第12話 報われない想い
──最近フィルの様子が変だ。
ミーシャは本日の妃教育が終わり帰宅する為、王城の回廊を歩いていた。そして最近の周囲の違和感を考え込む。
今まであんなにもミーシャが王城へ来る度にお茶等に誘ってきていたフィルジルとの関わりがあの王妃主催のお茶会からなかった。王城でミーシャが時々見掛けるフィルジルの様子もいつもの他の人達へ向ける人当たりの良い振る舞いをしながらもピリピリとした雰囲気を纏っていた。
(それに、変なのはフィルだけでなくてルドルフもなのよね…
二人に何かあったのかしら……
もしかして……私がお茶会で迷惑をかけてしまったから……?)
「……………………」
ミーシャは自分の手首のブレスレットへ目を落とした時フィルジルのあの日の言葉を思い出す。
そしてその言葉の意味を悟った。
『……俺が終わらせてやるから……』
(終わらせて……あの時フィルは確かにそう言った……
そうか……そういう事なのね……きちんとはっきり言ってくれないから気が付かなかったじゃない……)
───もう……私は必要なくなってしまったのね……
(そういう約束だったもの……
本当の婚約者を見付けるまでって……
フィルは見付けてしまったのね……本当の大切な人を……)
──ズキンッ……
(何……?
どうして胸が痛むの……?
本当の婚約者をフィルが見付けることが出来たのだから喜ぶ事でしょう……?
それなのに……どうして……?
フィルが選んだのだから、きっと素敵な人で……
笑顔で祝福してあげなきゃ……
そして……私の妃候補のお役目も解消で……もう……今までのようにはフィルに会えなくなるけれど……)
その瞬間ミーシャの瞳から涙が一粒零れ落ちていった。
(フィルと会えなくなるの……?)
「……っ………」
(フィルの隣に私ではないご令嬢の方がいて、これからはフィルはその方に偽りでない本物の笑顔をきっと向ける……)
ミーシャの涙は止まる事なくポロポロと零れ落ちていく。
────そんなの……
そして息が詰まるような苦しさを感じた。
────嫌だ……
「……ぁ…………」
──ドクンッ……
(私は……フィルの事を……)
「私………っ……」
ミーシャは自分のフィルジルへ向ける気持ちを自覚した瞬間フィルジルと自分の関係の脆さに改めて気が付いた。
「ミーシャ嬢……?」
そんなミーシャに今ミーシャの心の中全てを占めている相手から声をかけられた。
その声は久しぶりに聴く声でついさっき自分の想いを自覚したミーシャにとって苦しくなる声であった。
「なかなか会う時間をとる事が出来なくて申し訳───」
フィルジルが久しぶりに会ったミーシャの顔を見た瞬間、眉間に皺を寄せる。
「誰にやられた?」
「え……?」
「あなた方はここで待っていてください
ミーシャ嬢少しこちらへ……」
フィルジルは回廊に侍従と護衛を残し回廊横にある庭園のガゼボへミーシャの手を握り連れていく。
「フィル……?」
「誰に何をされたんだ!?」
「え……?何が……?」
「何故泣いている!?誰かに何かされたからなのだろう!?」
「えっ!?
あ……これは違っ……」
「じゃあ、どうして泣いているんだ!?」
「それは…………」
「俺には言いたくないのか……?」
「そういう訳じゃないけど……」
フィルジルは溜め息を一つ落とすと持っていたハンカチをミーシャの頬へあてた。
「何があったのか知らないけど、誰かに嫌がらせをされた訳じゃないんだな!?」
「え、ええ……」
ミーシャのその言葉にミーシャの目からみてもフィルジルが明らかにホッとしたような表情になった事がわかった。そして、先日のお茶会の件でフィルジルを心配させて面倒をかけてしまっていたのだなと改めて悟る。フィルジルという人間はミーシャの前であのように口調が悪かったり態度がぶっきらぼうだったりするがとても優しい人間だという事はこの二年間の交流でミーシャもよく知っていた。せっかく本当の婚約者になる令嬢を見付ける事になったのに、このようなしなくてもいい心配事や仕事を増やす事は申し訳がないとも思う。
きっと、増えた手間のせいで見付けた婚約者の方との逢瀬の時間をとる事もなかなか出来なくてそれでピリピリしていたのかもしれないと思った。
「ごめんなさい……」
「ミーシャ?」
「余計な心配を掛けてしまったり、公務以外の仕事も増やしてしまって……フィルの私的な時間もきっと費やしてしまっているのよね?」
フィルジルは柔らかい笑みを浮かべるとフワッとミーシャの頭を撫でる。
「余計な心配なんかじゃないし、この事に時間を費やす事なんて当然の事なんだからそんな事をお前は気にしなくていいんだよ」
──トクンッ……
(そうだ……フィルは自分の事よりも必ずこうして周囲の人の事をいつも優先させるんだ……
それは、本当のフィルの姿の時も、取り繕っている姿の時も変わらない事でフィルの根底にある優しさ……
交流する中でそんなフィルの素質を知る度、凄いと思ったし尊敬していた
きっといつの間にか尊敬という気持ちが変化していったのかもしれない……
苦しい……そんなフィルの優しさも苦しい…お別れしなければいけないとわかるから尚更……
こんなに苦しいなら、こんな気持ちに気が付きたくなかった……)
ミーシャはフィルジルが渡してくれたハンカチをギュッと握りしめ顔を上げる。
「ありがとう……
それにハンカチも……洗って今度返すわね」
ミーシャは自分の気持ちを押し込めて頑張って作った笑顔をフィルジルへ向けた。
「…………………
……馬車停めまで送る……」
「ううん、フィルは忙しいのでしょう?
今日、ここで会えて少しでも話すことが出来て元気が出たから私は大丈夫よ
自分のお仕事へ戻って?
侍従や護衛達も時間を気にしているようだわ?」
「……本当に大丈夫なのか?」
「ええ、頑張ってね」
その場でミーシャと別れたフィルジルはミーシャのいつもと違う様子に引っ掛かりを覚えた。
その後、二年前の十歳になってから少しずつ公務にあたるようになったフィルジルへ与えられた執務室にフィルジルは思案顔で執務机の椅子に腰掛けていた。そこへルドルフが書類を持って部屋へ入ってきた。そんなルドルフに気が付くことなく考え込んでいるフィルジルへ、ルドルフは声をかける。
「フィル?
どうしたの?何かあった?」
「…………ミーシャの様子が変だった」
「え……?様子が変って……」
「さっき回廊で久しぶりに会って声を掛けたらあいつ……泣いていた……
だけど、その理由を俺に言おうとしないんだ…しまいには無理矢理笑顔を作った……
嫌がらせを受けた訳じゃないとは言っていたけど……」
「あのお茶会以降あの一件に関わっていた令嬢方を陛下の名前で王城への登城禁止を伝えられているから……もし何か嫌がらせという事があったのなら令嬢方というよりその令嬢方の親……?
だけど……今そんな事をしたら自分達の立場が悪くなるのはわかっているだろうから……」
「そんな下らない奴らの保身なんてどうでもいいんだよ!
……イライラする事だらけだ……
ルドルフ……お前の分は調べはついたのか?」
「まぁ……大方ね……」
「この後、父上に謁見の許可を貰っている
調べがついたものから俺と一緒に全て報告するからな」
フィルジルは自分の執務机に視線を落とし拳を握った。
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