第23話 偽りの姿の理由
学院の休日に王妃教育の為に登城していたミーシャが本日の王妃教育を終えて帰途につこうとしていた時に国王付きの侍従から呼び止められた。
そして、今ミーシャが居るのは王城内の応接室であり、応接室の扉が開かれ入ってきたのは国王であった。
ミーシャは国王へ向けて綺麗な淑女の礼をとる。
「突然、時間をとらせてすまないね
少しミーシャ嬢と話をしたいと思ったのだよ
座ってくれ、そして正式な場ではないから楽にしていいよ」
「あの……お言葉に甘えまして失礼致します」
ミーシャを座らせヴィンセントは口を開く。
「学院生活はどうだい?
フィルはしっかりとやっているのかな?」
「はい……殿下は学院での学びも、生徒達との交流も意欲的に行っておりますし、その合間にご自分のご政務にもしっかりと取り組まれております」
「そうか……
でも、他の学生達には本来のあの子の姿は見せてはいないのだよね?」
「あの……はい……」
「ミーシャ嬢はどうしてあの子が人前であのように作った姿を見せているのかは知っているのだったかな?」
「いえ……どうしてかは私からは聞いた事はありません……
ただ、殿下は闇雲に何かを行動するお方ではないと私は感じておりますので、何か強い思いがあってそうされているのかと思っておりました。
殿下が私にもその理由を話しても良いとお考えになられた時がくれば聞く事ができればとは思いますが……」
「ミーシャ嬢はフィルの事を良く理解してくれているのだね……
あの子があのように人前で作った姿を見せているのは全て私の責任であるのだよ……
だからこそ……少しでもあの子が望む未来をと私も王妃のリリアも思っていた……
君との婚約も含めてね……
それが、まさか突然障壁が現れるとは私も思ってはいなかった……」
「陛下……?」
「君には、しなくてもいい苦労をさせて申し訳なく思っているよ
そして、これからもっと苦境に立たせてしまうかもしれない……
それでも───」
「父上っ!!」
ヴィンセントの言葉の途中で応接室へ入ってきたのは息を切らしたフィルジルであった。
「ミーシャは私の婚約者でありますよ
私に何も断りもなく彼女へ何を話したのですか!?」
侍従や護衛など臣下がいる手前、外向きでの話し方ではあったが、普段の穏やかな口調とは程遠い荒々しい口調で鋭い視線をフィルジルはヴィンセントに向けた。
「突然部屋に入ってくるのは如何なものかな?
お前が危惧しているような事は何も話してはいないよ
お前の学院での様子を聞いていたのだ
ミーシャ嬢、時間を取らせてしまって悪かったね
まだ、時間が大丈夫であればフィルと少し話していったらいい
また、時間があったら私とも話をしてほしいと思う
さあ、ここの護衛は外でも出来るから君たちは外に出ていなさい」
そう、ヴィンセントはミーシャへ伝えると近衛騎士や侍従を外に連れ出し応接室にはミーシャとフィルジルの二人きりとなった。
その時、フィルジルは震える声を抑えミーシャへ問いかけた。
「父上は……お前に……何を言ったんだ……?」
「フィル……?」
「俺達の婚約について……何か……言ったのか……?」
その言葉を溢したフィルジルの表情はとても苦しそうな表情であった。そんなフィルジルの様子にミーシャは何ともいえない気持ちで胸が苦しくなる。
「違うわよ……
本当にフィルの学院での様子をご心配なされて私にお聞きになられていたのよ?
そして……フィルが学院でも……外向きの姿で過ごしているのか……という事も……」
フィルジルはミーシャの座っている長椅子の横に深く座ると、深く息を吐いた。
「俺が……どうして人前で作った姿でいるのか聞いたのか……?」
「いえ……それは、フィルが私に話してもいいと思った時に聞けたらいいと思っていると陛下にはお伝えしたわ」
「………………知りたいか……?」
「フィルが話したいと思った時でいいわ」
フィルジルは遠くを見詰めると口を開く。
「ただの幼稚な考えでなんだ……」
「フィル……?
