第16話 王国の取り決め
学院に用意されている王太子用の執務室でミーシャが入れたお茶をフィルジル、ルドルフ、ミーシャの三人で味わう。三人で話す時はフィルジルが自分を取り繕わずに話したいと護衛や侍従にメイドなども側に置く事は一切しない。なので、茶器等の用意はしてあっても自動的に自分達でお茶をサーブしていかなければいけなく、ルドルフやフィルジルが入れる事も時々あるがミーシャがお茶を入れる事が多かった。ミーシャ自身そのような状況の為にお茶を自分で入れるようになってから、いかにどうしたら美味しいお茶が入れられるのかを試す事が楽しくなり今では家族やフィルジルやルドルフにお茶を入れる事がミーシャの楽しみの一つとなっていた。
「ミーシャの入れてくれるお茶はやっぱり美味しいね
だけど、今日のお茶いつもと違う?」
「違いに気が付くなんてルドルフさすがね
先日、王妃様が珍しいお茶が手に入ったからって分けてくださったの」
「母上もお茶好きだからな……
ミーシャとは話が合うと色々なお茶を試しているよ」
「王妃教育の休憩時間に王妃様と一緒にお茶が出来るととても楽しいわ」
「母上はミーシャの事がお気に入りだからね」
「気を遣ってくださっているのよ
もともとお優しい方だから……
私は取り柄というものもあまりないし……」
フィルジルはミーシャのこのような後ろ向きな発言があまり好きではなかった。
普段はフィルジルに対して明け透けに言いたい事を何でも強気に言ってくるのに、自分の事になるとあまり自分を肯定しようとしない。ミーシャの自己肯定感が低い所がそのような発言に繋がっているのだろうかともフィルジルは感じ、何故そんなに自己肯定感が低いのだろうかと思っていた。
「入学試験三位の者がそういう風に自分の事を言うとそれ以下の者を馬鹿にしているように取られるぞ
お前は十分頑張っているんだから堂々としていたらいいんだ」
「フィル……
そうね発言には気を付けるわ……
今まで以上に同じ年頃の子息令嬢が集まる学院では気が抜けないものね」
そんな風に答えるミーシャへフィルジルは柔らかく微笑む。
そんなフィルジルの最近の笑みにミーシャは慣れる事がなかなか出来なかった。フィルジルの笑みは以前までの子どもらしい屈託のない笑顔がいつの間にか今のような色気を含んだような笑みに変わっていき、その笑みにいつもミーシャの心臓はドクドクと音を鳴らしていたのだ。この数年でフィルジルもルドルフも急激に大人の紳士に近付いていっているようにミーシャは感じていたが、それに比べて自分は成長しているのか不安になることが多々あった。そして、もう一つミーシャの心に少し前から影を落とす事を思い出す。
「そういえば、フィルとルドルフはもうキャロル様にはお会いになった?」
「キャロル?」
「ああ……キャロル・ストゥラーロ嬢の事だね」
そのルドルフの言葉にフィルジルの眉間には皺が寄った。
「今日は講堂での入学式だけであったから私はまだお会いしていないのだけれど……明日からは同じクラスになるでしょう?」
「そうだね……彼女は子爵家令嬢だけれど、僕達と同じクラスになる予定だからね」
学院では家の爵位でクラス分けがされている。
ミーシャ達のクラスは王族や公爵家と侯爵家の子息令嬢が集められたクラスだ。その中に子爵令嬢が入る事は異例であった。
その訳は──……
「光の魔力の保持者だからな……」
「ストゥラーロ子爵の庶子という事が公になる前は平民としてずっと過ごしてきたとの事だと聞いたよ
魔力の属性が光であった事は生まれた時は覚醒していなかったのかわからずだったらしいけど、封印具を外す試験を昨年受けた時にわかったという事だよね
そこから、子爵家が引き取る事が急に決まったっていう……巷ではストゥラーロ子爵は金の卵を手に入れたとも言われているらしいからね」
「光の魔力の保持者だなんて、数百年に一人ぐらいしか生まれる事はないと言われているのに、同じ時代のしかも同じ年齢の方で会えるなんて思っていなかったわ」
──光の魔力……
それは、とても珍しく貴重な魔力であると言われている。
数百年に一人程の割合でしかその魔力を保持している子どもは生まれてくる事はない。
そして、ローディエンストック王国には光の魔力の保持者について色々な取り決めがあった。
そのうちの一つであり、絶対的な取り決めとして光の魔力の保持者は王国でその者の安全を一生保障する代わりにその者は王族の傍で一生仕える事とする事。
光の魔力は万能の魔力といわれ、王国の繁栄にも繋がる力である。それ故に、今までの歴史ではその者は暗黙の了解として王族の婚姻相手となっていた。
その光の魔力を保持している令嬢がミーシャ達と同じ年齢で存在し、学院に通う事が数ヶ月前に周知されたのだ。
「色々な準備があるとかでまだ陛下方にはお目通りされていないと父上は言っていたから、もちろん僕も会った事はないよ
フィルもだよね?」
「………ああ……」
フィルジルの一気に機嫌の悪くなった声にミーシャは複雑な気持ちになった。
「あ……私、もうそろそろ準備もあるから失礼するわね」
「入学式の後のその夕方から入学記念パーティーがあるなんて、令嬢方は大忙しだよね」
「ええ……本当に……」
「後で、迎えに行く」
「フィル……でも貴方も忙しいのではなくて?
わざわざ迎えに来なくても会場で合流しても構わないのよ?」
「エスコートする男が相手の屋敷まで迎えに行く事は常識だ
だから、家で大人しく待っていろ!」
「ありがとう……待ってるわね……
じゃあ、また後で……」
ミーシャが執務室を出ていった後、フィルジルとルドルフは部屋に二人きりとなりルドルフが口を開く。
「陛下にはストゥラーロ子爵令嬢の事について何か言われた?」
「いや……父上は俺の気持ちを知っているし、尚且つあの性格だ……簡単に何かを言う訳がない
だが、周りの奴らの動きが段々と目ざわりになってきたぐらいだ」
「ミーシャの事諦めるつもりは──」
そのルドルフの言葉にフィルジルは鋭い視線を向ける。
「──ないんだね……?」
「当たり前だろ……
それよりも、俺はお前の態度の方が謎だけどな……
どうしてミーシャに何も言わないんだよ?
俺に遠慮なんてお前ならしないだろ?」
「それは……その時はまだ今ではないって思っているから……かな?
それに、フライングしてフィルみたいに失恋まがいみたいな状況になりたくないしね……」
「煩いっ!!」
「フィルも律儀だよね、フライングした事言わなきゃわからないのに、正直に僕に教えてくれるんだからさ?
だけど……今回ばかりはティアラ嬢の時のような状況ではないよ?フィルの心配をする訳じゃないけど……光の魔力の保持者でいくら子爵家とはいえ貴族の令嬢だ
今までの歴史を考えても今のままではいられないと思う」
「…………………
お前にとっては願ってもない状況だよな?」
「フィル……」
「だけど、俺は諦めが悪いんだよ
歴史や取り決めがなんだって言うんだ……
人の言いなりになんて絶対にならない……」
そう言うとフィルジルは椅子から立ち上がる。
「今日のパーティーでおそらくその者に会う事になるんだろう?
理由をつけて王城に上がらなかったのも何か魂胆があるのかもしれない……
だったら反対に見せ付けてやる……」
フィルジル拳を握りしめた。
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