第10話 取り巻き
「ごきげんよう、ミーシャ様」
声を掛けられミーシャが振り向くとそこには数人の令嬢方がいた。その令嬢方はいつもティアラと仲良くしている令嬢方でいわゆるティアラの取り巻きのような者達であった。
「………ごきげんよう……ユリア様にコニー様、そしてリディア様……
珍しいですわね、ティアラ様とご一緒ではないなんて」
「ティアラ様は他の出席者の方への持て成しにお忙しいようですわ
ミーシャ様はお時間がおありのようですから、私達と一緒にお茶を頂きながらお話してくださらないかしらと思って……」
(……ここで断ったらまた後が面倒になりそうよね……
仕方がないのかしら……)
「ええ……わかりましたわ……」
三人の令嬢方がミーシャを促したのはお茶会の出席者から死角になるような場所にあるガゼボで、目の前には王城の池が見渡せる所であった。
ミーシャはその場所に来て、この令嬢方は他の出席者に見えない所で自分を蔑む為にここへ連れてきたのだと理解したが、誘いを了承した手前一緒の時間を過ごさなければならないと諦めた。
笑顔で接してくる令嬢方の心の中の悪意を感じ気分は最悪であったが、ここで狼狽えたらそれこそ、ここにいる人間達の思うつぼなのであろうと悟る。
───パシャッ……
穏やかな時間など過ごせる訳もなく悪意は目に見える形でミーシャにふりかかる。一人の令嬢がミーシャへわざとお茶をかけドレスを汚したのだ。
「……………………」
「ごめんなさい
手が滑ってしまって……」
「でも、その方がミーシャ様にはお似合いですわよね?」
クスクスと笑い声をあげる令嬢方……
ミーシャは目の前の令嬢方の行動に呆れる。自分達のやっている事を自覚しているのだろうかと……
ここにいる令嬢方の家柄は侯爵家と伯爵家という身分だ。ミーシャ自身、自分の身分をひけらかす事は好きではないがそれでも公爵家令嬢の自分にこのような事をして何もないと思っているのだろうかと思う。そして、彼女が汚したのはミーシャの家が用意したドレスではなく、この国の王子であるフィルジルの名前で贈られたドレスだという事は理解しているのだろうかと思った。この行動を彼女達にやらせている人間はこの状況をさも知りませんという顔で今も王城の庭園で笑顔を出席者達へ振り撒いているのだろう……
ミーシャもやられてただ黙っているような令嬢ではない。
おそらくそんなミーシャの態度も気に入らないのだともミーシャは感じた。
「……このドレス……誰からの贈り物なのかはご存知なかったのですか?」
「それが?」
「殿下からの贈り物であるドレスを故意的に汚すという事はどういう行動なのかご理解されていらっしゃらないのですか?
こんな事……誰かに知られたりでもしたら大変な事になるかもしれないのですよ……?」
「脅すつもりですの?
誰の証人もいない場所での出来事で私がやったと誰もわからないですわ
ミーシャ様ご自身で汚されたと思われる事だってできますのよ?」
「そもそもそのお色のドレスは貴女のような人が着ていいお色ではありませんわ
そのお色が似合うのはティアラ様であると今日出席されている方々は、皆がそう思われているわ」
「それでもこのドレスを贈ってくださったのは殿下です
その事をしっかりと覚えておいてください」
「自分が殿下に愛されているとでも思っていらっしゃるのかしら?
