第15話 想いを押し留める現実
ミーシャを見詰めるフィルジルの瞳に熱が籠る。
「見付かった……って言ったら……お前はどうする?」
「え……?
あ……本当に……み、見付かった……の……?」
フィルジルの言葉に動揺するミーシャを、フィルジルは強い眼差しで見詰めた。
「フィル……?」
フィルジルはミーシャの手を取ると指先に唇を寄せる。
──ドキンッ……
「………っ!?」
その瞬間ミーシャの心臓は波打つ。ドクドクと鳴り響く心臓の音がフィルジルへ聴こえるのではないかとミーシャは思った。
「俺はこのままお前が妃候補のままはもう嫌だ
俺はお前と本当の婚約を結びたい」
「え……」
フィルジルの言葉にミーシャは胸がぎゅっと掴まれたかのような感覚を覚えた。
自分でフィルジルの態度から勘違いをして今の関係が終わってしまう事を覚悟した。しかし、フィルジルはそれとは全く逆の求婚だと思えるような言葉を今、自分へ伝えてくれている。
その事に、フィルジルも自分の事を自分と同じように想ってくれているのだろうかと感じた。ミーシャの心の中に温かい気持ちが溢れかけた時、ミーシャは自分の想いを押し留める現実を思い出す。
──私はフィルに相応しくはない……
(怖い……周囲から相応しくないと反対される現実が……その事で、フィルを苦しめてしまう日々が何よりも怖い……
もし、このままフィルの気持ちを聞いて自分と想いが通じていると確信したら尚更……
だって……私は……フィルにはどうやっても相応しくないから……
だけど……まだ…フィルの傍を離れたくはない……
だったら……)
ミーシャの傷付きたくないという弱い心と、フィルジルともう少しだけでも今の関係でいたいという想いが交錯し、ミーシャは一つの考えが思い浮かぶ。
それはミーシャの思い付く浅はかでしかし切実な願いだった。
「あ……」
「ミーシャ?
俺は──」
「仮初めって事ね?」
「は?」
「ティアラ様が妃候補を解消されて妃候補が私一人になってしまったのだもの……
このまま妃候補として続ける事は難しいのでしょう?
フィルが本当の婚約を結びたい方が現れるまでまたローランド公爵のような方が現れたら困るものね
婚約を結んだとしても婚姻した訳ではないし、私なら構わないわ!」
「そうじゃなくて、俺はお前だから──」
「大丈夫!立派な仮初めの婚約者を演じるわ!」
「どうしてそんな風に言うんだよ……
演じるって……
お前は……俺の事をどう思っているんだよ!?」
「………どうって……フィルは……」
フィルジルの問いにミーシャは自分の気持ちを全て晒してしまいたいと思うが、それをグッと押し留めた。
「大切な人よ……」
「大切な人?
それって……どういう意味でなんだ……?」
(フィル……ごめんね……
貴方に相応しい方が現れたら自分のこの気持ちにさよならするから……
だから……もう少しだけ……今の関係でいたいの……
それまで……私の我が儘を許して……?)
