クレアと冒険
外の静寂。並び立つアパートの隙間から漏れている、朝日の光。
新しい一日が始まった。
「・・・は!」
クレアが突然、目を見開いた。そして、体にかかっている薄いタオルを投げ出して、ベッドの上に立つ。
「今日は冒険に行かなきゃ!」
そう言うと、クレアは横で寝ているトールの腹へダイブした。
☆★☆
「天にましますわれらの父よ、願わくは御名の尊まれんことを、御国の来・・・」
トールが家の壁に向かって、正座をしながら何やら祈りを捧げていた。
その様子をクレアも、後ろで正座をしてじっと見つめている。起きてからだいぶ経ったので、既に身支度を終えていた。
・・・とは言っても、後ろ髪を赤い紐で束ねただけだ。あと、特徴的なのは起きたときのままの白いワンピースの格好のみだ。
「なぁ~とーちゃん、いつから冒険行くんだ~?」
クレアがしびれを切らして、トールの元に近寄った。かれこれ、5分ほどトールは祈りを捧げている。
「・・・地にも行われんことを。われらの日用の糧を、ヴゥ!今日われ・・・」
「なあ~」
クレアがトールの背中に飛びついた。トールは突然の背中の衝撃に面食らったが、なんとか耐えたようだ。
トールが信仰している宗教のお堂はこの町にはない。よって、トールは一人で祈りをしなければならないのだ。
また、きちんと創始者がいる方向に、誠心誠意を持ってきちんと読まなければ意味がないため、トールは必死である。
「な~とーちゃんまだ~?」
クレアがトールのほっぺたをつねる。トールは痛みを堪えながら、汗をダラダラと垂らして祈りを捧げている。
一度でも言葉を詰まらせれば、もう一度最初からだ。
「とーちゃんー」
クレアが首の横から身を乗り出した。
「よいしょっと」
そのまま肩を超えて、トールの前に転がりこむ。
「・・・」
「・・・われらの罪を赦し給え。われらを試みに引き給わざれ、ヴ!ヴグ!われらを悪より救い給え・・・」
クレアはしばらくトールを見つめた後、トールの鼻の穴に指を突っ込んだ。
「ヴ!ヴヴヴゥ!ヴゥ・・・願わくは、聖父と聖子と聖霊とに・・・」
クレアは、指をどんどんと奥深くまで侵入させていく。
トールの口が止まり、顔が引きつった。
「ハ、ハ・・・ハークション!」
凄まじい勢いでクレアの顔に粘液がぶちまけられた。
クレアは依然として、笑顔のままである。
「・・・」
「・・・」
しばらくの間、二人は見つめ合った。
「とーちゃん終わったか!?よし!これで冒険イケルな!」
「・・・クレア、手と顔、洗ってこい」
「・・・そうだな!」
☆★☆
トールとクレアがアパートを出発して10分後。二人は、ギルドの先にある繁華街まで来ていた。繁華街の先までは行ったことがないため、ここまで来た。
二人は今、十字路に引っかかっている。
「なーとーちゃん!前と右と左、どっちに行く?」
クレアが振り返って言った。トールは、さっき店で買ってきた地図を広げている。
「あーそうだな。えーっとなー・・・とりあえず右には行くな」
「どうして?」
「あーそれはだな・・・」
トールの地図には、右を曲がった先が「チョメチョメエリア」と書かれている。
「・・・大人の事情だ」
「そうか・・・大人の事情か・・・それじゃあしょうがないな」
「それでいいのかよ」
「・・・ていうかとーちゃん!その地図貸して!」
クレアが手を差し伸べた。
「え?あぁ・・・」
「冒険するのに、こんなのいらない!」
そう言うと、クレアは地図をビリビリに破き始めた。
「あ!おい!」
トールが言ったときには、既に地図はくしゃくしゃに丸められていた。影も形もない。
「あ・・・それ高かったのに・・・」
クレアは、紙屑となった地図を差し出した。トールは、脱力したような感じで、そのボールを受け取る。
「さ!行くぞ!クーレア探検隊!」
そう言って、クレアは前に向かって歩きだした。
「まぁいいか。後で繋ぎ合わせて光魔法でもう一回写そう」
そう言って、トールは地図を懐にしまった。
クレアはトールを置いて、スキップをしながら先々と前を歩いている。ワンピースがひらひら
「おはよう!」
クレアがすれ違ったおばさんに挨拶をした。
「あら、おはよう。どこ行くの?」
おばさんがクレアの後ろで呼びかける。
「冒険!」
クレアは振り向いて言った。
「行ってらっしゃい」
おばさんが笑顔で見送った。そして、トールと会釈を交わす。そして、トールは先々進むクレアに向かって駆け出した。
しばらく歩いていると、道を歩く人の様子が鎧や剣を身にまとった姿に変わっていった。立ち並んでいた店も、武器屋などに変わってくる。
どうやら、もう少しで魔物が住む領域があるようだ。冒険者がたくさんいる中で、幼女と市民のような格好をした男は、かなり場違いである。
周囲の視線が二人に向けられた。
「おー!その剣カッコいいな!」
「え?あぁ。サンキュー」
クレアが剣を腰に刺している男に詰め寄った。クレアは、周りの人などお構いなしで、気に入った防具や武器などを身につけている冒険者達に、次々と話しかけまくっている。一方のトールも、全く気にしていない様子で、武器を立ち見したりしている。
クレアは、武器屋を見物しているトールを置いて、先々と進んで行った。
クエストに向かう冒険者達で、道が混雑してきた。しかし、クレアは小さい体を生かして、人の間をまるで遊んでいるかのようにすり抜けていった。
クレアはいつのまにか、狭い道から大きい広場に出ていた。そこで、クレアの足が止まる。目に映ったのは、大きな門。そして、そこに並ぶ冒険者達の長蛇の列。その光景は、壮観だ。
「おー!」
クレアは駆け出した。広場の中央にある噴水に登り、もう一度見上げる。クレアは、目をキラキラと輝かせた。
すると、クレアは噴水から飛び降りた。そして、大きい門の前にずらーっと等間隔で置かれている、衛兵の前に走っていく。衛兵の方も、クレアに気づいた。
「なぁ、この先には何があるんだ?」
それを聞くと、衛兵が、クレアと同じ高さになるまで腰を下ろした。
「・・・」
「・・なぁ、何があるの?」
「お嬢ちゃん、この先に何があるかは、自分自身で見るんだ。人に教えられたからと言って、それが真実とは限らない。そうだろ?」
「・・・うん」
「よし。ところでお嬢ちゃん、どこから来たんだい?ここはお嬢ちゃんのような子供が来るところじゃないよ?」
「クレアは・・・あっちから来た!」
そう言ってクレアは、来た道の方を指差した。
「・・・お父さんかお母さんは?」
「・・・迷子になった」
「・・・困ったな」
衛兵が頭をかく。
「ほんとにな。まったくもー、あんだけ離れないようにって言ったのにー」
クレアが腕を組んで言った。
「いや、お嬢ちゃんが迷子なんでしょ」
衛兵がツッコミをいれた。
「アハハハハハハハ!」
クレアはそれを聞くと、笑いながらいきなり走りだした。
「おい、お嬢ちゃん!」
クレアは、人ゴミに消えていった。