殿下のどんな弱みを握っていらっしゃるの?」
この者達には何を言っても通じないと思いミーシャがその場を去ろうとすると一人の令嬢が侮蔑を含んだ言葉を投げ掛けた。
「魔力も殆んどない役立たずのくせに生意気な事を言って……」
「………っ……」
ミーシャは自分の魔力の事はもう既に貴族達の間で噂になっているのだろうとは覚悟はしていたが、実際に面と向かって卑下されるような言葉を言われると悔しさが沸き上がりグッと拳を握りしめた時に後ろから可愛らしい声が響いた。
「そんなふうに言ったらミーシャ様がお可哀想ですわ」
「ティアラ様……」
「殿下のご慈悲で王城へ上がることが出来ていらっしゃるのですもの……
ご自分でおわかりになられていらっしゃると思いますわ
ミーシャ様の魔力では本来なら妃候補に名前すら上がることが出来ない事も殿下にお近づきになることだって難しい事をね……
殿下はお優しい方ですからそんなミーシャ様へ夢を見させて差し上げたのですわ」
ティアラはミーシャの手首へ目を落とす。
「今日のような場に……しかも殿下の贈ってくださったドレスを纏うのに似つかわしくないアクセサリーを身に付けるなんて……
魔力がなくても身だしなみくらい、フェンデル家では学ばせてくださらなかったのかしら?」
───ブチッッ……!!
ミーシャの手首に付けられたフィルジルから贈られたブレスレットをティアラは引っ張り引きちぎると池へ投げ捨てた。
「何をなさるの!?」
「ドレスに合わない物をお付けでしたから私が代わりに取って差し上げただけですわ
感謝されることはあっても非難される覚えはありませことよ?」
(あれはフィルが私に……)
『絶対に外すなよ……』
「…………っ!!」
──バシャッ……
ミーシャはブレスレットを探しにドレスのまま池の中へ入る。
その姿を扇を広げ可笑しそうにティアラ達はミーシャの姿を見ていた。
「そこで何をしているのだ!?」
その時そこへ現れたフィルジルは目の前の状況に訝しげな表情を浮かべた。
「殿下っ!?
あ、あの……ミーシャ様が突然池の中に入られて……お止めしたのですが……」
「ミーシャ嬢、池から早く上がってきなさい
その池は深みが多くあって危険なんだ!」
「ブレスレットがっ……!
だって……あれは……」
「そんなものはいいから、それ以上中に入っては駄目だっ!」
「私には大切なものなのっ!」
ミーシャがそのまま池の中へ進もうとした時、ミーシャの足は池の深みにはまってしまい身体が一気に沈んだ姿を目にしたフィルジルは焦り、取り繕う事もせずに叫んでいた。
「ミーシャっ!!
クソッ──!」
フィルジルが自分の魔力を解放しようとした瞬間、空気が弾けるような音がその場に響き渡り、目が眩むような眩い光がミーシャが沈んだ池の中から射した。
金色に輝く球体に包まれるようにミーシャが浮かび上がる。
その様子にその場にいた者達は皆、時が止まったように身体が動かなかった。そんな中いち早く我に返ったフィルジルは自分の魔力を解放し風の魔力でミーシャが包まれている光の球体を包み自分の方へ寄せる。光が次第に薄れていき完全に光が消えた時、フィルジルの腕にミーシャがフワリと触れた。ミーシャを両腕で抱き止め、フィルジルは自分の腕にミーシャの重さを感じた瞬間慌ててミーシャの様子を伺う。
「ミーシャっ……」
「…………っ……」
ミーシャが意識を失っているだけだとわかりフィルジルは安堵した。そして、その場にいたティアラと取り巻きの令嬢方を見据える。
「……今日のこの事……改めて貴女方に聴取する時間を設けます
その時、偽りを申したらどうなるのかよくお考えください」
フィルジルは、フィルジルの言葉に顔を青くする者達にそれ以上構うことはせず、ミーシャを抱き上げながら踵を返し王城の方向へ足を向けた。そんなフィルジルへ護衛が駆け寄っていく。
「殿下っ!
我々がフェンデル嬢をお運び致しますので──」
「彼女に触るなっ!!
彼女に指一本でも触れたら許すことはない
彼女は私が運ぶからお前達は近付かなくていい!」
怒りを露にし何時もと様子が違うフィルジルの様子に護衛達は狼狽える者が多くいた。
そして、先程の状況を途中から見ていたルドルフはフィルジルへ駆け寄っていった。
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