第18話 漸く伝えた想い
キャロルはミーシャの存在に気が付き口を開く。
「えっと……あなたは……?」
この国の貴族の暗黙のルールとして位の高い者へそれよりも下の者が先に名前を問う事は貴族のしきたりに反しているとされているが、そんなルールなど知らない様子のキャロルはミーシャへ名前を問い掛けた。普通の上位貴族の令嬢であれば憤慨する所だが、過去を辿れば王族から降下した血族がいる公爵家の令嬢であるミーシャはその事を気にする事もなくドレスを摘まみ自分の名前を伝えた。
「フェンデル公爵家長女、ミーシャ・フェンデルと申します
私も明日からストゥラーロ様と同じ教室で、学ばさせて頂きますので宜しくお願い致します」
「そうなの?
同じ歳なのに、ストゥラーロ様ってなんだか余所余所しいです
せっかく同じクラスになるのだから名前で呼んでほしいわ
私もミーシャ様と呼んでもいいですか?」
「ええ……勿論ですわ
では、私もキャロル様と呼ばせて頂きますわね」
貴族のルールを全く何も理解していないキャロルのミーシャへの関わり方に表情を変えず笑顔で対応しているミーシャの姿にフィルジルは複雑な気持ちになった。
「フィルジル様とミーシャ様は一緒にいますけれど、お知り合いなのですか?」
了承もしていないのに自分の事を敬称も付けずにファーストネームで呼ぶキャロルの事にフィルジルは嫌悪感を感じる。
「彼女は私の婚約者でありますから、私の一番の心を許せる存在であり、一番私にとって近しい令嬢なのですよ」
フィルジルの言葉にミーシャは慌てる。立場上婚約者とはいえ自分は仮初めの婚約者であり、そして目の前には現在フィルジルの相手として国中の貴族達が相応しいと思っていると思われる人物がいるのだ。
「で、殿下……」
フィルジルは表向きはにこやかにしているが、とても機嫌が悪い事がミーシャにはわかった。
「ミーシャ、君を一人でここに残す訳にはいかないな」
「あの……ですが──」
「それなら、僕がミーシャと一緒に居るからフィルは彼女とダンスを踊ってきたらいいよ」
「ルドルフ……」
そこに現れたのはルドルフで、ルドルフの言葉にフィルジルは鋭い視線を向けた。
フィルジルはミーシャが言わんとしている事は理解していたが、フィルジル自身ミーシャの傍を離れたくはなかったし、そして目の前にいるキャロルに対して多大な嫌悪感を感じ少しの間だけだとしても共に過ごす事を拒否したかった。しかし、自分とキャロルの立場上そういう訳にもいかない事も理解していた。それは、光の魔力の保持者は王国でその存在を守り、その者の魔力の状態の安定を保つ為に、その者の感情を落ち込ませてはならないという掟のようなものがある為だ。
(光の魔力の保持者など……厄介でしかないな……
しかも、その者が自分の身の程をわきまえていないからさらに厄介だ……)
「ミーシャ、ここで休むのならルドルフに側にいてもらってくれ
くれぐれも一人にはならないように……」
「ええ……殿下……わかりました」
「フィル、心配しなくとも大丈夫だよ
ミーシャは僕がしっかりとエスコートするからね」
「…………………」
フィルジルはミーシャの自分へ対する外向きの他人行儀な口調も、自分の事を人前でファーストネームでなく敬称で呼ぶ事も、ルドルフにミーシャを託さなければいけない事も、キャロルとダンスを踊らなければいけない事も、全てに対して苛立ちを感じた。
「ストゥラーロ嬢、一曲であればご一緒致しましょうか」
「一緒に踊ってくださるのですか?
嬉しいです!
ストゥラーロ嬢なんて他人行儀に呼ばないでキャロルと呼んでくださいフィルジル様!」
「ご令嬢方のファーストネームを呼ぶ事は王侯貴族では近しい者だけであるのが好ましいですから……」
「そうなのですか?
でも、せっかくフィルジル様とこうしてお話出来るようになったのに距離を感じてしまいます……」
「……次のダンスの曲が始まってしまいますから行きましょうか」
その場を離れる二人の姿を見送りルドルフは口をひらいた。
「フィルの奴の機嫌は最悪だね」
「ええ……フィルは……ああいう風に自分へ近付いてくる人に対して拒否反応を示す事があるから……」
「それをわかっていながらミーシャはフィルに彼女とのダンスを進めたの?
疲れたって言っていたけど、本当は疲れてなんていないのだろ?」
「だって……彼女は光の魔力の保持者で……王国の光の魔力の保持者への決め事がある事も学んで知っているから……」
「王子の機嫌より、彼女の機嫌を取ったという事だ」
ルドルフの言葉にミーシャはキッとルドルフを睨む。
「どうしてそんな事を言うの?
