第20話 噂
学院の窓から見える鍛練場で武術の授業を受けている男子生徒達の姿をミーシャは女子生徒が集まる教室の窓から女子生徒が受けている刺繍の授業での課題の刺繍を指しながら、ぼんやりと見ていた。
他の貴族の子息達と混じっていても目立つ姿のフィルジルが、武術の力でも子息達からは抜きん出ており、そんな真剣に取り組めば普通なら余裕がなくなり素が出てしまうのではないかと思うような武術の場でも彼のキラキラ王子の仮面は外れる事はなく綺麗な太刀筋で相手の子息を負かしている姿が見えた。
そんな理想的な王子に憧れる令嬢方は多く先程から他の令嬢方も授業中であるのにも関わらず窓の外が気になって仕方がないような様子が見られていた。
それは、入学式前から話題の渦中にいるキャロルも同様でフィルジルの姿に目を奪われている事がよくわかり、そんなキャロルの姿を見る度胸の中に渦巻く感情にミーシャは悩んでいた。
(あのキャロル様の瞳の輝きはきっとフィルへ憧れ以上の感情を抱いている事が私でもわかる……
先日、キャロル様が陛下への謁見を済ませたと聞いたけれど……フィルの婚約者についての話はまだ何も動きは見せていない
けれど……殆んど確定された未来をただ待つというのはこんなにも辛くて苦しいのだと改めて思いしった……)
フィルジルは入学式の翌日からミーシャへのエスコートを欠かさないでいる。
それはミーシャの存在を周囲から軽視されない為のような行動にミーシャは感じていた。
王太子は婚約者を特別に寵愛していると周囲へ知らしめるかのような振る舞い方であったからだ。
そんなフィルジルの優しさからくる気遣いと自分へ向けている想いにミーシャは嬉しくもあったが、苦しくも感じていた。
他の令嬢方よりも早く丁寧に刺された刺繍を終えると教師から称賛され、他の生徒達からも尊敬の眼差しを向けられた。
ミーシャは入学するまで他の生徒からの自分への反応に身構えていたが、以前妃候補であったティアラが妃候補を解消されてから、ミーシャへ悪意を向ける者も少なく感じており、入学してからはあまりそのような悪意ある眼差しでみられる事がないことにホッと胸を撫で下ろしていた。そして、これもフィルジルの振る舞い方からの影響なのかと感じていたのだ。
授業が終わり一息をついているミーシャの元へ近付く者がいた。
「ミーシャ!
今日の昼食は私と一緒にという事を忘れてはいない?」
「ヴィオレット様」
「もうっ!
そんな他人行儀は駄目と何度も言ったでしょう?
フィルやルドルフを呼ぶように様を付けずにヴィーと愛称で読んでちょうだい!」
「え……ですが……」
「ヴィオレット嬢
ミーシャの昼食の予約はこの先ずっと私がしておりますので、抜け駆けはしないでくださいますか?」
「出たわね……
王太子にもなって心が狭すぎるのではなくて?
何なの?
学院に入学してからずっとミーシャに張り付いて狭量過ぎるのよ!」
「姉上……ここは一年生のフロアで、他の生徒達に迷惑ですから」
「だって、私がこちらへ来なければ貴方達がミーシャを独占してしまうでしょう?
食堂へも行かずに殆んど執務室へ連れ去って昼食なんてミーシャは貴方達だけのものではなくてよ?」
「私の婚約者でありますから」
「あ……あの……」
「「ミーシャはどちらと昼食を共にしたいの?」」
「え……」
緩かなウェーブの黒髪に藍色の瞳を持つヴィオレット・スタンリー。スタンリー公爵家の長女でルドルフの二つ上の姉であり、フィルジルにとっても従姉にあたる。また、フィルジルの本来の姿を知っている人間の一人で学院の上級生でもあった。
隣国の王太子との婚約を結んでいるヴィオレットはフィルジルの妃候補を見付ける為のお茶会には出席していなかった。隣国の王妃教育が忙しい事もあり、ミーシャと顔を合わせる事がなく、お互い話を聞いて存在を知っている程度であったが、三年前にミーシャが王妃教育を始めるようになってから顔を合わせる事が多くなり、ヴィオレットはその時からミーシャの事をとても気に入っていたのだ。
ミーシャがフィルジルとヴィオレットから昼食の誘いを受け、出した答えはフィルジルの執務室で四人で昼食を共にするという事であった。
「だから……食堂は気が抜けなくて面倒なんだよ!