無理に話さなくともいいのよ?」
「いや……お前にだから……知っていてほしい……
聞いたら、そんなくだらない単純な事でと思うだろうけどな……
ミーシャは母上の出自を知っているか?」
「え……王妃様の出自……?
確か……ヴァシュロン伯爵家ご出身という事は知っているけれど……」
「そう……古くからある家柄ではあるが、伯爵家の中では財政的にも地位的にもそんなにも高くはなく中間程の家柄であった
父上は母上と出会う前に数人の妃候補がいたが、正式な婚約を結んではいない状態で今の俺達のように学院に入学したんだ
そして、最終学年に上がった年に学院へ母上が入学した
どんな出会いがあったのかは知らないが、学院内で母上の事を見初めた父上は周囲の多大な反対を押し切って母上と婚姻を結んだんだ」
「そんなに詳しくは知らないけれど、色々とあった婚姻だという事は噂で聞いた事はあるわ……」
「王族と婚姻を結ぶ令嬢の家柄が公爵家や侯爵家のような高位貴族が当たり前だと思っている要職についている者からは今でも母上へのあたりは厳しいし、それは俺が生まれた頃はもっと酷かったのだと思う
それを父上がいつも庇っていたのをうろ覚えだが、覚えている
そんな周囲の干渉は俺に対しても多くあった
俺がまだ幼い頃、少しでも王侯貴族の所作から外れた事をすると母上の出自を息子である俺にも聞こえるように蔑んだ言葉を言われた
物覚えが付く頃にはそんな母上を蔑む言葉を聞く事が悔しくて悲しくて辛かったし、そんな事を母上が言われ非難されているのは俺に非があるのだと思うようになった
自分が誰からも粗を見付けられないような完璧な所作で振る舞ったら母上は俺の尻拭いをするように非難されないのではないだろうかと幼稚な浅はかな考えが浮かんだんだ
今ならそんな事をしても根本的な事が変わっていないのに無意味だとわかっているが、今さらやめられない現状がある
それが、理由なんだ……そんな事でって思うだろ?」
フィルジルは話し終わると小さく辛そうな笑みを浮かべた。
「そんな事でなんて思う訳がないでしょう!?
フィルは、王妃様の事をフィルなりに守りたいと思ったのでしょう!?
それを、そんな事でなんて思える訳がない……
王妃様の素晴らしさを理解しない周囲の人達が悪いのであってフィルはそんな愚かな人達の言葉に苦しむ事じゃないわ!」
ミーシャの言葉に柔らかい笑みを浮かべたフィルジルはミーシャの手を取る。
その事にミーシャの心臓は波立った。
───トクン……
「フィ、フィル……!?」
「ミーシャに話して良かった……
だけど……俺も父上と同じようにミーシャの事を母上と同じような立場にしているんだ……
お前が周囲のくだらない言葉に傷付いている事はわかっている……
だけど……それでも……俺は自分勝手だがお前の事を手放す事だけは絶対にしたくはない」
手にとったミーシャの手を持ち上げ指先へフィルジルは自分の唇を寄せた。その行動にミーシャの心臓はドクドクと鳴り響きそんな心臓の音がフィルジルにも聞こえるのではないだろうかと思った。
「昨日も伝えたが……俺はお前しかいらない……
ミーシャの気持ちを聞かせてくれないか……?」
「私の……?」
フィルジルの真剣な眼差しにミーシャの胸はいっぱいになり苦しく感じ、そして昨日の不思議な声を思い出す。
『───鍵を開けるには自分の気持ちに嘘をついていては駄目……』
(………自分の気持ちに嘘をついては……駄目……
……だけど………)
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漸く、フィルジルの周囲に見せていた完璧王子の姿の理由についてのお話でした。なんとなく気が付かれている方もいらっしゃったとは思いますが……