
「わかった、僕も同行する!
後、お前の護衛としても近衛を付けさせてもらうからな!」
「好きにしろ! 急ぐぞ!!」
フィルジルは自分の愛馬の元へ急ぎ騎乗するとミーシャが通ったであろう道を愛馬に急がせた。
今の状況にミーシャの指先は細かく震えていた。
目の前の状況の恐怖と、自分自身もだが自分の家に仕えている者達を自分が守る為にどうしたら最善の方法なのか頭の中が色々な考えで一杯になった。
(魔術で……
でも……自分が精霊と同じ魔力を持っていると言われてもどんな力なのかよくわからないし、どういう風に魔術を開放するかもわからない……
それに、怖い……命を削るという魔力が……
だけど……このままじゃ……私のせいでロウやダンまで……)
「貴様達にお嬢様には手を出させない」
「お前一人で俺達をどうにかしようと?
俺達は剣にはかなりの自信があるんだ、それを売りに依頼も受けている
そしてこちらは四人、お前一人がどんな力量なのか拝見しようか?」
(ロウはかなりの手練れだけれど……私を守りながら四人を相手なんて……)
「刺し違えても……!」
(自分の周りの人間を傷付けたくないっ!)
「これ以上私達に近付かないでっ!!」
ミーシャが叫んだ時に鋭い空気のようなものが囲んでいた男達を切り裂くように吹き飛ばした。
その状況にその場にいるものは言葉が出てこなかった。
そして、男達の呻き声が聞こえる。
(何……今の衝撃……私の力……?
何も詠唱も唱えていないのに……?
自分達の身を守る為とはいえ、自分の魔力で人を傷付けてしまった……)
「……ロウ、ダンは何ともない?」
「我々は……」
その時、何頭もの馬の蹄の音が近付いてきている事に気が付きミーシャ達がそちらへ目を向けると騎乗している十数人がこちらへ近付いてきている事がわかった。そして、その先頭を駆けていたのはフィルジルの姿であった。
フィルジルは騎乗のまま倒れている男達の足元と手元を自分の魔力で凍らせ、ミーシャ達の元へ辿り着き馬から降りると真っ先にミーシャの腕を掴み抱き締めた。
「ミーシャっ!」
「フィル……助けに来てくれたの?」
「怪我は……?」
「私は大丈夫……でも御者が怪我を負ってしまって……」
「そうか……」
フィルジルのミーシャを抱き締める力がさらに強まった。
そして、ミーシャ達を囲んでいた男達へフィルジルが目を向けた時に男達の様子にフィルジルの心臓はドクンと音をたてる。
「あの者達の姿……ミーシャ……お前の魔力でなったのか?」
「あ……必死で……どう魔力を使うのかわからなかったのだけれど、強く自分達から離れて欲しいと思った時にあの者達が吹き飛んでいたの……
自分達の身を守る為とはいえ、人を傷付けてしまった……」
「ミーシャ、精霊王から渡された魔石は?」
「え? 持っているわ、ここに」
「見せてくれ」
ミーシャが取り出した小さな布袋に入っている魔石をフィルジルは袋から出した瞬間、自分の背筋に嫌な汗が流れ落ちていった事がわかった。
魔石には大きなひびが入っており、この男達から身を守る為に使ったミーシャの魔力は状況から大きなもののようにも思えたがこの一度だけの使用で、魔力の反動を受け止める魔石にこんなにも大きな傷を付けるという事はどれだけミーシャにとって危険な力なのであろうかと恐怖をフィルジルは感じた。
「殿下、この者達の処遇は如何様に?」
連れてきた近衛騎士の一人から声を掛けられた瞬間フィルジルを纏う空気が変わった事にミーシャとここまで一緒に付いてきたルドルフは感じとる。
フィルジルはミーシャから離れて男達へ近付いていった。
「お前達にこのような事を依頼した者達は誰だ?」
「…………っ……言うなという……契約だ……」
「言え……死にたくないのならな」
「あ?…………ッ……」
フィルジルの振り下ろした剣にまとった冷気が男の顔半分を凍らせていく。
「冗談ではない
このまま黙っているのならば先ずはお前の耳を落とそう
言え……お前達を雇った者は誰だ?」
「あぁぁ……」
「そうか……死に急ぎたいのならばそうするがいい」
フィルジルは冷気を纏わせた剣を振りかざす。
「フィルっ! 待ってっ!!」
「フィル! お前の手を汚す必要はない!」
フィルジルの行動をミーシャとルドルフが止めようとするのを、フィルジルは振り向きもせずに言葉を発した。
「ミーシャを危険に晒した者は俺自らの手で始末する
さあ、どうする?
最後だ、お前達の裏にいる者は誰だ?」
「…………────」
◇*◇*◇*◇*◇
ミーシャは私室の寝台の上でぼんやりと天蓋の模様を見詰めていた。
あの後、フィルジルの馬に乗せられ屋敷まで戻り、騒動の事を聞いたルーシェやリアンは動揺を隠せない様子であった。
フィルジルは「ゆっくり休め」と言い、ルドルフや護衛の近衛騎士達と王城へ戻っていった。
ミーシャにとってフィルジルの様々な顔を知っていたが、あの時の賊の男達へ向ける冷気を纏うような怒りを持ったフィルジルの姿を見たのは初めてであった。
そして、もう一つミーシャをなんとも言えない気持ちにしている事はあの時使った自分の魔力であった。自分の魔力の開放の仕方もわからず強く離れて欲しいと思った瞬間男達が吹き飛びその身体には幾つもの切り傷が付いていた。自分の魔力の力に怖さを感じ、この力をコントロール出来ないで大切な人を傷付けてしまったらどうしたらよいのだろうかと大きな不安を感じていた。
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