第17話 入学祝いパーティー
学院主催の入学祝いパーティー。
まだ、社交界デビュー前の子息令嬢達にとっては学院主催とはいえ初めてのパーティーとなる者が殆どで、基本は親族のエスコートで出席するが婚約者がいる者はその婚約者と共に出席する者も多くいた。
夕方から始まり夜の早い時間には解散となるが初めてのパーティーに学生達は皆、期待を膨らませ浮き足立つ者も多い。
今年の入学祝いパーティーでは、フィルジルのエスコートで入場したミーシャに多くの眼差しが集まっていた。
見目麗しいフィルジルの横に立つミーシャもとても目を惹く容姿だという事は自己肯定感が低いミーシャはあまりわかっていない。
注目を集めている状況にフィルジルはミーシャの耳許で囁く。
「ここにいる者が皆誰を見ているかお前は気が付いているか?」
「………フィルの事をでしょう?」
「俺よりもお前の事をだよ
言っとくが、俺の隣に相応しくないから見ている訳じゃないぞ?」
「え?」
「お前の目を惹く姿に目を奪われているんだよ」
「そんな事──」
「あるんだよ
お前は自己評価が何故か極端に低いけど、周囲の目を惹く容姿をしている事は確かで、そして子どもの時からの妃教育から学んでいたのは勉学だけでない、行儀作法や淑女の所作も厳しく教えられていて、それがしっかり身に付いている
お前と張り合える令嬢なんて国中探したってなかなか見付からない、それが事実なんだよ
いつも俺は言っているだろ? 堂々としていろって……
そういう事だから言っていたんだ」
「………っ……」
フィルジルの言葉に様々な気持ちが綯交ぜになり俯くミーシャにさらにフィルジルは囁く。
「ほら……顔を上げろ周りが注目している
前に自分で俺に言っただろ?
俺の婚約者をしっかり演じろよ」
フィルジルは自分で言ったミーシャに発破をかける言葉に胸が痛む。
最近特に女性らしく成長したミーシャに周囲の目はミーシャへ降り注がれていた。それは特に子息達の目線が多く見られ、その事にフィルジルはいつもいい気分ではなく苛立ちが募った。
パーティーが開始され生徒達のダンスの時間となり、ミーシャの手を取ったフィルジルがミーシャの身体をホールドする。ミーシャもフィルジルもダンスの講師以外で一番多く一緒にダンスのレッスンで踊ったのは目の前にいる存在であった。相手の癖も得意な動きも苦手な動きも誰よりも知っていると口には出して言わないがお互い同じように思っていた。
ダンスの為に身体が密着しているので、周囲に聞こえないよう小声で普段の口調で二人とも話す。
「ちょっとフィル、今日は真面目にやりなさいよ
勝手なアレンジを加えないで」
「別にお前ならついてこられるだろ?
