第31話 見過ごされた思惑
ミーシャはフィルジルとの話を終えてフィルジルのエスコートで馬車寄せまで送ってもらった時に馬車寄せに先にいたキャロルとルドルフと顔を合わせた。
キャロルは満面の笑みでフィルジルの近くへ駆け寄る。
「フィルジル様、今日はもうフィルジル様とは会えないのかと思っていました
帰る前に会えて嬉しいです!」
「私が行う政務が増えてきていて時間が自由にならないのですよ
ストゥラーロ嬢の王城内の案内をルドルフがしていたんだね」
「はい!ルドルフ様はとても優しくて色々と教えて貰いました
これからも、お城に来るのが楽しみです」
「…………今日は、どんな要件で登城を?」
「えっと……お父様はお城の様子に慣れておいた方がいいと言っていて……
私はお城に来たならフィルジル様と学院よりも沢山お話が出来ると思ったんですけど……お城の人からフィルジル様と会うには事前に約束していないと会えないと言われて……困っている所をルドルフ様が声を掛けてくれたんです!」
キャロルの言葉通り解釈すると特に用もないのに登城したという事になり、本来王城にはしっかりとした用件がなければ登城できないのにも関わらず勝手な振る舞いにフィルジルの機嫌はどんどん悪くなる。
そして、キャロルはフィルジルしか目に入っていない様子でミーシャに対して礼の一つもしない姿にもフィルジルは苛立ちが募った。
そんなキャロルへ言葉は返さずミーシャへフィルジルは声を掛ける。
「ミーシャ、疲れているのに待たせてすまないね
今日は、君と話が少しでも出来て良かったよ」
ミーシャへはキャロルへ掛けたような礼儀的な口調とは違い優しい口調で話し掛け、柔らかい笑みを浮かべたフィルジルがミーシャの手を持ち上げ指先へ唇を寄せた様子を間近で見ていたキャロルはミーシャへ目を向ける。
「ミーシャ様もお城に来ていたのですね
ミーシャ様に気が付かないでフィルジル様とばかりお話をしていてごめんなさい
ミーシャ様はどうしてお城に来ているんですか?」
「いえ……
私は本日は講義を受ける為に登城しておりました」
「講義?」
「ミーシャは私の婚約者だからね、週の殆んどは王妃教育の為に登城してもらっているのだよ」
「王妃教育って……そんなに大変なのですか?」
「一国の国母になる為には覚えなければならない事が多大にあるからね
それでも、ミーシャは覚えが早いし優秀であるから殆どの重要な教育は既に終えていて、今はさらに掘り下げた事柄の王妃教育に進んでいるが、その出来も講師達を驚かせているようだよ」
「そんなにミーシャ様は凄いのですか?
それなのに………いえ……
それではいつもこんな時間に帰宅されるのですね」
笑みを浮かべたキャロルの様子にミーシャは背筋がゾクリとした悪寒を感じた。
(この感じ……悪意……?
今のキャロル様の言葉で……私へ向ける悪意って……
あ………)
ミーシャは今感じた悪意を向けられた感覚に、キャロルが話を濁した部分を思い返す。
『それなのに………いえ……』
濁した言葉は恐らく……『魔力は乏しいのに』という言葉に近い言葉を言おうとして言葉を濁したのだろうとミーシャは思った。
様々な今の現状をキャロルへ伝えているストゥラーロ子爵ならミーシャに魔力が僅しかない事はキャロルへ伝えているのだろうとミーシャは考え、流石に何でも思った事をそのまま発するキャロルでもそのままその言葉を言ってしまったら良くないと思い言葉を濁したのだろうと思った。
(……それが、悪意だと感じてしまったのかな……
私の方がキャロル様の事を警戒しすぎね……)
顔色のあまり良くないミーシャへフィルジルは心配そうな表情を向けた。
「ミーシャ?