「──たら……教えてあげる……」
「え?」
「もう少ししたら教えてあげる……」
「もう少しって、いつだよ!?」
ミーシャはそのフィルジルの問いには答えないで悲しみを隠した笑顔をフィルジルへ向けた。
「………っ……」
ミーシャのその表情にフィルジルは何も言えなくなる。ミーシャにそんな悲しそうな表情をさせた人間が他でもない自分自身である事は確実で……だけど何故ミーシャがそんな表情をするのかがわからない自分にフィルジルは苛ついた。
フィルジルは納得いっていなかったが、ミーシャがこう言い出すと頑固な所がある事も知っていた。そして、もしその答えが自分の望んでいる答えじゃなかったらという臆病な気持ちからもそれ以上ミーシャを問い詰める事を今回は諦めてしまう。さらにミーシャの本心をこのまま何年も聞くことが出来ないとはフィルジルはこの時は思ってもいなかった。
そんな二人の様子をルドルフがガゼボが見える回廊の影から見ていた事には二人とも気が付く事はなかった。
フィルジルはその日決意する。自分を変えたいと……
この周囲を欺いている偽りの姿を作らざるを得なかった幼い頃からの弱い自分のままでなく、自信をもって大切な人を守る事が出来るような強い人間になるのだと……
そして次こそ、今回みたいに有耶無耶な状態に絶対にさせないと強く思った……
それから数ヶ月後に周囲の反対意見もある中、ティアラは妃候補としての任が解かれていたので、ミーシャが自動的にフィルジルの婚約者として名前が挙がる事になる。しかし、多くの反対もあることも事実で、婚約式は成人をむかえるまで見送りとなった。
実質的な第一王子の婚約者となったミーシャには、現在受けている王族の妃教育に合わせて王妃教育も加わる事となった。
───それから三年の年月が流れ……
ミーシャ達が十五歳になり、ローディエンストック王国の王族と貴族の子ども達が成人する十八歳まで通う事を義務付けられている王立学院へミーシャ達も入学する事となる。学院では一般的な学術、貴族が嗜むべき芸術、武術に加え魔術も学びながら成人の十八歳までに学院内の人間関係から将来の為に社交も学ぶ事が求められていた。
入学式に新入生代表の挨拶をしているのは入学試験で首位の成績をあげたフィルジルであった。
フィルジルは十二歳のあの日ミーシャから有耶無耶にされた自分の告白とそれ以前の自分の不甲斐なさに、ミーシャへもう一度自分の気持ちを伝えるまでに自分を変えたいと強く考え勉学や武術、そして魔術を以前よりも増して必死に学び取り組むようになった。元々の才能にその努力も加わり周囲からは非の打ち所がないと言われるようになっていた。体格も武術に力を入れるようになった事もありがっしりとした逞しい体つきになり、背もグッと高く伸び、今も成長途中である。幼い頃は女の子のような可愛らしい綺麗な容姿も端整な顔つきになり、より周囲の目を惹くような容姿となった。また、ローディエンストック王国のしきたりで、学院入学前に立太子し王太子としてこの学院へ入学した。
従兄弟のルドルフも整った大人びた容貌となりフィルジルよりも少し背は高いが体つきは少し細身で長く伸びた髪の毛を後ろで結んでいる。頭脳明晰と貴族の間では有名であり、今回の入学試験ではフィルジルに次ぐ二位の成績を修めていた。
そして──……
学院の廊下を真っ直ぐなさらさらの銀髪を靡かして足を進める華奢な体つきではあるが膨らみの増した胸元や体つきも丸みの帯び少しずつ大人の女性へ近付いている少女は、学院へ入学した王太子へ与えられる専用執務室へ向かっていた。
扉を護衛が開き執務室へ入室したその少女は少しつり上がり気味の大きな灰色の瞳を中にいる二人の人物へ向ける。
「新入生代表挨拶お疲れ様、フィル
素敵な挨拶だったわよ」
「ミーシャ、教室まで迎えに行けずにこちらへ足を運んで貰って悪かったな」
「それは構わないけど……
それにしても……学院でも執務をするの?」
「ああ、卒業するまで城に居るより学院にいる時間の方が長いから、こちらで出来る事をやっておかないと俺の自由時間がどんどんなくなるんだよ」
「王太子になると王子の時以上に大変ね……
そして、その補佐をルドルフがするのね?」
「そういう事だね
学生になったのに、フィルや僕にここまでやらせる事を陛下や父上も考えてくれてもいいと思うけどね
そういうミーシャの方が学院と王城を行き来しての王妃教育に忙しいのではないかい?
それなのに、入学試験が三位は素晴らしいね」
「素晴らしいって……一位と二位の人が目の前にいたら誉められているような気がしないわよ」
三人の関係性は三年経っても以前のようなままであった。
あれからフィルジルもルドルフもミーシャに自分の想いを伝えられずにいた。ルドルフはそんな素振りも見せなかったが、フィルジルは何度かミーシャへ自分の気持ちを伝えようとしたが、その度ミーシャがその話を避けるような素振りを見せていたのだ。
フィルジルは昔のまま人前では人当たりの良い理想的王子の姿で過ごしていたが、少し変わった事は人前でもミーシャの事を「ミーシャ」とファーストネームを呼び捨てで呼ぶようになった事だ。本当ならミーシャからもフィルジルは人前でも自分を愛称で呼んで欲しかったが、それはミーシャが頑なに「フィルジル殿下」と呼び続けていた。
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