せっかくの公の場での初めてのダンスなんだから、楽しまなくてはな」
「基本通りのダンスでなかったら周りがフィルに対して違和感を持つかもしれないのよ?」
「別にそれくらいどうってことない
お前と踊っているのは俺だって事を見せ付けてやらないと……」
「見せ付けて? 誰に……?」
フィルジルはフッと笑みを浮かべるとミーシャの問いに何も答えなかった。
フィルジルはミーシャと踊る時、基本のステップを覚えるとこうして時々アレンジを加えて踊るところがありそれを楽しんでいるようでもあった。そんなフィルジルの動きも知っているミーシャにとってフィルジルがダンスにアレンジを加えても上手く合わせる事など造作もなかった。
そんな息の合った二人のダンスに会場にいる者達は感嘆の声を漏らしている事にフィルジルは気が付いていたが、ミーシャは気が付いていない。
フィルジルが声を掛けられたのは、ダンスを立て続けに数曲踊って少し疲れた様子のミーシャを休ませる為にフィルジルが壁際に用意されている休憩スペースへエスコートし、飲み物を貰う為に給仕を探そうとしていた時であった。
「フィルジル殿下突然お声掛けして失礼致します」
フィルジルとミーシャが声の主へ目を向けるとそこには一組の親子とみられる者達がいた。
「ストゥラーロ子爵……ですね……」
「私のような低い爵位の者の顔まで覚えて頂けているとはさすがフィルジル殿下でございますね
このような場で失礼致しますが、殿下に娘をご紹介したいと思いまして……」
「陛下へお目通しする前に私が先に会うという事は順番が違うのではないですか?」
「仰有る通りですが、殿下もご存知の通り娘はつい最近まで平民として過ごしており、貴族の所作も何も知らず粗相をしてしまう危惧もあり一通り礼儀作法を覚えてから陛下への謁見の場へ連れて行こうと思っておりました
ですが、殿下とは明日から同じ学院で同じクラスの生徒として過ごす事になりますのでご紹介をと思った所存でございます
順番が違う事は重々承知しておりますが、何卒ご勘弁を……」
「………今日の所は目を瞑りますが……なるべく早く陛下への謁見は済ませて頂く事をお伝えします」
「ありがとうございます
改めまして、娘のキャロル・ストゥラーロです
キャロル、殿下へご挨拶を……」
小柄で桃色に近いブロンドの髪色に髪色と同じ色の瞳を持つ可愛らしい容姿のストゥラーロ子爵令嬢のキャロルは覚えたての淑女の礼をとり、辿々しくフィルジルへ挨拶をした。
「初めまして、キャロル・ストゥラーロです」
「明日から同じクラスですね
貴女にとって良い学院での生活になるといいですね」
フィルジルは外向きの笑顔を張り付けキャロルへ声を掛ける。そんなフィルジルの姿に頬を赤く染めたキャロルは柔らかな笑みを浮かべた。
そのキャロルの笑みにフィルジルは一瞬時が止まったかのような感覚を覚える。
フィルジルがまるでキャロルに一瞬目を奪われたかのような反応を示した事にミーシャはすぐ気が付き心に影が落ちた。
キャロルは子供のような無邪気な笑顔をフィルジルへ向けて言葉を続けた。
「王子様に会う事が出来るなんて思ってもいませんでした
王子様なんて幼い頃に読んだ物語の中の存在としか思っていなかったのに、こうして目の前に物語のような本物の王子様がいるなんて夢みたいです
このパーティーも物語みたいで……これで王子様と一緒にダンスを踊る事が出来たら本当に物語のお姫様になったような気持ちになるのでしょうね
私……フィルジル様と一緒に踊ってみたいです」
幼い子供でもないのに王族へ向けて礼儀も何もない自分の思ったままのそんな言葉を発する令嬢の様子にフィルジルやミーシャは驚く。
ミーシャは、自分も幼い頃フィルジルと初めて会った時にそんな礼儀をとらずに発言してしまった失態を思い出した。そして困惑しているフィルジルを見て、お互いそういう状況に久しぶりになっている事に自分達はいつの間にか王侯貴族としての礼儀が自身に浸透しそれが当たり前のようになっており成長したのだなと感じた。
フィルジルがキャロルが発したダンスの誘いを断ろうとしている事にミーシャは勘づく。
「ストゥラーロ嬢……お気持ちは──」
「殿下、殿下のお言葉中に口を挟んで申し訳ありません
私、少し疲れてしまいましたので殿下が宜しければこちらで休ませて頂いても構いませんか?」
「………?
ああ……それは構わないが……それならば私と一緒に──」
「いえ……私は一人で大丈夫ですので、殿下はストゥラーロ様とご一緒にダンスをお楽しみくださいませ」
「ミーシャ……?」
フィルジルの機嫌が一気に急降下した事にミーシャは気が付いたが、光の魔力を持っている者を蔑ろには出来ないと思いミーシャはフィルジルへ目で訴える。
(ここで、光の魔力を持っている彼女の誘いを断る事は何か良くない事に発展しそうな気がする
フィル……お願いだから気が付いて……)
そんなミーシャへキャロルは目を向けた。
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