仕方がない事じゃない!」
「ミーシャはこのままフィルの隣を彼女へ明け渡す事に何も感じてはいないの?」
「ルドルフ……さっきからどうしてそんな事ばかり言うの?」
「どうしてか……?
それは……僕と一緒にダンスを踊ってくれたら教えてあげるよ」
ルドルフのいつもと違う様子にミーシャは何とも言えない気持ちになりながら差し出された手に自分の手を乗せた。
ダンスの曲が始まりダンスホールでは艶やかな色とりどりのドレスを纏った令嬢達と子息達がくるくるとステップを踏む。
ルドルフにホールドされ、ステップを踏んでいるミーシャの視線の先にはフィルジルと一緒に踊る嬉しそうなキャロルの姿が目に入った。
「気になる?」
「……さっきから何?」
「ミーシャはフィルの気持ちを察しながらも、仮初めの婚約者の立場を選んだのでしょう?
それなのに、フィルが他の令嬢と踊る様子が気になって仕方がないっていう気持ちが表情に出ているよ?」
「何が言いたいの?」
「どうして、フィルを友達以上に見ているのに自分から仮初めの婚約者になるなんて言ったの?」
「えっ……な……どうして……?」
「どうして……って……ミーシャの態度を見ていたら気が付くよ
僕達がどれだけ長い付き合いだと思っているのさ
別に気が付いているのは僕ぐらいだろうだと思うけどね?
フィルの申し出に頷けばそれで丸く収まるのにどうして自分からややこしくしているの?」
「………だって……私は……フィルには……この国の王妃には相応しくないもの……」
「………魔力の事を言ってるの?」
「…………………
私の魔力量が封印具の外す試験で周囲に知れた時、妃候補には相応しくないって騒がれた……そして、ティアラ様の妃候補が解消となって、私がフィルの婚約者に正式に名前が挙がった時の反発もすごくて……婚約式が見送られた事はルドルフだって知っている事でしょう?
今の形ばかりの婚約者の立場ならばとなんとか周囲の状態は落ち着いているけれど……」
「そこにストゥラーロ嬢の存在が明らかにされた……」
ルドルフの言葉にミーシャは悲しみを閉じ込めた表情を向けた。
「これ以上私の事でフィルを振り回したくないの
今までだって、本来ならしなくてもいい私の立場についての周囲の反発を忙しい公務の間に私の耳に直接届かないように収めてくれている……
だけど、ストゥラーロ様の事に関しては国をも巻き込む問題で……
感情がどうのなんて私には言えない……」
「ならさ……王妃じゃなくて、宰相の妻なら魔力云々なんて言われないよ
いや……僕が言わせない」
「え……」
ルドルフは強い視線をミーシャへ向けた。
「さっき、ミーシャのフィルへの気持ちに長く側にいるから気が付いたって言ったけど……そうじゃない
ずっと、幼い頃からミーシャの事を見詰めていたから気が付いた
僕なら、ミーシャにそんな表情なんて絶対にさせない」
「ルドルフ……?
何を言ってるの……?」
「今すぐに返事が欲しいとは言わないし、それはミーシャの気持ち的にも無理でしょう?
ミーシャがこのまま王妃になる事を彼女へ譲るつもりなら、フィルへの想いに終止符を打つまで僕はずっと待っている
そして、その時にもう一度僕の気持ちを君へ伝えさせて欲しい」
「本気で言っているの?」
ダンスの曲がいつの間にか終わっていた事にもミーシャは気が付かずルドルフの突然の言葉に動揺を隠せなかった。そんなミーシャをルドルフは手を握り、壁際の椅子へエスコートする。
「冗談でこんな事を言わない
ずっと、ミーシャへ僕の気持ちを伝えるタイミングを待っていたんだ」
「私は──」
「だから、言ったでしょう? 返事は今すぐはいらないって……
ミーシャ自身自分の気持ちと向き合って自分でどうしたいのか決断出来た時でいい
あ、フィルも丁度良かったフィルが僕にフライングした事を正直に僕に伝えてくれたように僕も伝えるよ」
そこに居たのはダンスから戻ってきていたフィルジルであった。
「何の事だ……?」
「ミーシャへ今自分の抱えていた気持ちを伝えた所だよ
返事はフィルとのその仮初の関係がはっきりしてから聞くことにしたんだ
だからさ、もうミーシャとの関係を中途半端にしたままにするのはやめてほしい」
ルドルフの言葉にフィルジルは言葉を発する事が出来なかった。
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作者の覚書
キャロル・ストゥラーロ
ストゥラーロ子爵の庶子として生まれ平民として過ごすが、光の魔力を覚醒させた事が公になると引き取られ子爵令嬢として、王立学院へ通う事となる。
貴族としての所作は殆んど身に付いておらず、思ったままの言葉や行動をとる。