昼食くらいゆっくりしたいだろ!?」
「別にあんた一人で執務室でゆっくりしたらいいじゃない!」
「ミーシャと話せる時間をどうして一人で過ごさなきゃならないんだよ!?」
「本当に傲慢で狭量な男ね」
執務室に入ってからのフィルジルとヴィオレットはずっと言い合いをしていた。ミーシャが絡むとこの二人はいつもこのような様子なのだ。そんな二人の様子を口を挟む事もせずミーシャとルドルフは黙って見ているのもいつもの事であった。それでも、言い合いがもっと酷くならないようにミーシャが口を挟む。
「ヴィオレット様、私がヴィオレット様の事をお誘いしなかった事も申し訳なかったので……」
「違うわっ!
ミーシャに悪い所なんてないの、この狭量王子が悪いのよ
私にミーシャを取られる事が怖いのかしら?
それとも……昔、私にされた事への報復かしら?
ねぇ? フィル姫……?」
「フィル姫?」
「おい……」
「この子って顔だけは可愛らしい顔を昔はしていたじゃない?
それこそ、並みの令嬢なんかよりも可愛いらしかったでしょう?
だから、私がおままごとや物語ごっこを一緒にして遊んであげていたのよ
ルドルフは整っているけれど、ドレスなんて壊滅的に似合わなかったから、フィルに私のドレスを着させてあげたの」
「おいっ!!
余計な事を言うな……」
「ルドルフ、フィルはとっても似合っていたわよね?」
「まぁ……他の令嬢方よりも……はるかに令嬢らしかったかな……」
「ルドルフ!!」
ミーシャは頭の中で幼い頃のフィルジルがドレスを纏った姿を思い浮かべ、確かに並みの令嬢よりも可愛らしい姿だっただろうと思った。
「おい……何、考えている?」
「え……、フィルのドレス姿可愛かっただろうな……って……」
「………っ!! だからっ!
ヴィオレットとおまえを関わらせたくなかったんだ!!」
「フィル、姉上は可愛いものが大好物だからミーシャを気に入ってしまったらもう遅いよ……」
「そうね、フィルの過去話は色々とあるわよ
それを、包み隠さず話せるなんて、なんて楽しいのかしらね」
「やめろっ!! 何も話すな! 黙ってろっ!!」
「ふふふ……」
「何を笑っているんだ?」
「なんだか、楽しいなって……
フィルの気をつかわない場所を傍で見られてなんだか安心する……」
そのミーシャの言葉に口許を緩めるルドルフとヴィオレットに、フィルジルも若干拗ねながらも口許を緩めた。
「あ……食後にお茶をいれようと思ったのだけど、お湯が失くなってしまったから外にいるメイドに頼んでくるわね」
そう、言ってミーシャが執務室を出た後、表情を変えたヴィオレットが口を開いた。
「ねぇ……あの噂の子爵令嬢……最上級学年まで噂のまとよ……
貴方達は気が付いているの?」
「ああ……生徒達の様子の変化の原因は恐らく子爵令嬢の瞳だろ?
魔力の一種だと推測している」
「姉上のクラスでも何かが?」
「そんなに、表立ってはいないけれど……
婚約者の様子が変わったって言っているご令嬢が数名いるわね……
貴方達は何も変化はないの?」
「違和感を感じた事はあるが……特に……」
「光の魔力については公にされていない事柄も多いからね……」
「ミーシャはその噂を知っているのかしら?」
「いや……まだ何も気が付いてはいないと思うが……
今、俺とルドルフで調べている
ヴィオレットも彼女の噂の事はまだミーシャには言わないでほしい」
「それは、知らない方がいいと思うけれど……
フィル……いえ……まだ、いいわ………」
「………このままにはするつもりはない……
だが、ルドルフの姉であるお前にとっては複雑な心境だろうがな……」
「ミーシャが傷付かなければ私は中立の立場よ
それは、ルドルフが頑張ればいいことだもの」
「姉上の性格はよく知っているのでそれで構いませんよ」
そんな、会話を三人で交わしている事を知らないミーシャが執務室に戻ってくると先程と同じ空気感で四人で穏やかに食後のティータイムを楽しんでいった。
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作者の覚え書き
ヴィオレット・スタンリー
スタンリー公爵家長女、ルドルフの姉。
緩やかなウェーブの黒髪、藍色の瞳。
隣国の王太子との婚約が決まっている。
可愛いものや可愛い子が大好きで、昔、幼いフィルジルに自分のドレスを着せて遊んでいた、その事をフィルジルはミーシャに知られたくない。