顔色が悪いが……また何かあったのか?」
「ううん……私の考えすぎだから心配しなくて大丈夫」
───この時の悪意と感じた違和感をフィルに伝えていたならば、何か少しは未来が変わっていたのだろうかと思う……これから起こる事をまだ知らないこの時の私にはそんな事は思いもよらなかった……
◇*◇*◇*◇*◇
月日は流れ、相変わらずなキャロルの振る舞い方に周囲の令嬢方があまり良く思っていないような雰囲気もミーシャも感じるような学院の雰囲気があった。ミーシャ達が学院に入学し一年が過ぎようとしている頃、ミーシャが王妃教育で登城し休憩時間にルドルフの姉であるヴィオレットとお茶の時間を過ごしていた。
「それでは、ヴィオレット様は学院をご卒業されたて直ぐに隣国へ渡られるのですか?」
「ええ、成婚式の準備の合間にあちらでしか出来ない王妃教育を受けなければならないのよ」
「寂しくなりますね……こうしてヴィオレット様と楽しくお話が出来るのも僅なのですね」
「そうね……私も生まれ育った国を離れる事も含めて不安も大きいけれど……王太子殿下とこれからは文のやり取りばかりでなく直ぐに会える距離に居られる事は嬉しくもあるのよ」
ヴィオレットと隣国の王太子との婚姻は国同士を結ぶ政略的なものも大きいものであったが、幾度と二人は交流を重ねるうちに互いに惹かれ合う仲となったという王族の政略結婚では珍しい間柄であった。
「良かったですね、ヴィオレット様」
「ミーシャ、ルドルフの姉という立場では私はルドルフを応援しなければならないのかもしれないけれど、私が一番望んでいるのは貴女の幸せよ
その幸せがフィルとの未来にあるのだろうとずっと貴女達二人を見ていて私は思っていたの
今、フィル達があの光のご令嬢がこの王国の慣例通り王族に嫁ぐ事をどうにかしようと動いている事も知っているわ
ミーシャは何も自分の事を卑下しなくていいの
十分貴女は王妃としてやっていけるだけの力を持っているわ
私は王族として未来の両国の交流での場で貴女と同席したいと願っている
だから、周りに負けちゃ駄目よ」
「ヴィオレット様……」
「その事をずっと貴女に伝えたかったの」
「ありがとう……ございます……」
ミーシャはこんなにも自分の周りには温かい人達が居ることがとても嬉しかった。
ヴィオレットが言ってくれたような未来が望めるのならミーシャも望みたい気持ちで一杯である。
しかし、それにはこの王国全体を巻き込むような大きな問題になる事は確かであった。
それだけ、王太子の妃という……未来の王妃の立場は重たいものであった。
ヴィオレットとのちょっとしたお茶の時間も楽しみ、いつも通りの時間に屋敷へ帰途する為、いつも付き添ってくれている公爵家の護衛のロウと御者ダンが御者台に座りミーシャを乗せた馬車が王城を離れて少したった時であった。
「きゃっっ!?」
馬車が大きく揺れて止まった。
(何が起こったの……?)
「ロウ? ダン?
どうしたの? 何が──」
「お嬢様っ! そこからお出にならないでくださいっ!」
いつもは物静かで落ち着いている護衛でもある従者のロウが大声で馬車の外から叫んだ事に只ならぬ事が外で起きているとミーシャは感じた。
その時、叫び声が聞こえ思わずミーシャは扉を開け馬車の外へ出ると数名の賊のような者が馬車を囲んでいる様子が目に入った。馬車の外では御者のダンが右肩を押さえている手の指の間からは出血している様子が見られた。
「ダンっ!? その怪我!?
貴方達は……?」
「これはこれはお綺麗な公爵家のお嬢様……
悪く思わないでくださいね
あるお方からの依頼でしてね
あんたを拐ってくれと……」
「拐って……依頼……?」
「あんたを拐えば、あとは俺達が自由にしていいっていう好条件なんだよ
依頼料の大金も手に入り、あんたを売り飛ばそうが、楽しもうが……ね?」
───ゾワッ……
男達の自分を見定めるかの舐めるような視線にミーシャは悪寒を感じ、背中には嫌な汗が流れ落ちた。
この状況はなんなのであろうか……とミーシャは感じた。自分の家の御者は怪我を負わされ、そして自分も危うい状況にいる。
(………どうしたらいいの?こんな……誰か助けて……フィル……)
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